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35話 振り出し


「ああ、もう既に学院には特別外部指導教員としての派遣期間が終了した旨は伝えたからな」


久しぶりに見るルヴィウス団長は、ハキハキと調子良く言った。


「お二人のお陰で大きな仕事が一つ片付きました。お疲れ様でした」


ヨツキ副団長は優しく微笑みながらラヴェルと俺に紅茶を淹れてくれた。


「ありがとうございます」


「オマエがオレに茶を淹れるなんて明日は空から槍でも降ンのかァ?」


物腰柔らかな副団長をラヴェルが嘲笑する。


「そのまま槍が貴方の頭に刺さってくれたらいいのですけれどね」


負けじと副団長も困ったかのようなフリをして嫌味を言う。



「お前ら仲良しだなあ!あっはっは」


「ンな訳あるかよ」

「そんなことありませんよ」



豪胆に笑うルヴィウス団長に二人は眉を顰めて反論する。



「まあ、こんな戯れは置いといて、ルヴィウス。死体検分及び犯人の身辺調査の結果報告書が届いていますよ」


「もうできたのか、流石はリリアーネとテテだ。第6騎士団の要といっても過言じゃないな!」



リリアーネは顔に切り傷の痕があったあのエルフだ。


彼女は薬学にも医学にも精通していると言っていたから、彼女がきっとタナートの遺体を調べたのだろう。



「どれどれ……死体に関して特に異常は見つからなかったか」


「彼が反帝国派へ薬を流した可能性も低いらしいですね」



団長も副団長も手元の資料に視線を落とし集中して読み耽っている。


だが、資料を読む目は徐々に鋭いものになっていく。



「……だが、こいつはユロリア王国の出身らしいぞ。一時期、王国の公安部に身を置いていたこともあるようだな」


「きな臭せェなァ」


ラヴェルは鼻で笑うとティーカップを品よく口元へ運んだ。



「ユロリアですか……エルアデス帝国がティオラン王国に戦争を仕掛けた時に、強く非難していましたからね、ユロリアが帝国を揺るがすこの襲撃事件に一枚嚙んでいていても不思議ではありませんよ」


「ああ、ならユロリアに探りを入れるとしよう。テテに情報収集を頼んでおく」



そう言うと団長はペンを走らせ指令書を書き上げる。


その横で副団長は団長の机の上に積み重なった資料を整理していた。



「そういえば、第2騎士団が北の大森林に遠征することになったそうですよ、どうやら厄介な魔獣が現れたようで、第3騎士団では対処が難しいと判断したみたいですね」


「今、王都に第2騎士団が居ないのは心許ないが、仕方ない。ただの落ちこぼれ騎士団の団長が反対した所でどうにもならないからな~」


「流石は落ちこぼれのダンチョーサマだァ信用が無くて笑えるなァ」



ラヴェルはルヴィウス団長の自虐を容赦なく嘲笑う。



「そんな冗談を言っている暇があったら手を動かしてください、手を。」


「……ヨツキは厳しいなあ」



副団長は団長の前に勢いよく大量の書類を叩きつけるとにっこりと笑みを浮かべた。



相変わらず副団長は恐ろしく厳しい……







「そういやァ、『サクル・ビン・アーセファ』っつう名前、知ってるか?」



書類仕事に追われる団長を横目にラヴェルは二杯目の紅茶を楽しんでいる。



「アセーファと言えばアスファル王国の大貴族様じゃないか、それがどうしたんだ」



団長は書類に目を通しながら答える。



「その嫡男が学院の生徒でして、なぜか内部犯のことを知っていたんです。それで、俺たちに対して犯人を暗示してきたと言いますか……」



スゥはラヴェルの話に補足をする。



「『同じ穴の狢』と言った所でしょうか」



副団長は紅茶に鼻を近づけ香りを嗜みながら言った。



「はァ?どうゆーことだ」


「そりゃあ、かの王国の貴人だ、個人的な情報網なんて持っていても可笑しくは無い。お前らに対しても少なからず探りが入っているはずだ」


「あんな狭い学院の中では、生徒であるその御方の方が情報収集に有利ですから。元から内部犯の正体などとっくに知っていたのでしょうね」


「で、それがなんで俺らの『同じ穴の狢』になるンだ」



ラヴェルは眉を寄せ理解できないと言った雰囲気だ。



「襲撃事件が起きている学院の中に身を置かなきゃいけないっていうのなら、襲撃をビクビクして待っているより一刻も早く犯人を排除した方が良いだろ?」


「攻撃こそ最大の防御ってかァ?じゃアなんで、アイツは犯人を知っていたのに犯人を告発するなり殺すなりしなかったンだァ?」


「それは、帝国の学び舎でスパイ行為をして襲撃犯を見つけました、なんて言えないからだろ」


「それに、犯人を見つけた矢先に都合よく君たちが現れたなら、君たちに犯人を始末して貰えばいいと考えるでしょう」


「俺たちにバレているのは大丈夫なんでしょうか?」



スゥは三人の会話に口を挟む。



「だから『同じ穴の狢』なんですよ」


「その御方は表立つことを嫌っているんです、そしてそれは我々も同じでしょう?我々の潜入調査なんてその御方のスパイ行為とほとんど同じですよ」


「なので、お互いの存在を知っていてもお互いに黙っていることが利になりますよね」



ヨツキ副団長はスゥの目を見て丁寧に説明する。



「イイのかァ?帝国の情報が抜き取られているかもしれねェのに」


ラヴェルはニヤニヤしながら団長を見る。


「他国の大貴族に喧嘩を売ることに利益はあるか?下手すると外交問題に発展するぞ。それにたかが学院だ。帝国に関するの重要な情報が欲しいならまずは宮廷にでも入り込むんだな」


団長は鼻で笑った。


ああ言えばこう言う、といった感じで議論は盛り上がりを見せた。







そうして漸く議論に一区切りがつき、解散の流れになる。


スゥが団長室から出ようと扉に手を伸ばすと背後から声が掛けられた。



「おや?スゥ君、その耳はどうしたのですか?怪我でもしましたか?」


ヨツキ副団長は茶器を片しながらスゥの耳を見つめている。


灰色の髪に隠れていた耳に気づいたようだった。



「——いいえ」


スゥは笑顔を作る。


「自分でやったんです」


当たり前だと言うかのようにはっきりと言い切る。



「……そうですか?膿が出ないように消毒しておいた方がいいですよ」


副団長は首を傾げて返す。



スゥは副団長のその様子を見て軽く会釈をし、直ぐに部屋を出て行ってしまった。







「雰囲気変わったなあ」


団長が静かな部屋で呟く。


「ええ、どこかスッキリとしているようにも見えますね」


副団長は同意するように頷く。


「……」


だが、ラヴェルだけは黙ったまま扉を見つめていた。



ラヴェルはその変化をどう捉えていいか悩んでいた。


あの時、スゥの思考は一気に方向性を変えた、それがどんな方向を向いているのか、ラヴェルには全く分からない。


それが、心に引っかかっていた。



ずっと考えていていても仕方が無い。


ラヴェルはスゥの後を追うように扉へ手を伸ばす。



その時、肩に手が置かれ耳元に冷たい声で囁かれる。



「ラヴェル、後で()()()()()()をしに来なさい」



ヨツキ副団長は肩から手を離すと、ラヴェルが手を伸ばしていた扉を開けて、そのまま部屋を出て行ってしまった。



「チッ」



「ハハハ、ヨツキはお前たちのことが心配なんだ。嫌がってくれるなよ」



団長は眉を下げてラヴェルを申し訳なさそうに見た。



だが、その瞳が少しだけ冷ややかなのはなぜだろうか。




ラヴェルは考えるのを止め、部屋を出る。



「……はァ」



静まり返った廊下に一人の男の溜め息が響いた。










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