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12 国の事情


 軟膏を頬のケガに塗り、指に残る甘い香りを嗅いでいると、天幕の入口で見張り兵の声がした。あわてて手を下ろしたジットリアだが、入ってきたのはレネスではなくルークだ。鎧を脱いで楽な服装に着替え、食事をのせたトレーを両手に持っている。


「ジリー、夕食を持ってきたよ。口に合うかわからないけど、野営の飯にしては今回は当たりだと思うよ。戦争はしたくないけど、外で食う飯って何かわくわくするよね!」


 ニコニコして言いながら、テーブルの上に食事を置いた。


 美味しそうな料理を目の前にして、ジットリアの心ははずんだ。香ばしく焼いた肉に蒸したジャガイモ、野菜入りのスープというメニューで、二人分ある所を見るにルークもここで食事をするつもりのようだ。


「手枷の鎖が邪魔じゃない? 食事の間だけ外してあげようか?」


 気軽な調子でルークが申し出た。


 社交辞令ではない証拠に、ポケットから鍵を出してくるくる回す。奪い取られるとは少しも考えていない様子で、ジットリアは困った顔をする。ここにレネスがいたら、きっと怒られているだろう。


「このくらいの長さがあれば、十分です」


 左右の手枷をつなぐ鎖には十分な長さがあり、快適ではないが不便でもない。テーブルマナーには反するだろうが、罪人が気軽に手枷を外す方が、重大なマナー違反だろう。


「じゃあ、冷めない内に食べちゃおう」


「ありがとうございます。いただきます」


 胃を驚かせないように、ジットリアはまずスープから口にする。煮込まれた野菜が柔らかく、ほどよい塩気が体に染み入るようで美味しい。ステーキを噛むと口の中いっぱいに肉汁があふれ、バターを落とした蒸しジャガイモもほくほくしている。


 しばらく夢中で口に運び、ふと気づいてルークに目を向けた。


「ルークさんは、鎖を鳴らしながら食事をする私と一緒で、不愉快ではないですか? 仲間の方と一緒の方がよかったのではないですか?」 


 ジットリアがフォークとナイフを動かすたび、手枷の鎖がじゃらじゃら音を鳴らす。ジットリアが我慢するのは当然として、ルークはうるさく感じるだろう。


「ルーク“さん”はやめてよ。俺とジリーの仲じゃないか」


 もぐもぐと口を動かしながらルークが言う。


「どんな仲なのかわかりませんが、そういうわけにはいきません」


「つれないなあ。でも、そんなジリーも素敵だよ」


 残念そうに肩をすくめたものの、気を取り直すとジットリアに笑顔を向けた。


「鎖なんか、全然気にならないよ。それより、手枷をつけたままで、こんなに優雅に食事ができる人を俺は初めて見たよ。俺の座るこの席は、野営地の中で一番の特等席だね。その権利を放棄して、むさ苦しい上に暑苦しい連中と食事をするなんてありえないよ」


 仲間に対する言葉がひどいと思いつつ、ジットリアはほっとした。


「不愉快でないのなら、よかったです」


 そういえばと、外で女性の姿を見なかったことを思い出す。たとえ囚人でも、女性と一緒に食事をする方がルークは幸せなのだろう。


「私、こちらに来たらすぐに首を()ねられるものと思っていました」


 しみじみとして、ジットリアは言った。


 大事な建物を壊したのだから、アデリス国の人々はジットリアを憎んでいるに違いなく、すぐに処刑されるものと覚悟していた。だが、いざ引き渡されてみれば、ケガの心配をされ、食事の心配をされ、手枷が邪魔ではないかと気遣われる。これは、いったいどういうことなのだろう。


 ルークが「うーん」と言って頭をかいた。


「ジリーが怖がることは、あんまり言いたくないんだけど……」


 そう前置きしてから、言いにくそうに話し出す。


「裁判なんか必要ない、すぐに処刑しろって主張した連中は確かにいたんだよ。でも、いくら他国の人間であっても、裁判もしないで殺すような前例は作るべきじゃないってレネス様が意見して、全部の責任を負うことになったんだ」


 ジットリアは驚いてルークを見た。


「アデリス国では、軍部が政治を動かしているとお聞きしましたが……?」


 そう習ったものの、他国の政治のことはよくわからない。ジットリアが確認すると、ルークがにっこりした。


「よく知ってるね。でも、他の国とそれほど変わらないと思うよ。一番偉いのが総指揮官で、それが他の国で言うところの国王様だね」


 人差し指を一本立てて言い、指を下に向けると、今度はテーブルの上に円を描いた。


「その下にお偉いさんが大勢いて、国の重要事項はお偉いさん達の会議で決定される。総指揮官を誰にするかも、会議の投票で決めるんだよ。だから、総指揮官が他のお偉いさん達の意見を無視することはないし、その逆もない。俺は下っ端だから傍聴する資格さえないけど」


 ジットリアは、説明されたことを頭の中で整理した。


 野営地に向かう前、年上の将校達相手に、堂々と話していたレネスの姿を思い出す。会議で意見したというなら、レネスはアデリス国の偉い人のひとりであるらしい。


「――つまり、すぐに処刑すべきという意見の方と、まず裁判を受けさせるべきという意見の方がいて、その方々が話し合った結果、裁判を受けさせることに決定した。という理解でいいのでしょうか?」


 確認して聞いたが、ルークは返事に困っている。


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