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14/24

14 夜明け前


 処刑方法を縛り首にしてください、とレネスにお願いすることを決め、気分が落ち着いてきたジットリアは寝台から起き上がった。


 天幕のなかには、ジットリアには贅沢と思えるほどの日用品がそろっている。スレーン国内での移送中は、数日おきに宿の水場を使わせてもらえたが、魔法の使用は禁止されていた。ここには清潔な布と洗面器があり、魔法の使用は禁止されていない。


 物入れのなかから柔らかい布を出し、水瓶のそばに置かれていた大きな洗面器をテーブルの上に置く。柄杓(ひしゃく)を使って水瓶の水を洗面器にそそぐと、ジットリアは水面に右手をかざした。


『我が右手に熱き紅玉、求めるは適温の温水。熱して奪え水の冷気、炎の(こいし)


 かざした手の下に炎の球体があらわれ、水面に落ちるとジュッという音がする。白い湯気が立つ水面に指を入れたジットリアは、狙いどおりの温度になっていたのでにっこりした。手枷があるので服は脱げないが、工夫すれば体を拭くことはできる。


「いたた……」


 苦戦しながら背中と手首のホックを外し、手首の周りに布をあつめるようにしてドレスを脱ぐ。両腕に痛みが走り、おそるおそる目をやると、紫色の痣があちこちについていた。


 クレアモントの杖から頭部を守るため、防御した時に負ったケガだ。服の下だから、顔より酷くないと予想していたが、見るからに痛々しい様子にジットリアは泣きたくなる。なるべく見ないようにしながら、体を拭き始めた。


 何度もお湯を取り替えて体を綺麗にし、髪を洗って魔法で乾かす。それが終わると、レネスにもらった薬草を瓶から出して口にふくんだ。軟膏と違って、こちらはとても苦い。物入れのなかにあった手鏡とヘアブラシをテーブルまで運ぶと、鏡にうつる自分と向き合った。


「わかっていたけど、ひどい顔」


 自嘲(じちょう)気味に、ジットリアはつぶやいた。


 痩せて鋭くなった輪郭、肌は青白く、目の下には隈があり、左頬の打撲は青紫色になっている。ふわふわと波打つ髪は真っ黄色で、同じ色の睫毛に縁取られているせいで、水色の瞳がほとんど白のように見えた。


 母が生きていた頃は、美しいと言われたこともあった。今ほど痩せておらず、メイドに手入れをされ、美しいドレスを身につけていたころの話だ。だが、今のジットリアを見て美しいと思う者は誰もいないだろう。


 涙がこぼれそうになり、ジットリアは瞬きをしてそれを払った。


 せめて身だしなみは整えようと、ブラシでもつれた髪をとかし始める。鎖が邪魔でやりにくかったが、なんとかやり遂げると、一本の三つ編みにして細い革紐でしばった。あとは、頬の痣が目立たなくなるのを祈るばかりだ。






 ぐっすり眠っていたジットリアは、誰かに揺り起こされて目を覚ました。


 目を開けたものの、ここがどこかわからない。師匠の家でも、王宮の宿舎でもないようだが、いったいどこだろう? それとも、ここはまだ夢の中なのだろうか。ぼんやりした頭で考えていると、また誰かに肩を揺すられた。


「起きるんだ。男爵令嬢」


 低い声を聞いた途端、ジットリアは今の状況を思い出した。


「レネス様? おはようございます」


 反射的に挨拶したものの、まだ夜も明けていない時刻のようだ。寝る前に消したはずの吊りランプに火がついており、それがなければレネスの顔を判別することもできなかっただろう。


「よく眠れたようだな。それとも、遅くまで寝付けなかったのか?」


 レネスは銀色の鎧を身につけている。入ってきた時に、金属の触れ合う音がしたはずだが、気づかずに眠りこんでいたようだ。


 ジットリアは、上掛けをめくると寝台から足をおろした。天幕の柱につながった足枷の鎖が、じゃらじゃら音をたてる。昨日と同じ服装で寝たため、見られて困るようなものは何もない。寝る前に髪を結っておいてよかったと思った。


「寝台で眠るのは久しぶりだったので、よく眠れました。馬車の荷台と比べたら、とても快適です」


 感謝を込めてジットリアは答えた。


 スレーン国での移送中は、寝藁をしいた檻の中で過ごしていた。藁の寝床でも、たっぷり量があれば快適に眠れただろうが、もらえた寝藁はかき集めてやっと横たわれる量しかなく、目覚めたら床の上だったということが何度もあった。


「馬車の荷台で寝ていたのか?」


「ええ。寝藁をいただけたので、その上で」


 レネスが眉をひそめたのを見て、ジットリアはあわてて説明した。


「寝藁と言っても新しくて綺麗なものでしたし、二日おきに取り替えていただいたので、けして汚くありません……」


 今の服は支給されたばかりのものだし、昨夜はお湯で体を拭いた。汚いはずがないと思うが、レネスの表情が険しいままなのを見るとジットリアは不安になってくる。自分ではわからないだけで、異臭を放っているのだろうか。だが、男性に向かって「匂いますか?」などと尋ねる勇気はない。


「あの、もう出発するのですか?」


 話題を変えるために、そう聞いた。


 レネスは質問に答えず、持っていた容器の蓋を開けるとさし出した。昨日、ジットリアから取り上げた蜂蜜入りの軟膏だ。


「寝ている間に取れただろう。塗るといい」


「まあ、ありがとうございます」


 ジットリアが軟膏を指にとると、レネスは蓋を閉めて腰の物入れに戻した。容器ごと渡すと、傷に塗らずに食べると思われているようだ。軟膏を指につけたままでいると、じっと見つめられたので、大人しく頬に塗った。


「すぐに迎えの者がくる。身支度があるなら済ませておけ」


 それだけ言うと、レネスは天幕を出て行った。


「……何をしにいらしたのかしら?」


 寝台に腰かけたまま、ジットリアはつぶやいた。


 思い当たるのは、昨夜、ルークがジットリアの具合が悪いと思いこんでいたことだ。ルークがレネスに報告し、出発できるような体調かどうか、自分の目で確かめに来たのだろう。


「勤勉な方だわ……」


 つぶやくと、ジットリアは靴を履いて立ち上がる。首都までの移動に使う馬車には、どうか寝藁がたっぷりありますようにと祈った。


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