31話 成績優秀者たち
剣を打ち合う高い金属音が絶え間なく響く。
空気を切り裂き、交わる軌道は鏡合わせの様に息がぴったりだ。
二人の剣筋は似ている。
つまり、拮抗しているといえる。
踏み込めば相手も同じ力で押し返そうとする。押し引きが続く中、軌道に変化が現れる。
ニコの剣先が不規則に揺れる。
ミルクティー色の髪が隠していた口元はゆるりと弧を描き、突然ニコの身体が沈み込む。
イシュリーは視界の下方へ消えるニコに驚きながらも剣を振り上げ、その首元を狙った。
だが、ニコの片手は既に地面ついていた。
手から大地へ魔力が格子状に広がる。
「ッこれは」
土が盛り上がり、大地が震える。
ゴゴゴと深い地層から鳴り響く轟音が辺りを支配した。
突如として地面から突き出たのは槍の様に尖った岩。
それも一本ではない。何十本、何百本とイシュリーの足元から突き出る。
ステップを踏みながら右へ左へそれらを避けるが、それと同時にニコの斬撃も降り注ぐ。
「土魔法か、結構な腕前じゃないか」
「まあまあだろ、もっと上手く扱えりゃァ魔法師にでもなれただろうになァ」
ラヴェルにしてはこれでも十二分に褒めている。
きっと、ニコには魔法師としての才覚があるということなのだろう。
身体を貫こうとする岩の槍を避け続けてはいるがこのままでは体力を消耗するだけだ。
地面から視線を上げ、紫紺の瞳がニコの動きを捉える。
振り上げられた剣はイシュリーの身体へ振り下ろされるまで余裕があった。
それを見て、それまでニコの攻撃から逃げるように動いてた足を止め、むしろニコに向かって足を踏む出した。
お互いの距離が縮み、ニコの身体が目の前まで迫った。
その瞬間、右足で踏み込むと思いっきり左足の脛でニコの脇腹を蹴った。
ニコの顔には苦痛の表情が浮かび、吹っ飛んだ。
吹っ飛ぶニコの身体の背後には岩の槍。
このままでは勢いの余り岩が身体を貫くだろう。
「ぐっ」
だがニコは歯を食いしばり、瞬時に剣を地面に突き立てブレーキを掛ける。
そのお陰で岩の槍にニコの身体が貫かれる前に止まることができた。
しかし、立ち上がろうとすると頭上に影が落ちる。
見上げようとした瞬間何かがニコの顔目掛けて飛んできていた。
反射で目を閉じると風が頬を撫で空を切る音が間近で聞こえる。
眼をゆっくり開けば、刃がニコの蜂蜜の瞳に触れる寸前で止まっていた。
剣の切っ先を辿り、その柄を握る人物を見れば硝子のように青く鋭い瞳がニコを真っ直ぐ貫いていた。
「……参ったよ」
ニコはポツリと呟いた。
「……勝負あり!」
オリバーも目を見張って、二人を凝視していたが気づいたように試合の終わりを告げた。
「イシュリーに足癖が悪いなんていうなよ」
「言わねェよ、そもそもアレもオマエが教えたンだろ」
「そうだけどお前なら言いかねないからな、それでイシュリーの機嫌を損ねたら次の試合に響く」
「あっそ」
ラヴェルは心底どうでも良さそうに頬杖をついて二人を見下ろした。
歓声が響く中、ニコとイシュリーは向かい合って握手をする
「まさかあたしが負けるなんてね」
「良い試合だったと思うわ」
目を細めてフフッと笑う。
「……なんかムカつく理由が分かったかも」
ニコは口を一文字に結び、面白くないというかのようにイシュリーを見た。
「あら、良かったじゃない、他人の気持ちが理解できて」
「そうだね、でもこれだけじゃ終われないよ、再戦を楽しみにしておいてね」
一文字の口を開き、口角を上げたニコは爛々と瞳を輝かせた。
二人は憑き物が落ちたように笑い合い、試合を終えた。
遠くから見ていても彼女らの小さな変化に気づくことができた。
イシュリーは魔法に対抗できる自信を、ニコは強くなろうとする新たな理由を見つけられた。
きっと彼女らは強い騎士になるのだろう。
そう直感した。
「まさか、勝つとはなァ」
ラヴェルは感慨深げにイシュリーを頭のてっぺんから足先まで見る。
「あら?私のことを見くびっていたのね、貴方」
イシュリーが冷たい視線を投げかけるがラヴェルは物ともしない態度だ。
「そりゃ、見くびるだろ、稽古じゃあ全敗だったしなァ」
何でもないかのように言い放つが、それはイシュリーの地雷でしかない。
「今は普通に褒めてくれればいいじゃない!本当に性格が悪いわね」
「いや、試合はよかったと思うよ、本当に」
苦し紛れに称賛を送ってみるが、
「薄い誉め言葉をどうもありがとう」
どうやら悪化させたみたいだ。
笑っているように見えるが目が笑っていない。
イシュリーの周りにピリピリとした空気が流れる。
これは不味いな。
その後なんとかゴマを擦って機嫌を取り戻して貰えたが、これは俺のせいではないだろう。
「さあとうとう準決勝となりました!」
機嫌を持ち直したイシュリーを次の試合へ送り出した数分後にアナウンスが入った。
陽は既に西に傾きつつあったが、なぜか観客席はに人が大勢いる。
いや観客が増えたのだ。
見ると制服を着ている人が増えた気がする。
見慣れない顔ぶれが多いため、他学科の生徒たちなのだろう。
「時間も迫っているので早速ですが選手の入場です!」
わっと歓声が上がるとイシュリーと相手選手が現れた。
「イシュリー・アマルシア、そしてサクル・ビン・アーセファ!」
やや長い白髪を三つ編みにして垂らし、金色の瞳と褐色の肌が特徴的な青年は肩に侍らせている黒い鷹を優しく撫でている。
だがイシュリーは、そんな姿も見慣れているのか微動だにしない。
「久しいね、イシュリーさん」
柔和な笑みを浮かべるサクルは、ゆっくり瞬きをしてイシュリーを視界に入れる。
「私のことを覚えていたのですか、意外ですね」
眉を上げてサクルを見れば、サクルは苦笑する。
「流石に覚えているよ、君が僕の服に紅茶を思いっきり溢した苛烈な思い出は嫌でも忘れられないね」
「……その節は誠に申し訳」
目を逸らしながら気まずそうに謝ろうとする。
「いやいいよ、そういう堅苦しいの、僕は苦手だから」
サクルはそれを右手で制すると、そっと腰に引っ提げた剣に左手を這わせた。
「——でも、そういった折り合いは戦いで決めるのが一番だと思うんだけど、君はどうかな?」
柔らかい笑みだと思っていたが、見ればその眼に宿るのは情熱そのもの。
燃える闘志が静かに瞳の奥で燻っている。
その情熱が一体なにに起因するのかは分からないが、この戦いで彼は絶対に手を抜かないだろうことはよく分かった。
「……いいですよ、いくらでもここで紅茶の鬱憤を晴らしてください」
「いや、紅茶の件に鬱憤なんてないよ」
イシュリーの言葉に苦笑いしながら、サクルは肩に留まっていた黒き鷹を左手へ移動させ、強く腕を振るい上げ空へ飛ばす。
「彼は戦いには参加しないから安心して、僕の暗殺を防いでくれる護衛みたいなものでね」
柔らかな口調とは裏腹に言っていることは物騒極まりない。
「この試合で貴方を追い込むことになってもその鷹は私を攻撃しないのですよね?」
「しないし、そもそも君が僕を追い込むことも無いよ」
サクルは調子の良さそうな声で笑って見せる。
「さて、そろそろですか?オリバー先生」
ちらと見れば、オリバーが声を張り上げる。
「ああ。……両者剣を構えよ」
二人は同時に鞘から剣を引き抜き、構える。
「それでは、始め!」
歓声が響く中二人の戦いが始まった。
ビュンと空を切る音が凄まじい。
だが、文字通り空を切るだけで刃が交わる事さえない。
サクルは剣撃を受け流すこともなく軽く避け続けているのだ。
相手の剣が描く軌道を読み、避けながら隙を狙うという戦い方を好むようだった。
「おっと、危ない」
そのため頭スレスレを薙ぎ払われることもあり、見ている観客の方がヒヤヒヤしている。
イシュリーは持ち前の鋭い剣技でサクルへ迫るが、霧のように掴みどころが無い。
斬れども斬れども全く相手にされていないような感覚に陥る。
このままでは埒が明かない。
意を決して、次なる行動を選択する。
隙を狙い、思い切って相手の身体近くまで踏み込んで腕を掴んだ。
「わっ」
その腕を力任せに引き寄せると、サクルの上体が崩れる。
イシュリーはそのままサクルの首へ剣を突き立てようとする。
だが、サクルはイシュリーの剣をその黄金に輝く瞳で捉えた。
その瞬間、サクルは掴まれた手で指を鳴らした。
サクルの掌を中心に一気に竜巻が巻き上がる。
イシュリーは目を見張り、直ぐにその腕を離す。
観客席にも暴風が吹き荒れ、観客の帽子や日傘がいくつも飛ばされる。
観客の歓声はより一層大きくなるが、中には悲鳴も聞こえた。
その竜巻の中、イシュリーの身体は宙を舞っていた。
グルグルと円を描きながら浮遊するが、何処からともなく木の葉や枝、砂塵が混じり、思わず目を手で覆う。
「どうだい風に乗る気分は!」
頭上から楽しそうな声が聞こえ、見上げると遥か上空には飛ばされてきた日傘を掴んで上昇気流に乗るサクルの姿があった。
「風じゃなくて竜巻じゃない!」
「どっちでもいいじゃないか!」
声を上げて心底楽しそうに笑っていたサクルだったが、すこし冷静になって考え込む。
「まあ、でもこのままだと観客にも悪いな」
そう言うと再び指を鳴らす。
一瞬にして暴風は霧散し、竜巻の姿が消える。
途端に宙に浮いていたイシュリーの身体も落下し始める。
「うわあああ」
地面に叩きつけられると思い、目を瞑る。
だが、激突すると思った瞬間、ふわっ身体が浮いてゆっくりと地面に降ろされた。
「大丈夫かい?」
日傘を丁寧に閉じながらサクルが歩み寄る。
どうやらサクルの魔法で助かったようだ。
「さあ、剣を構えて。次こそは剣技で勝負をつけよう」
サクルは落ちついた口調で言った。
イシュリーは立ち上がり剣を構える。
二人は暫く睨み合っていたが、突然サクルが真正面から切りかかった。
二つの刃が交わった一瞬でイシュリーは違和を感じ取った。
剣を交えると分かる。
重い。ひたすらに一回一回の打ち込みが重かった。
そして、早い。
下から、横から、上から、次はどの方向から切りかかってくるのか。
目が追い付かない。
汗が肌を伝い、喉が渇く。
指先の感覚が無くなり、剣の描く軌道が乱れる。
「ぐあっ」
追いつけなくなったその時、剣の切っ先を引っかけるように弾き飛ばされ、カランと音を立てて剣が地面に落ちた。
観客席が静まり返る。
「……勝負あり!」
静寂を突き破るように終了の合図が響き渡った。
一際大きく歓声が上がり、拍手が鳴りやまない。
疲れ切った身体は鉛の様に重く、息を吸うのもやっとだ。
イシュリーは、今もなお悠々と立っているサクルを見上げた。
「強い、ですね」
サクルの眦が下がる。
「君もいつの間に随分と面白い技を身に付けて来たね」
「なぜ、魔法で仕留めなかったんですか?」
「……君は魔法が好きかい?」
サクルが腕を上げると黒鷹がゆったりと降りてくる。
「どちらかと言えば嫌いです」
「そうだろう?だから魔法が楽しいものだと知って欲しかったんだ」
柔和な笑みを浮かべたサクルは優しく鷹の羽を撫でる。
「印象というものは、たった一つの出来事でも大きく変わってしまうものだよ」
サクルは座り込むイシュリーに手を差し出す。
その手を取って立ち上がる。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
力を込めて握手をすると、サクルは少し驚く顔をしたが、直ぐに笑みを浮かべた。
「あんなバケモノが混じっているなんてな」
ラヴェルは興味深そうにしげしげとサクルの姿を目で追う。
「あれでいて、将来は騎士にならないなんてもったいないな」
「やっぱりそう思うよねー、もったいない!」
ニコは手摺に肘をつきながら両手で頬杖をついている。
既に大会は終わり、見れば夕陽が地平線近くまで沈んでいた。
結局、大会はサクルが優勝した。
魔法師並みの魔法の使い手であり、磨きのかかった剣術も持ち合わせているならば、優勝してもおかしくない。
「貴方たち、まだこんなところに居たの?」
腰に手を当て呆れたような口調で現れたのは空色の髪を揺らす少女。
「いや~、サクルとのあの熾烈な戦いを見たら居てもたっても居られないよ!」
ニコはイシュリーに飛びついて頭をわしゃわしゃと撫でまわす。
「ちょっと!髪が崩れるからやめて」
「お疲れさま、よくあそこまでいけたな」
「お陰様でね、本当に感謝しているわ」
少女は優しい微笑みを浮かべる。
「これでいて給料が上がんねェのがなァ」
ラヴェルは溜め息をついて大袈裟に肩を落とす。
「本当に残念ね、私は貴方たちが私を散々貶した罪で賠償請求したいくらいだけどね」
イシュリーはニヤッと歯を見せて笑う。
「でも許すわよ、貴方たちの功績を認めているもの」
深い海の色を落とし込んだ瞳を閉じて、こちらに背を向けてしまう。
「それは良かった」
初めてイシュリーに会った時は俺たちに対する敵意をひしひしと感じていたが、今は全く感じない。
思い出せば、随分長い間一緒にいたような気がする。しかし、この関係にもいずれ終わりが来る。
そう思うと、寂しさと共に安堵を覚える。
彼女は彼女の足でその先を歩いていく、その時に俺の様になって欲しくないからだ。
「……あ、この後、待ち合わせしてたんだった!じゃあまた明日ね!」
イシュリーは足早に去っていく。
後ろ姿だけだったためどんな表情をしていたのかは見えなかったが、少し上ずったような声色が彼女の羞恥心を物語っていた。
「誰と待ち合わせしてるんだろうね〜」
ニコは首を傾げてイシュリーの後ろ姿を眺める。
「便所でも行きたかったんじゃねェの?」
ラヴェルは頭の後ろで腕を組みながら欠伸をした。
「皆さんはお帰りにならないので?」
急に若々しい青年の声が背後から聞こえた。
俺たちが振り返ると、サクルがそこに立っていた。
「サクルさんだー!」
ニコは満面の笑みでサクルを迎える。
「やあニコさん、今日は惜しかったね」
「次は負けたくないものですよ~」
サクルはニコに会釈した後、俺たちに向き直る。
「初めましてですね、確か特別外部指導員のルーク先生とセベス先生ですよね」
「ああ」
会ったことも話したことも無いのに、俺たちのことをよく知っているな。
「イシュリーにあんなにも大きな変化が見られたのは貴方がたの影響でしたか」
物腰柔らかなサクルをラヴェルは黙って見つめる。
「知っているとは思いますが僕はサクル・ビン・アーセファと申します。」
「ああ、大会のアナウンスで聞いた。よろしくな」
差し出されたサクルの手を握る。
意外にも手はがっちりしていて固い。ちゃんと鍛えている証だ。
「サクルさんは何の用事でここに?」
ニコが長身のサクルを見上げる。
「ニコさんが見えたので来たまでですよ」
ふわっと笑いかけるサクルにニコは全く動じない。
「あ、前の話の続きですか?」
「ええ!『片翼の雷霆』と『隻眼の大弓』の戦いを間近で見れたなんて羨ましい限りですよ」
途端にサクルは目をキラキラと輝かせて、調子よく言葉を紡ぐ。
「でも、サクルさんは『三本足の山羊』や『夢見る風見鶏』と会って話をしたことがあるんですよね?そっちの方が凄いことだと思います!!」
まさか二人ともS級冒険者好きだったとは。
それで納得する。こいつが騎士科にいる理由は冒険者や騎士に憧れがあったからなのだろう。浪漫を追い求めてここまでやってきたとは行動力のある奴だ。
「今度イシュリーも誘って会いに行きましょうよ!」
「良いですね。でも、もしかしたらイシュリーさんは別の人と行きたいのかもしれませんよ」
意味ありげにサクルは囁く。
「別の人?」
ニコは眉を寄せて、うーんと首を傾げた。
「ええ」
なんでもないかのように言い切るサクルをラヴェルは黙ったまま睨む。
「オイ」
「はい?」
「アイツは今、誰と会っている?」
「……さあ?でも、待ち合わせの相手は男性なようで、とうとうそういう相手でも見つけたのかと思いましたよ」
サクルは目を伏せて、思わせぶりな口調で告げた。
「……何処で待ち合わせると言っていた?」
「温室に行くと言っていましたね」
ラヴェルへにっこりと笑いかける。
それを聞いた瞬間、ラヴェルが舌打ちをする。
「行くぞスゥ!」
「っ!!」
明確にラヴェルが俺の名を呼ぶ。
それも俺の本当の名前。
仮名ではなく、真実の名前、
その発言は今の俺たちは先生ではないということ、
今の俺たちは第6騎士団員としての任務を背負っているということを意識させた。
少しの動揺と不安を胸に走り行くラヴェルの背を追う。
こいつが一体何に気づき、何を思って走っているのか、
ラヴェルのことは徐々に分かってきたと言うのに、ラヴェルが何を考えているのかだけは未だに掴めない。
だが、今までラヴェルに嫌気が差すことはあっても、ラヴェルを疑ったことは無かった。
きっと、ラヴェルのこの判断には意味がある。
俺たちにとって意味がある。
「スゥって誰の名前なの?」
今がどんな状況なのか分からず狼狽しているニコは去り行く二人の教師の背を見つめた。
「ふふ、お気をつけて」
手を振って見送るサクルは満足げに微笑んだ。
「サクルさんは何か知っているんですか?」
心に浮かんだ疑問を真っ直ぐサクルにぶつけてみる。
するとサクルは細まった目を少しだけ開き、ニコの唇に人差し指を押し付けた。
「この世には知らなくてイイコトが沢山あるんですよ」
唇から人差し指がゆっくりと離れる。
「……サクルさんが言うとなんだか怖いな~」
ニコは思った、サクルは良い人だけど大貴族なだけはある、と。
不定期更新申し訳ありません。




