13 反対派の動向
ジットリアは食事の手を止め、ルークが言葉を探すのを待った。裁判を受けることは確定しているものと思っていたが、ルークの様子からすると国内で意見が分かれているようだ。
ルークが、気が進まないといった顔で口を開いた。
「えっとね……投票の差がね、あんまりなかったせいもあるんだけど、総指揮官が自分の意見を言わずに、投票権を放棄したんだよね。総指揮官がレネス様の意見に賛成していれば、反対派も大人しくなったんだろうけど、どっちとも自分の意志を示さなかった。それをいいことに、反対派があからさまに不服を口にしていて……つまり……」
言いよどむと、うつむいて料理をつつく。
賛成多数で裁判を行うことに決定したものの、反対票とはわずかな差で、最高権力者が積極的に関与しなかったせいもあり、投票結果に不満を持つ反対派をおさえられる人物がいない。という意味だろうとジットリアは解釈した。
「裁判を行うことに決定したものの、反対派が黙っていない。ということでしょうか?」
「ざっくり言うとね。そんな感じ……」
「反対派が、実力行使に出るかもしれないのですか?」
確認すると、ルークが申し訳なさそうにうなずく。ちらっと天幕の入口を見てから、深刻そうな表情で口を開いた。
「レネス様は、信頼できる人以外、絶対に近づけさせないようにって俺達に言ってる。俺達がそばにいるし、ジリーには絶対に手出しはさせないよ。でも、何か危ないと思ったら、すぐに知らせて欲しいんだ」
ジットリアは、歩いて国境を越えた時のことを思い出した。
アデリス国の軍勢へ向かう途中で、レネスが率いる小隊が本隊から離れ、ジットリアを迎えに出て来た。以降、常に見張りの兵達に囲まれているが、それは囚人の逃亡を警戒していると同時に、身内の過激派からジットリアを守るためでもあったようだ。
「――わかりました」
急に食欲が失せて、ジットリアはフォークを置いた。料理はまだ残っているが、喉が詰まったようになり、とても食事を続けられそうにない。
「ジリー、大丈夫? 怖がらせるようなことを言って、本当にごめんね」
黙り込んだジットリアを見て、心配そうにルークが声をかけた。
「――私なら大丈夫です。ただ、ちょっと疲れてしまったようで……失礼して、休ませていただいてよろしいでしょうか?」
「具合が悪いの? レネス様を呼んでこようか?」
腰を浮かせながらルークが尋ねる。ジットリアの言葉をそのまま信じ、反対派の話を聞いたせいとは思っていない様子だ。
ジットリアは、無理をして笑みを作った。
「お気遣いありがとうございます。お腹がいっぱいになったせいでしょうね、急に眠くなってしまって……食事、とても美味しかったです」
下心があるとはいえ、ルークは国内事情を打ち明け、命を狙う者がいるとジットリアに警告してくれた。もしジットリアの身に何かあれば、悲しんでくれる数少ない者の一人だ。気落ちしたことを知られ、ルークに自分のせいだと気に病んで欲しくなかった。
「さびしくなったら、外にいる見張りに言って俺を呼んで。すぐに駆けつけるから!」
そう言うと、ルークは名残惜しそうに去って行った。
ルークを見送ったジットリアは、重い足取りで寝台に向かうと、のろのろと横になった。うつ伏せになって、枕に顔をうずめる。頭が鈍く痛み、心臓が石になったように重く感じた。
「死刑になることは、わかっていたでしょう……」
自分自身に向かって、そうつぶやく。
国境への移動中は、アデリス国に着いたら火あぶりにされるのだと思っていた。レネス達に保護され、裁判を受けられるとわかり、判決がくだるまでは生きていられると喜んだ。死刑をまぬがれたわけではないのに、心のどこかで、生きのびられる可能性があるのではと淡い期待を抱いていた。
拘禁刑で済めば、どんな形であれ生きのびることはできる。わずかな希望でも、ないよりはあった方がいい。その希望が、ルークがもたらした情報で打ち砕かれた。
もし仮に、裁判で死刑以外の判決が下り、残りの人生を牢獄で過ごすことになったとしたら。
エベル寺院を破壊した犯人の処刑を望む者達は、ジットリアの生存を許さないだろう。今でさえ裁判を行うことに不満を持ち、ジットリアの命を狙うくらい過激な者達だ。判決を不服に思い、みずからの手で処刑を行おうとするに違いない。そして裁判のあとまでジットリアの警護をするほど、レネス達は暇ではない。
死刑宣告が下れば処刑され、減刑されても処刑を望む過激派に殺される。
ジットリアには、生存の選択肢が存在しないも同然だった。
スレーン国で捕らえられた時、破壊した廃墟がアデリス国の重要施設だと知った時、ジットリアのせいで両国が戦争の一歩手前となった時、古戦場で二つの国の軍隊が対立しているのを見た時。
とんでもないことをしてしまったと深く反省し、死をもってつぐなうしかないと覚悟した。その価値を知らなかったとは言え、エベル寺院を破壊したのはジットリアなのだから、報いを受けるのは当然のことだ。
生きのびる希望など、一瞬でも抱くべきではなかった。
「……できるだけ、レネス様に迷惑をかけないようにしよう」
灰色の目をした、怜悧そうな男性の顔を思い出す。
裁判を受けさせるという思惑があるにせよ、ジットリアの身の安全を保証すると約束し、実際に行動してくれている。今現在、ジットリアの首がつながっているのも、元をたどれば、レネスが意見して処刑の即時執行を止めてくれたおかげだ。
ジットリアの死刑は確定しているにせよ、必死で頼めば、処刑の方法を人道的なものにしてくれるかもしれない。火あぶりは長く苦しみそうだし、斬首で頭がなくなるのも悲しい。できれば、体を損なわないで済む処刑方法にして欲しかった。
「縛り首にしてくださいと、レネス様にお願いしてみよう」
火あぶりや斬首と比べて、後片付けも簡単だろうし。とジットリアは思う。
罪人の分際で、厚かましいだろうか。
図々しいと思われるだろうか。
レネスは、願いを叶えてくれるだろうか。




