15 仕事ですので
上掛けをたたんで寝台を整え、三つ編みを結い直したところで、天幕の外から声がかかった。
「失礼してよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
ルークの声ではないと思いながら、ジットリアは椅子から立ち上がる。手枷をした手を体の前で重ねると、新しい見張りを出迎えた。
「ああ、もう起きていらしたんですね」
入ってきたのは、ルークと同い年ぐらいの青年だ。黒味がかった金髪に緑色の目をし、世の中を達観したような冷めた表情をしている。会話をするのは初めてだが、昨日、レネスの隊のひとりとして行動を共にしていた。
「本日、あなたのお供をおおせつかりましたエドガー・ハーウェンです。ルークでなくて、ご期待を裏切ってしまったでしょうか?」
そう言うと、エドガーは「へっ」と言って笑った。
下町の少年が、そんな風に笑っていたのをジットリアは思い出す。なぜ笑われたのかわからないが、不機嫌な顔をする人よりは、笑っている人の方がいい。そう思ってジットリアも笑顔を返した。
「エドガーさん、よろしくお願いいたします。レネス様もそうですけど、レネス様の兵の方々も、皆様、紳士でいらっしゃるんですね」
ジットリアが言うと、エドガーは笑顔を消して真顔になった。
「レネス様は間違いなく紳士ですが、ルークを紳士にふくめるのは大きな間違いです。やつは紳士のふりをした野獣です。いえ、ふりすらできていません。ただの野獣です。私はやつの同期ですが、やつの悪行の数々をこの目で見てきました」
「そうなんですか?」
困惑しながらジットリアは尋ねる。少しばかり女性に馴れ馴れしいだけで、ルークが悪い人のようには見えなかったからだ。
エドガーは、拳をにぎると力説し始めた。
「そうなんです! 昨日は、あなたのことをジリーと呼んでいましたが、あの男は目をつけた女性に短い愛称をつける癖を持っています。なぜなら、あまりに数が多くて、あの男の粗末な頭では本名を覚えきれないからです」
「お友達が多いのも大変ですね」
「単なるお友達ではありません! 親密な仲になった女性と、親密になる予定の女性達です。現に今も、身勝手な呼び名をつけた五人の女性と親密な交際をしていると聞いています」
「まあ、五人の女性と同時にお付き合いを?」
ジットリアは眉をひそめる。同時に、ルークならやりかねないと思った。
「そうです。六人目になりたくなければ、即刻、ジリーとやらの呼び名をあらためさせることですね」
そう言うと、エドガーはまた「へっ」と言って笑った。
柱につないでいた足枷を外してもらい、歩ける長さの足枷と口枷をされたジットリアは、エドガーのあとから天幕を出た。辺りはまだ暗く、ぱちぱちと爆ぜる篝火が野営地を照らしている。
「私が先に進みますが、変なマネをしたら斬り倒しますから」
腰に下げた剣に手をかけ、真顔でエドガーが忠告した。
「……ふゃい」
おびえながらジットリアは返事をする。エドガーは職務に忠実なようで、口枷はきつく締められている。
ケガをした頬に布が食い込んで痛み、昨日はルークが手加減してくれたのだとわかってジットリアは悲しくなる。馬にも乗せてもらえず、鎖を引きずりながら歩くしかないが、贅沢に慣れてはいけないと自分をいましめた。
エドガーの背を追ってしばらく歩き、野営地の端まで行くと、篝火に照らされた草地に、二十頭ほどのラザー種のドラゴンが翼を休めているのが見えてきた。
瑠璃色の鱗に覆われた巨大な体に、コウモリのような大きな翼、トカゲのような長い尾っぽ。ギラギラした金色の目に、鋭い牙と爪を持ち、成獣の胴体は馬四頭分相当の大きさがある。ドラゴン族のなかでは比較的温厚で、騎乗に適しているため、多くの国家でラザー種のドラゴンが飼育されていた。
ドラゴン達は地面に寝そべったり、後ろ足で座ったりとくつろいでいる。落ち着いた様子のドラゴン達を見て、ジットリアは感心した。
戦場において比類なき強さを誇るドラゴンであるが、その反面、育成は非常にむずかしいと聞く。繊細で怒りっぽく、すぐに喧嘩を始めるので、厩舎に閉じ込めておくのも一苦労だという。ラザー種が騎乗に適していると言われるのも、他のドラゴン族と比べればまだ手に負える、といった程度で、あつかいやすいわけでは決してない。
しかし、今ここにいるドラゴンは、仲間同士で喧嘩をする様子も、暴れ出す様子もない。飼い慣らされたグリフィンのように、おとなしく人間の指示に従っていた。
「とっえも、うとにゃしいどあごんえすね!」
驚きを伝えようとジットリアが言ったが、肩ごしに振り向いたエドガーの視線は冷ややかだった。
「何を言っているのかわかりません」
「うとにゃしいどあごんえすね」
「言い直さなくて結構です。わかりませんから」
ジットリアは、少しだけルークが恋しくなった。
ドラゴンの背には鞍がつけられ、出立の準備が整えられていた。馬車の長旅を覚悟していたジットリアは驚き、そして不安になった。グリフィンに騎乗したことはあるが、ドラゴンに乗ったことは一度もなかったからだ。
ラザー種のドラゴンの背には、騎手が跨がるのに丁度良い盛り上がりがある。硬い鱗に金具が取り付けられ、鞍は金具で固定されて腹帯はない。足を置く鐙もなく、騎手は翼の根元に足を乗せることになる。ドラゴンの頭には革の頭絡がつけられ、手綱の先は、金属の輪がはめられた二本の角につながっていた。
エドガーに手伝ってもらい、ジットリアはドラゴンの翼によじ登ってから、鞍の上に腰掛けた。足枷の鎖があるため、今回も横座りするしかない。
騎乗した者の落下を防ぐため、ドラゴンの鞍には命綱がつけられている。両端に留め具のついた丈夫な革帯で、エドガーは自分のベルトに留め具をつなぎ、別の革帯をたぐり寄せると、ジットリアの手枷に取り付けた。これで鞍から投げ出されても、地面まで真っ逆さまに落ちずにすむ。
「あいあとうごやいやす」
もごもごお礼を言うと、エドガーはそっぽを向いた。
「仕事ですので」
つんとして答える。返事がもらえたことが嬉しくて、ジットリアはニコニコした。
辺りを見回したジットリアは、遠くにいるドラゴンの背の上から、誰かが手を振っているのに気がついた。暗くて顔がわからないが、心当たりはルークしかいない。
ひかえ目に両手を振り返すと、ルークが何事かを叫びながら鞍から転げ落ちる。ジットリアの後ろで、エドガーが忌々しそうに舌打ちするのが聞こえた。




