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11 薬草と軟膏


 腰に下げている革の物入れを開いたレネスは、透明なガラス瓶と、蓋のついた丸い容器を取り出した。ガラス瓶には液体が満たされ、なかに青色の葉が数枚入っている。ふたつをテーブルに置くと、振り向いてジットリアを見た。


「青い葉は保存液をよく切ってから、()まずに口の中に入れておく。出血を止めて切り傷を癒やす。こちらの軟膏(なんこう)は、頬の打撲の上に塗り広げる。痛みをおさえて治りを早くする」


 瓶と容器を示しつつ、レネスが使い方を説明する。薬をくれるのだとわかって、ジットリアは驚いた。


「まあ! ご親切にありがとうございます」


「もう一度聞くが、他にケガをしているところはないな?」


 怖い顔で聞かれ、ジットリアはたじろいだ。


「……ええ。お気遣いいただき、ありがとうございます」


 答えながら、何度も体調を聞かれることに困惑する。スレーン国の虜囚だった時は、ジットリアの身体を気遣う者など誰もいなかったからだ。


 スレーン国での移動中、もし体調はどうだと尋ねられたら、檻の床が固くて体が痛むので、寝藁を増やして欲しいと願っただろう。実を言えば、今も身体のあちこちで筋肉が悲鳴を上げている。だが、腕のケガと同様、そんなことまでレネスに言うのは気が引けた。


「どうかしたのか?」


 何か言いたそうな様子のジットリアを見て、レネスが尋ねた。


「あの……私に薬をくださるのは、無事に送り届けることがお役目だからでしょうか?」


「そうだと言えば安心するのか?」


 事務的な口調で聞き返され、ジットリアは質問したことを後悔する。レネスが返事を待っているようなので、口ごもりつつ答えた。


「その……安心と言うのではないのですが……理由が知りたいのです。私は敵国の者で、アデリス国の大事な建物を壊し、しかも、天幕を吹き飛ばせると大口をたたいた不届き者です。それなのに、どうして私のケガを気にかけてくださるのでしょう? 私がケガを悪化させて苦しんでいる方が、あなた方にとって都合がいいのではないですか?」


 ルークがジットリアに親切にするのは、ジットリアが若い未婚の女だからで、それ以外に理由はない。だが、レネスがジットリアの体調を気にかけ、薬までくれる理由はないはずだ。


 祖国であるスレーン国の者でさえ、戦の火種となりかけたジットリアを憎んで容赦(ようしゃ)なく国境へと追い立てた。アデリス国の者であれば、スレーン国以上にジットリアを憎んで当然ではないだろうか。


 レネスは納得が行ったという表情で、薬の瓶と軟膏を示した。


「つまり、これが毒ではないかと疑っているわけか」


「そういうことでは……いえ、そういえばそうですね……」 


 ジットリアは、口元に手をやると考え込んだ。遠からず死刑になる罪人に、薬を与え、ケガを癒やした所でレネスには何の得にもならない。しかし、薬だと言ったものが毒であるなら、非道だと思うが納得はできる。


 レネスはガラス瓶の蓋を開けると、青い葉をひとつとって口に入れた。瓶を置き、軟膏の蓋をとると、これも指ですくって口に運ぶ。ジットリアは驚いて声を上げた。


「軟膏を食べるなんて! お腹を壊しますよ!」


 レネスは取り合わず、容器を戻すとジットリアに視線を向けた。


「これでも疑わしいというのであれば、無理に使う必要はない。食事も不安だというなら、外にいる見張りを呼んで毒味をさせろ。前にも言ったが、あなたには裁判を受ける権利があり、刑罰が確定するまで身の安全は保証される。スレーン国のやり方は知らないが、わが国では、罪を自白し裁判を待つ者を不当にあつかったりはしない」


 背の高いレネスに頭上から道理を説かれ、ジットリアは反省してうつむく。親切で用意してくれた薬を、何か裏があるのではないかと疑った自分を恥ずかしく思った。


「心配してくださったのに、疑ったりして申し訳ありませんでした」


 ジットリアは、足枷の鎖を引きずりながらテーブルに近づいた。


 軟膏の蓋をとると、中身を指ですくって口に入れる。ジットリアが疑ったせいで軟膏を食べることになったレネスに対し、お()びとして自分も腹を壊すつもりだったが、舌の上に軟膏の味が広がると、目を見張ってレネスの方を振り向いた。


「この軟膏、すごく甘くて美味しいですね!」


 空色の瞳を輝かせ、笑顔になってジットリアが言う。軟膏の材料に蜂蜜が含まれていたようで、口の中にねっとりした甘さが広がっている。甘さのなかにハーブの風味がきいており、かすかな苦味もあって、後を引くような美味しさだ。


 囚われの身となってから、味のないパンしか口にしていないジットリアにとって、用途が何であれ甘い味のするものは極上のお菓子に他ならない。今度は軟膏をたっぷり指にすくい、口に運ぼうとしたところで、横からのびてきた手に手首をつかまれた。


「――男爵令嬢。それは塗り薬であって、食べ物ではない」


 うなるような声でレネスが言う。表情は、あきらかに怒っている。


「今しがた、私に腹を壊すと警告したのを忘れたのか」


「……お腹が減っていて……つい……」


 ジットリアが言い訳すると、呼応するようにお腹が鳴る。レネスは断固とした表情を浮かべると、ジットリアの手から軟膏の容器を取り上げた。


「あっ!」


「取った分は、食べずに顔の(あざ)に塗れ。すぐに食事を運ばせる」


 そう言うと、レネスは軟膏の蓋を閉めて腰の物入れに戻した。


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