18 ドラゴンの異常
ルークを救出した小隊は、近くに大きな湖を見つけると、湖畔に広がる草地にドラゴンを降り立たせた。このまま飛行を続けることは、危険だと判断したようだ。
ドラゴンを着地させたエドガーは、先に鞍からおりると、ジットリアに手を貸して地上におろした。ドラゴンは腹這いになっているものの、翼の根元から飛びおりれば足首を痛めかねない。足枷の鎖に注意しながら着地したジットリアは、ほっとしてエドガーから離れた。
「ありがとうございます」
ジットリアが礼を言うと、エドガーはふいと目をそらした。
「仕事ですので。口枷にする布を探さなくてはいけませんね」
「私のスカートの端でよければ、切って使ってください」
「女性のスカートを切り裂く趣味はありません!」
嫌な顔をしてエドガーが断る。なおも何か言おうとしたが、近づいてくるレネスの姿に気づくと、決まり悪そうな顔をして体の向きを変えた。
「申し訳ありません。この人の口枷を外したのは私です」
レネスが立ち止まるのを待たず、エドガーが謝罪の言葉を口にする。振り向いたジットリアは、怒っているレネスの顔を見ると青くなった。
エドガーは、ジットリアの逃亡を防ぐための見張り役だ。その職務上、虜囚の口枷を外したり、ジットリアが魔法を使うのを許可していいはずがない。しかしエドガーは、ルークを助けたいというジットリアの願いに応え、口枷を切って、魔法を使うのを手助けしてくれた。
ジットリアは、あわてて二人の間に割り入った。
「違います! 私が自分で外したんです。エドガーさんは何もしていません!」
「なぜ、そんなことをした?」
レネスが尋ねたのは、ジットリアにではない。割り込んだジットリアの頭ごしに、エドガーに向かって問いかけていた。
エドガーは、腰の後ろで手を組むと顔を上げた。
「この人が――ジットリア嬢が、ルークを助けられると言ったからです。昨日はルークの甘言に乗せられている様子でしたし、嘘ではないだろうと判断してやりました」
前もって答えを用意していたようで、すらすらと返答する。レネスは眉をひそめると口を開いた。
「どこに問題があったか理解しているか?」
「ジットリア嬢を拘束し監視するという職務を放棄し、枷を外して自由にしたことです。ですがレネス様の許可を得られる状況にはなく、緊急時の対応として、私の判断は間違っていなかったと認識しています。ただ、口枷を外す前に、全体に周知すべきだったとは反省しています」
反省していると言いながら、開き直った態度でエドガーが答える。自分の判断に自信がある様子だが、レネスの表情は変わらず厳しい。
「結果的にはそうだが、ルークと親しかったという理由だけでは判断材料にとぼしい。男爵令嬢が我々をあざむいていたとして、今回の事態が思惑の内であったなら、お前が拘束を外したことにより逃げられていた可能性もあった。今後は、軽率な行動をひかえるよう厳命する」
「肝に銘じます。申し訳ありませんでした」
はきはきとしてエドガーが謝罪した。
ジットリアは、おろおろとして二人の顔を交互に見た。エドガーはレネスに叱られたようだが、違反行為の責任を負わされるのだろうか。ジットリアのせいで、エドガーが処罰を受けることになったら申し訳ない。
「……あの……その……」
ジットリアが言葉を探していると、レネスが視線を向けた。
「この件で、エドガーが処罰を受けることはない。それが知りたいのであれば」
「そうですか。よかった――」
「ただし、勝手に魔法を使ったあなたには懲罰が必要だ」
そう言うと、レネスはジットリアをにらんだ。
厳しい視線を受けて、ジットリアは震え上がる。クレアモントがしたように、レネスがジットリアに手を上げるとは思わない。しかし、懲罰と言うからには、どこかに閉じ込められたり、水に沈められたりするのではないだろうか。
「あの……懲罰というのは……?」
おそるおそる尋ねると、レネスが腕組みをして口を開いた。
「私がいいと言うまで、この湖の周りを走ってもらおう」
「……走る?」
ジットリアは湖の方に顔を向けた。
湖面は広く、対岸は林が霞んで見えるほど遠い。何周走るかはレネスの気分次第のようだが、仮に一周走るのに二、三時間かかるとして、五周もしていたら夜になってしまう。ジットリアが静かに絶望していると、レネスが息をついた。
「――と言いたいところだが、あなたにそれだけの体力はないだろう。ルークを救ってもらった恩もある。今回だけは、不適切な振る舞いを見逃そう」
ジットリアは、ほっとして胸をなで下ろす。だがと、続けてレネスが言った。
「見逃すのは今回だけだ。我々は、仲間の危機に対処できるよう訓練を受けている。あなたは我が国の虜囚であり、自由に魔法を使える立場にはない。どのような理由があろうと、今後は勝手な行動をひかえるように」
日頃から部下をまとめているだけあり、声にも表情にも有無を言わせぬ迫力がある。ジットリアは反省してうなだれた。
「……はい。出過ぎたまねをして、申し訳ありませんでした」
そこへ、ルークの声が聞こえてきた。
「そこにいたんだね、愛しい俺の女神――!」
声を弾ませたルークが、両腕を広げながら走ってくる。走ってきた勢いのままジットリアに抱きつこうとしたが、その前にレネスが進路に割り入った。
走ってきたルークが、真正面からレネスにぶつかる。鎧同士が派手な音を立て、よろけて尻もちをついたルークは、ようやくレネスの存在に気付いたようで「なぜここに上官が?」といった不可解な表情を浮かべた。
背にかばったジットリアの無事を確かめてから、レネスがルークの方を向いた。
「ルーク、何をしにきた?」
勢いよく立ち上がったルークは、胸を張ると答えた。
「はっ! 命の恩人である俺の女神に、感謝のキスを捧げようと参りました!」
レネスが息を吸い込んだ。ああ、これは怒られるなと悟ったジットリアが首をすくめると同時に、レネスが草木も凍るような冷ややかな声を出した。
「そんな暇があるなら、落ちたドラゴンを探しに行け。個体を回収し、ああなった原因を突き止めてこい。それから、飛行中に異常を感じたら些細なことでもすぐに知らせろ。お前の判断のあやまりで、他の者の命まで危険にさらすな」
視線で人が殺せそうなレネスの迫力に、ルークがひるんだ顔をする。だが、めげずになおも主張した。
「はっ! でも、その前にジリーとお話しする許可を求めます!」
「要求を却下する。早く行け」
再度命じられると、ルークは名残惜しそうな顔をして去って行く。気に食わない同僚が追い払われたことで、エドガーは意地の悪いニヤニヤ笑いを浮かべ、ジットリアはルークの元気な様子を見て安心した。
険しい顔をしたまま、レネスがエドガーのドラゴンを示した。
「ドラゴンの体調と薬物の有無を調べて報告しろ」
「承知しました」
笑みを引っ込めてエドガーが言うと、レネスはジットリアの方を見た。
「口枷の代わりになるものを取ってくる。それまで一言もしゃべらず、エドガーのそばでおとなしくしていろ。わかったな?」
「わかりました」
これは一言の内には入らないだろうと、ジットリアが返事をする。レネスは灰色の目を細めたものの、何も言わずに背を向けた。




