16 ドラゴンの飛ぶ空
二十頭あまりのドラゴンが飛び立ち、森を抜けて空へ上がると、地平線から太陽が顔を出しているのが見てとれた。太陽の昇る方角だけが朱色に染まり、そこから空の色が移り変わってゆく。ジットリア達のいる辺りは、まだ夜の領域だ。
ドラゴン達は体をのばし、最小限の羽ばたきで風に乗った。
辺りを見回したジットリアは、ドラゴンが等間隔の編隊を組んでいるのを見て心底驚いた。国王の生誕祭に出かけた際、スレーン国の竜騎兵隊の飛行を見たことがあるが、同じ方向にばらばらに飛ぶだけで拍手喝采が起きていたからだ。
アデリス国のドラゴン達は違う。騎手の出す指示に賢く従い、見事な編隊を組んで飛んでいる。スレーン国で採用されているのと同じラザー種のドラゴンだというのに、いったい何が違うのだろう。
空が明るくなるにつれ、ドラゴンに騎乗した者達の姿が判別できるようになってきた。
一頭のドラゴンにつき一、二名の兵士が騎乗し、視界を確保するためか、皆、兜の面頬を上げている。ジットリアとエドガーが騎乗するドラゴンは編隊の中程に位置し、ルークは右側の端にいる。レネスの姿を探したが、後方にいるようで姿を見つけることはできなかった。
「あいつ、いったい何をしているんだ……?」
半時間ほど飛び続けたところで、エドガーがつぶやくのが聞こえた。
誰のことだろうと思いながら、ジットリアはエドガーの視線をたどる。
眉をひそめて見ているのは、編隊の右翼の端だ。ルークを乗せたドラゴンが翼を広げて飛んでいるが、その動きが他のドラゴンと違っている。左右にふらふら揺れており、羽ばたく動作も不規則で、まるで酔っ払っているかのようだ。
「よっはらっていうみたあえすね」
ジットリアが言うと、エドガーが肩をすくめた。
「何を言っているのかわかりませんが、ドラゴンの管理は騎手の仕事です。乗り手が自分で何とかするでしょう」
この場合の騎手とは、ルークのことだろう。心配しながら見ていると、ルークのドラゴンが隊列からみるみる離れ始めた。
「――うーくひゃん!」
ジットリアは思わず声を上げた。口枷のせいでくぐもった声しか出なかったが、他の者達もルークの異常に気付いたようで、鋭い笛の音がいくつか響いたあと、見る間に陣形が変化し始めた。
「落ちないように、つかまっていてください」
言うなり、エドガーが手綱をさばいてドラゴンを旋回させた。
鞍にまたがっているエドガーと違い、ジットリアは鞍に横乗りしているだけだ。いきなり体が斜めになり、ずり落ちかけて悲鳴を上げる。鞍の前橋に手枷の鎖を引っかけると、必死で体を固定した。
進行方向に向かって十字を描いていたドラゴンの陣形が、ルークを遠巻きにする輪状のものに変化した。訓練された無駄のない動きで、ばらばらに飛んでいるように見えて、どのドラゴンもぶつかる様子がない。
ルークのドラゴンは、今や錯乱したように暴れている。
頭を跳ね上げて宙返りしたかと思えば、横転しながら急降下し、背に乗ったルークは振り落とされまいと必死になっている。命綱をつけた状態で鞍から投げ出されれば、ドラゴンの硬い鱗に体を叩きつけられ、大ケガを負うことになるからだ。
ジットリアはハラハラしたが、今は見守ることしかできない。ルークのドラゴンは、いったいどうしてしまったのだろう。
一頭のドラゴンが陣形を離れ、ルークのドラゴンに近づいた。
「ルーク、何があった?」
慎重に距離を取りながら、レネスが声をかける。ドラゴンにしがみついていたルークが、あせった顔を上げた。
「わかりません! 突然暴れ出して……わっ! とと!」
体当たりするようにルークのドラゴンが迫ったが、レネスが足で合図すると、レネスのドラゴンが翼をたたんで下に避けた。
「ドラゴンはもういい。命綱を外して飛び降りろ」
もろとも落ちるより、飛び降りたルークを他のドラゴンで回収した方がいいという判断なのだろう。レネスの命令に、ルークが叫び返した。
「やってみます!」
錯乱したドラゴンの背で、命綱の金具を外そうとルークが格闘を始めた。
だが、事は簡単ではないようだ。
命綱の金具を外そうとするものの、暴れ回るドラゴンから振り落とされそうになって鞍にしがみつく。それならばと、剣を抜いて革帯を断ち切ろうとするも、急上昇したドラゴンが背面から一回転すると、こらえきれずに剣を取り落とした。
ジットリアの背後で、エドガーが冷静につぶやいた。
「あれはもう駄目だな。興奮しすぎて、魔法の効果を失っている。下手に近づけば、他のドラゴンも悪影響を受けかねない」
ドラゴンにしろグリフィンにしろ、魔獣に人間が乗れるようにするには、服従の魔法をかける必要がある。魔法とは言うものの、要は催眠状態で命令に従わせているので、精神に異常をきたすと魔法が解けることがある。エドガーは、他のドラゴンが同じようになることを危惧しているようだ。
「いったあ、ろうひたんえひょうか……?」
ジットリアが聞くと、エドガーが鼻を鳴らした。
「何を言っているのかわかりませんが、原因なんかわかるはずもありません。突然の病気かもしれないし、ルークが怒らせるような何かをしたのかも。あるいは、ルークに恋人を奪われた兵士の誰かが、復讐のためにドラゴンに精力――失礼、興奮剤でも飲ませたのかもしれません」
「きょうふんざあ、えすか?」
「そういう可能性もある、というだけの話です」
時間が経つにつれ、ルークのドラゴンはますます手がつけられなくなって行くようだ。ルークはしがみついているので精一杯という様子で、命綱の金具を外すことも、切ることもできないように見えた。




