17 ルークの危機
レネスが、全体に指示を出す声が聞こえた。
「ドラゴンの動きを止めろ!」
あちこちで魔法を詠唱する声が聞こえ、暴れるドラゴンに向かって魔法が放たれる。使われたのは、物体を操作する通常魔法のようだ。
周辺の魔力を感知したジットリアは、思わず眉をひそめた。
物体操作を行う魔法は、詠唱した者の魔力の強さが、そのまま魔法の強さに反映される。巨大な物体を動かす場合、複数人で協力するのが常識だが、硬い鱗で覆われたドラゴンの体はとてつもなく重く、おまけに力いっぱい暴れている。
二十名ほどいる兵士のなかで、魔法の詠唱をしているのは一部の兵だけだ。彼らが放つ魔力はごく平均的なもので、魔法に特化した魔術兵ではないとわかる。桁違いの重量で暴れまわるドラゴンを拘束するには、力不足のように感じられた。
ジットリアの心配をよそに、魔法を受けたドラゴンが動きを止めた。
翼と四肢を胴体につけ、透明な繭にくるまれたように空中で停止している。そこへ、一頭のドラゴンが滑空して近づいた。鞍の上で手綱をとる兵とは別に、翼の根元にしゃがんでいる兵がおり、ルークのドラゴンに近づくと背の上に飛び移った。
ルークを救出する作戦のようだったが、しかし、拘束されているはずのドラゴンが再び暴れ出した。
魔法を破ったドラゴンが長い尾を振り、近くにいたドラゴンの顔面を打ち払い、威嚇するように火炎を吐く。ドラゴンの背に乗り移っていた兵士が空中に投げ出され、目つぶしを食らったドラゴンも咆吼を上げながら飛び離れた。
「救助しろ。最優先!」
レネスが声を上げ、数頭のドラゴンが落下した兵士の回収に向かう。レネス自身はケガを負ったドラゴンを追い、残りの兵達は遠巻きにして様子を見ている。
と、暴れ回っていたドラゴンが、地上に向かって降下し始めた
「うーくひゃん!」
ジットリアは悲鳴を上げた。頭から落ちていくドラゴンの背で、鞍から投げ出されたルークが、必死で命綱をつかんでいるのが見えたからだ。
「うーくひゃんをあすけてくらはい!」
振り向いてエドガーに懇願したが、エドガーは首を横に振った。
「無駄です。追ったところで止められないし、さっきのように反撃されたら、救助対象が増えるだけです」
確かに、通常の拘束魔法ではドラゴンを止められなかった。
だが、何もしなければルークは死んでしまう。
両手で口枷の布をつかんだジットリアは、それを力一杯引っぱった。だが、口枷はきつく締められており、少しもゆるむ気配がない。頬の痛みに顔をしかめつつ格闘していると、冷たいものが首に触れた。
「何をする気ですか?」
ジットリアの首にナイフを押しつけ、無表情でエドガーが言う。ジットリアは、落ちていくドラゴンを指さした。
「うーくひゃんをあすけまう!」
「……できるんですか?」
「えきまふ! くひかへをあずしてくだはい!」
エドガーは迷っているようだ。そうしている間に、ジットリアはきつく縛られた布の下に手を入れることに成功する。引っぱりながら顎の方へずらそうとしたが、その前にエドガーの手に止められた。
「危ないので、動かないでください」
そう言うと、口枷の隙間にナイフを入れ、刃をひねって布を断ち切る。ジットリアは口枷の残骸をむしりとると、ルークのドラゴンを探した。
一直線に落ちて行くルークのドラゴンは、どんどん加速し、離れて行く。気を失っているのではなく、天地の感覚をなくしているようで、そちらが空であると錯覚しているようだ。
数騎のドラゴンが後を追っているが、追いついたところでドラゴンを止めることはできない。ジットリアの精霊魔法も、この距離では届きそうになかった。
「ルークさんに、なるべく近づいてください!」
エドガーが手綱をあやつり、ルークのドラゴンを追うように進路を変えた。
頭を突き出したドラゴンが、落下するドラゴンに向かって急降下する。鞍の前橋をつかんでいるジットリアの体が浮き上がり、エドガーは身を乗り出すと、ジットリアが飛ばされないよう背中に覆いかぶさった。
ルークの姿を注視しながら、ジットリアは魔法の詠唱を始めた。
『我が左手に銀の編み糸、我が右手に水晶の鉤針。我が足下に氷の炉、集まる銀糸は炉をくぐって氷結せよ』
ジットリアの詠唱に精霊が応え、吹く風が勢いを増した。水と風の精霊が混ざり合い、風の温度がみるみる下がってゆく。
『我が求めるは束縛の罠。我が敵をとらえて縛れ――氷の鎖!』
凍てついた風がルークのドラゴンに向かって行き、渦を巻くとドラゴンの太い首にからみつく。風のなかに煌めく氷が現れ、凝集して鎖の形になると、ドラゴンの首に幾重にも巻き付いた。
顎の下のやわらかい部分を締め上げられ、ルークのドラゴンが怒りの咆吼を上げる。ジットリアは魔法を動かし、首に巻き付いている鎖の両端を、追跡していた二頭のドラゴンの足に巻き付けた。これで、しばらくは足止めになる。
だが、エドガーが緊張した声を出した。
「氷が割れます!」
ルークのドラゴンは氷の鎖で拘束され、鎖に繋がった二頭のドラゴンが左右に広がることで暴れるドラゴンを押しとどめている。魔法の鎖は白煙を上げながら締め上げていたが、抵抗するドラゴンのすさまじい力に、早くも砕け始めていた。
「大丈夫です。もっと近づいてください」
ジットリアは、落ち着いて次の詠唱を始めた。
『我が左手にニレの弓、つがえる矢には水晶の鏃。我が敵を射貫け、氷の矢!』
ジットリアは魔法の矢を放ち、宙吊りになっているルークからのびる革帯を正確に切り裂いた。命綱を切られたルークが下に落ちるが、ジットリアが魔法を使う前に、滑空した別のドラゴンがルークを無事に受け止めた。
「――よかった」
ジットリアが安堵の息をついたのも束の間、拘束されたドラゴンがすさまじい咆吼を上げると、空気を震わす大音量に思わず耳をふさいだ。
咆吼によって氷の鎖が砕け散り、自由になったドラゴンが空を舞う。何度も宙返りや旋回をしたあと、頭を地上に向けると、まっすぐ森のなかへ落ちて行った。




