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33話 ある少年の話



少年は幼い頃に母を亡くし、父親の元で育った。


少年には兄弟姉妹たちが数え切れないほどいた。


だが、その内のほとんどが父親が手を出した女たちから生まれた腹違いの子どもだった。


母は特に見目麗しかったそうで、父はそんな母に似た美しい少年を丁重に扱っていた。


少年に文字を教え、剣術を教え、魔法の扱い方を教えた。


綺麗な服を着せ、食事は一日三食。


どの子どもよりも、大切に慈しむように育て上げた。


そうして一層美しく育った少年をある時、父親は奴隷商人に売った。


「要らなくなった」


その一言が別れの言葉であった。


少年は手錠を嵌められ、幌馬車に乗せられる。


幌馬車の中は大きな衝立があり、空間が二つに分かれていた。


一つはボロボロの服を着ている貧しい人間たちの部屋。


もう一つは綺麗な服を着た人間たちの部屋。


少年はもちろん後者に分類された。


揺れる幌馬車が行き着いた先は立派な館だった。


一人ずつ降ろされる中、少年にだけ首から荷札をかけさせられ、館の奥へと連れていかれる。


暫く待つと、使用人らしき男に連れられ、一際大きな部屋に入る。


そこは舞台だった。


壇上には競り人、観客席は仮面をつけた怪しげな客で埋め尽くされている。


少年は舞台に押し出されると頭上から眩い光に照らされた。


「美しい」


それが観客席からあがる声で一番多く聞こえた言葉だった。


オークションが始まると競り人が追い付けないほど手が挙がる。


数十分は経っただろうか。


やっとのことで少年は競り落とされた。


少年は手錠を引かれ、より豪勢な部屋に通される。


そこで会ったのはでっぷりとした女。


宝石の散らばるドレスがはち切れんばかりの体でのっそりのっそりと歩み寄ってくる。


「わたくしの美しい人形」


女は少年をそう呼ぶと、少年を連れてこれまた豪奢な馬車に乗った。


女は馬車の中でどれだけ自分が悲惨な人生を歩んできたのかを滔々と語った。


だが少年は全く興味もなく、ただ黙って窓の外を見る。


女は何故かその態度を酷く気に入ったのか、その時から少年を「一番のお気に入り」と言い始めた。


暫く揺れていると大きな屋敷に着いた。


屋敷の中に入ると大きなシャンデリアと沢山の使用人が視界に飛び込んで来る。


女は早速少年を風呂に入れ、綺麗な服を着せ、食事をさせた。


少年は父親と同じことをする女に安心感を覚えた。


でも、女も少年に一日中構っている暇は無いようで、出かけたり仕事をしたりと、忙しい日も多かった。


そんな時は、少年と同じく女の「人形」としてここに来た人間たちと一緒に過ごすこととなっていた。


そこで少年はある少女に出会った。


少年よりも背が高く年齢も上の灰色髪の少女はいつも真っ白なドレスを着せられていた。


「初めまして私はフォティ、あなたの名前は?」


「名前なんて無い」


少年に名前は無かった。


父親にもあの女にも名前を付けられたことが無かった。


「そうなのね、でもあなたには名前が必要よ」


少女は少年に笑いかける。


「あら、あなた、なんで荷札(ラベル)なんて付けているの?」


少年はオークションに出品される前に首からさげさせられていた荷札をこの屋敷に来ても大切に身に付けていた。


女はそんな少年を見て「商品のようでいいじゃない」と満足げに語っていた。


「ラヴェル?」


「荷札を知らないの?」


「それがおれの名前?」


「いや、」


「いい名前だ、気に入った」


少年が嬉しそうに言ったのを少女は否定する気になれなくて、結局少年の名前はラヴェルになってしまった。


少年は女の屋敷で徐々に成長し、身長は高く、筋肉もほどよくついた美形の男になった。


女はそんな美貌の男をより一層好きになっていった。 


事あるごとに呼び止めて、自分の近くに侍らせる。


時には夜会に、時には買い物に男を連れて行った。


男は何も言わず、ただ付いていくだけだったが、女はそれで満足だった。


だが男は内心、女を鬱陶しく思うようになっていた。


屋敷の中は人形たちのための洋服や化粧品ばかりで娯楽が無かった。


娯楽の無い屋敷の中は退屈で、成長期の男にとっては窮屈でしかたなかった。


だが、男には屋敷の中で唯一の楽しみがあった。


それが灰色髪の少女とお喋りすることだった。


男が少年だった頃から話す機会があった少女は時の流れの中で少年と同様に、蕾が開いたような美しい女性へと変貌していた。


美しき女性は狩猟の話や音楽家の話など男が知る由も無い面白い話を沢山語ってくれた。


彼女と話す度にその新鮮な知識が男の好奇心を掻き立て、男はより一層知識を求めるようになった。


男は彼女の元へことあるごとに通いつめ、その知識の源泉を飲み干す勢いで、話を聞かせるように何度も頼み込んだ。


美しき女性は呆れながらも男の要望に応え、様々な話をした。


天体の話、働き蜂の話、天使と悪魔の話、冒険者の話。


彼女の引き出しは多かった。どんな話も男からすれば興味を引くようなものばかりで、男は目を輝かせてその話を聞いていた。


そんな日が数日、数週間、数ヶ月と続いていた。


そんな日々の中で男は彼女の話にのめり込むあまり屋敷の主人である女を放っていた。


そんなある時、彼女は言った。


「新しい家に行かないといけなくなったの」


彼女は屋敷の女の物ではなく別の人の物になったというのだ。



男は酷く悲しんだ。


話が聞けなくなり、再び怠惰な生活に戻ってしまうことを。



彼女がここを去るまでたった一週間しかなかった。


男は一日も欠かさず彼女の元へ通い詰めた。


一日目は、彼女の幼い頃の話。


二日目は、彼女の趣味の話。


三日目は、彼女の好きな食べ物の話。


四日目は、彼女の怖い物の話。


五日目は、彼女の故郷の話。


六日目は、彼女の家族の話。


どれもあまりにもありきたりで平凡な話だった。


興醒めだった。期待を裏切られた感じがした。


男は彼女の話に興味を失いつつあった。


その様子を感じとったのか、彼女は笑って言った。


「貴方に話せて良かった」


彼女は憑き物が落ちたかのようにすっきりとした笑みを浮かべた。


それが何を意味するのか男は分からなかった。



七日目の朝、最後の話を聞きに男は彼女の部屋へ訪れた。


彼女は窓辺に座り、じっと昇り行く朝日を眺めている。


男が部屋に入ってくると、彼女は挨拶もせずに最後の話を語りだした。





ある立派なお屋敷があった。


その家の主人は綺麗な物が大好きで、気に入った物は全て自分の宝箱に入れたがった。


けれど、主人は集めた宝物が少しでも壊れると容赦なくゴミ箱に突っ込んだ。


そんな毎日を繰り返していると、ある日、屋敷の主人は飛び抜けて美しい人形を手に入れた。


屋敷の主人はそれは大切に大切に人形を扱った。


人形に服を着せ、化粧を施し、様々な場所へ連れて行った。


その心のこもったお世話のお陰で人形は心を手に入れた。


心を手に入れた人形は自分の足で歩き、自分の言葉で話し、自分の意志で行動するようになった。


主人が居なくとも、人形は自立した行動が出来るようになった。


それを見て主人は思った。


「壊れた」と。


屋敷の主人は次の日、他の壊れてしまった宝物と共にその人形を火にくべて燃やしてしまった。


そうすると、主人の手元に宝物は一つも残らなかったとさ。


おしまい。






最後の話を言い終えると、彼女は丁度、迎えに来た馬車に乗ってこの屋敷をあっさり出ていってしまった。


最後の話はよく分からなった。


男は違和を感じながらも、退屈な日々を過ごす内に徐々にそれも薄れていった。



その後、屋敷の女は男を頻繁に呼ぶようになった。


男は何も言わずに女の言いなりになっていたが、ある時、男はとうとう口を開いた。


「なんでフォティを手放したのですか?」


女は驚いた顔をした。


「あの女は『わたしの一番のお気に入り』で勝手に遊んでいたのよ。お人形が自分で人形遊びをするなんてありえないのに、だから捨てたの」


女は気に食わないというように眉を寄せる。


「だから、あなたも勝手に喋らないで。お人形は勝手にお喋りしないのよ。人形遊びをするのはわたくしだけなんだから」


さもそれが正しいかのように女は言った。



男はようやく知った。


あの物語の意味を。


人形は自分たちだったことを。


そして、何も知ろうとしなかった恐ろしい自分を。



この女は壊れている。


まるで自分が正しいかのような、自分が法律だと言うかのような女の言いなりになっていたことが如何に可笑しいことだったのか。


それを今頃になって理解することができたのは彼女の存在があったからに他ならない。


ただ、父親と屋敷の女の言う通りに生きて、何も疑問を持たずに受け入れて来た日々に彩りを与えたのは彼女だった。


彼女は男に知識を与え、自分で考えることを教えた。


そうして最後に彼女は男に心を与えた。


自分が持っていた心を男に移し替えたといってもいいのかもしれない。


今の男なら分かる。


彼女が最後の一週間で平凡な話を語った理由を。


男はそれらの話をつまらないものだと思っていた。


彼女自身のことに興味の無い他人に語るべき話では無いと思った。


だが、本当はそんな内容こそ、彼女は話したかったのだろう。


『自分』とはなにか、自分は何が好きで何が怖いのか。


『ありきたりでありふれた暮らし』とはなんだったのか。


そんな当たり前のことを彼女は訴えていた。



男はやっと思い知ったのだ。


『自分』が何をしたいのか、何をしたかったのか。


ここでの暮らしが本当に『ありきたりでありふれた』ものなのか。


それが男の自我の芽生えだったのだろう。



男は女の部屋を飛び出る。


階段を駆け下り、赤い絨毯の上を走る。


他の人形たちの部屋へ駆けこんだ。


「これが……」


少年少女たちは駆け込んできた男を見ても何も反応しない。


ただただ、綺麗な礼服を着て、黙って座っているだけ。


そんな姿が彼女を見た最後の朝を思わせた。



一つの音も声もたてないその空間は、今の男から見れば異様なものでしかない。


ずっと、彼女の元にしか通わなかった男は屋敷の現状の一部しか知ることが無かった。


こんな白黒の、色の無い生活は人間でもなければ動物でもない。無機物でしかなかった。


屋敷の生活の中で、男だけが彩りのある少女との生活を送っていたのだ。


だからこそ、男は驚いていた。


「なぜ、何もしない」


男は近くの見知らぬ少年の肩に掴みかかった。


少年はまだここに入ったばかりなのだろう。


この中で少年は唯一、男が部屋に入ってきた時に視線を動かしていた。


「……気に入られているあんたは何も知らないだろうね、反抗した者がどんな目に遭うかなんて」


少年は震えながら荒げる声を上げた。


「なんだと」


男は目を見開いた


その時、


「『わたくしのお気に入り』に何を言っているのかしら?」


突然、背後から女の低い声が聞こえた。


はっとして男が振り返ろうとした瞬間、後頭部に衝撃が走り、意識が途絶えた。









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