20 魔女を巡る陰謀
※タイトル変えました。
「うーくひゃんは、おにゃじにゃかまえすのに?」
振り向いた男爵令嬢が、口枷をしたままそう言った。前髪に枯れ草がからまっていたので、レネスは手をのばして枯れ草を抜きとる。指に触れたジットリアの髪は、ジットリア自身と同じようにふわふわとして、とらえどころがない。
「ひゃんえす?」
「枯れ草がついていた」
「みゃあ、あいあとうごじゃいやす」
そう言うと、ジットリアは恥ずかしそうに髪に手をやる。口枷をしたまま話すのは平気でも、髪に草がついているのは恥ずかしいのかとレネスは疑問に思う。スレーン国の令嬢は、誰でもこのように風変わりなのだろうか。
身を起こしたレネスは、包帯の残りを物入れに片付けた。
ジットリアが尋ねたかったのは、同じアデリス国の者であるルークまで、なぜ道連れに殺されかけたのか、ということだろう。誰が、なぜ、という質問が出るものと思ったが、寺院を破壊したことで憎まれている自覚はあるようだ。
ジットリアの質問に答えて、レネスが説明した。
「ドラゴンに騎乗する兵には、非常時の訓練が義務付けられている。そのなかでも、鎧に組み込まれた防御魔法を発動し、身を守ることは重要な技能となる。飛行中にドラゴンが息絶え、地上に落ちることがあっても、騎手が簡単に死ぬようなことはない」
錯乱したドラゴンを攻撃してまで止めなかったのも、ルークが気を失わない限り、防御魔法を使って自衛できるとわかっていたからだ。エドガーがジットリアの口枷を切ったのは、ルークが失敗する可能性を考えてのことだろう。
立ち上がったジットリアが、背後にいるレネスを振り返った。
「そえは、わたひにはきかなあのえすね?」
レネスはうなずいた。
「そう、あなたは別だ。防御魔法は鎧を身に着けた者を守るためのもので、同乗者のことまでは想定していない。もし、あなたが同乗していたら、自分の命を守るために、ルークはあなたを見捨てる選択をするしかなかっただろう」
ただし、それはジットリアが魔法を使える状況になかったらの話だ。
レネスは、目の前に立っている風変わりな令嬢を見下ろした。
もしジットリアが同乗していれば、ルークは迷わずジットリアの口枷を切っていたはずだ。そしてジットリアは、危機的状況に対処できる判断力と、ドラゴンを拘束できる魔力を持っている。
布を巻いただけの口枷など、ジットリアがその気になればすぐに外してしまえる。だが、それでいいとレネスは考えていた。敵が奸計をめぐらせてくるなら、こちらも手段を選ばず対処する必要がある。誰かがジットリアを殺そうとするなら、標的であるジットリア自身に身を守らせれば良い。
「男爵令嬢。エドガーの所へ戻るんだ」
口調を和らげると、レネスは言った。弱っている女性に、厳しくするのは難しい。それが無垢で素直な女性ならなおさらだ。
レネスにうながされたジットリアは、ためらう様子を見せる。まだ何か聞きたそうな顔をしていたが、軽く膝を曲げて暇の挨拶をすると、木の根を避けて草地へおりて行った。
「……子犬のようだな」
足枷をつけているにもかかわらず、軽い足取りで駆けて行く後ろ姿を見ながらレネスはつぶやく。そう思うと、背中で揺れる三つ編みが犬の尾に見えてくる。
「だが――」
先ほど目にした光景を思い出し、レネスは眉をひそめた。
ジットリアが魔法を発動させた時、大気が彼女に向かって収束するのを感じた。強大な魔力を使ってジットリアは水と風の精霊を呼び出し、氷の鎖を作り上げると、暴れるドラゴンを見事に拘束したのだ。
相当に努力もしたのだろうが、魔術の世界では努力よりも先天性の才能が勝る。それから言えば、ジットリアは天賦の才の持ち主だと言えた。もし、エドガーを殺して逃亡をはかられていたら、ジットリアを止めることは誰にもできなかっただろう。
魔術の痕跡と監視人の情報から、エベル寺院を破壊したのはスレーン国の貴族の娘だとわかっている。強力な魔法で守られた寺院を、たったひとりで破壊したのだから、その魔力は並外れていると言っていい。
スレーン国は自国のたくらみであることを否定し、何も知らぬ者が軽率に行ったことだったと返答を寄越してきた。
アデリス国にしても、悪戯に戦争を始めるつもりはない。事実確認のために犯人の引き渡しを要求し、スレーン国がさし出してきたのは、頬になぐられた痕をつけた弱々しい女性だった。そして、アデリス国の兵を前にすると、震えながらエベル寺院を破壊したことを謝罪したのだ。
本人が自白している以上、寺院を破壊したのはジットリアに違いない。
そうするよう誰かに仕向けられたのかと思ったが、ジットリア・エスリルという女性を知るにつれ、レネスは別の疑いを持つようになった。ジットリアが壊したのは本当にエベル寺院だったのだろうか、という疑問だ。寺院を破壊した犯人の行動と、ジットリアの人柄があまりにかけ離れているせいだ。
レネスは、確証のないものは信じない。
だが自身の直感は、ジットリアは無関係だと告げていた。ジットリア自身が寺院を破壊したことを謝罪し、それができるだけの魔力を目の当たりにしたにもかかわらずだ。そのことに、レネス自身が困惑していた。
ジットリアがエドガーの所へ戻ると、エドガーは大きなブラシでドラゴンの体を擦ってやっている所だった。草の上に腹這いになったドラゴンは、気持ち良さそうに目を細めている。
ジットリアが近づくと、エドガーが手を動かしながら口を開いた。
「こそこそ隠れて、二人で何の話をしていたんですか?」
「かくえていたわけではあいまへん」
平静を装って答えたが、エドガーは面白がる顔をしている。
「そうですか? 顔が赤いようですが?」
「そえは、ひゃしってきたからえす」
「ああ、逃げてきたわけですか。興味深い」
そう言うと、エドガーはへっと言って笑った。
ジットリアは、両手を自分の頬に当てた。レネスに触れられた時に顔を赤くしたまま、顔色が戻っていないのではと不安になる。いや、エドガーは探りを入れているだけだ。
「あにか、おてつだあすることはあいますか?」
「何を言っているのかわかりません」
しれっとしてエドガーが答えた。自分の都合が悪い時だけ、ジットリアの言葉がわからなくなるようだ。
寝そべっているドラゴンが片目を開け、まるで会話がわかるというように二人のやりとりを眺めている。興味を引かれたジットリアがこわごわ近づくと、ドラゴンが気だるそうに頭を上げた。大きな頭をジットリアに近づけ、熱心に匂いを嗅ぎ始める。
「いにゅみたあで、かわいいえすね」
感心しながらジットリアが言った。
ドラゴンは怖ろしいものだと思っていたが、見た目が厳ついだけで、グリフィンとそれほど変わらない。懐かれているのだと思い、ドラゴンの鼻筋を撫でようとしたジットリアは、金色の目ににらまれるとぎくっとした。ドラゴンの瞳は金属のような光沢を放ち、縦に避けた瞳孔が見るからに怖ろしい。
「えおがぁはん……」
ドラゴンににらまれて身動きができず、助けを求めてエドガーの名前を呼ぶと、エドガーがブラシをかける手を止めて顔を向けた。
「調教されていると言っても、所詮は肉食のケダモノですからね。ドラゴンに向かって可愛いとか舐めたことを抜かしてると、柔らかい腹をガブッとやられて臓物をぶちまけられますよ?」
そう言うと、エドガーは気の毒そうに微笑んだ。
「……あすけれくらさい」
「じっとしてれば、その内飽きます」
「……うう」
ドラゴンを刺激しないよう、ジットリアは片腕を上げた姿勢のまま固まっている。エドガーがニヤニヤ笑いをしているのも気付かず、ドラゴンが飽きるまで半泣きになって立っていた。
魔術師について
「スレーン国」上級魔法を使える魔術師が多く、育成にも力を入れている。
「アデリス国」上級魔法を使える魔術師が少ない。武器や防具に付与魔法をかける、魔獣に服従魔法をかけるなどの仕事や研究が主で、戦場には出ない。初級~中級魔法を使える兵士は大勢いる。




