15話 獣人
俺は咄嗟に双剣を抜き、テテと騎士の間に身体を滑り込ませようとしたその瞬間、ぐっと後ろへ襟を引っ張られた。
振り返るとラヴェルが呆れたような目で周囲を眺めながら、俺の襟を力強く掴んでいた。
テテは剣を華麗に避けるとそれを見た他の騎士たちも剣を抜き、テテに切りかかった。この狭い階段で複数人と戦うのは不利でしかない。俺はテテたちの後ろでラヴェルに襟を掴まれながらその状況を眺めるしかなかった。
「ラヴェル!なぜ俺を止めたんだ!」
止めて来たことに対する怒りが沸々と湧き上がる。
「新入りのオレらが介入した所で第6が問題を起こしただけで終わる。なら、アイツ一人で事態を治められるように見守るのがオレとオマエの仕事なんじゃねェのか?」
ラヴェルは落ち着いたような、冷めたような表情でそう語るとなるべくテテたちから離れるように壁へ寄った。
こいつ……意外と冷静だな。
しぶしぶ剣を鞘に納め、彼らの動向に注意する。
テテは次々と襲いにかかる騎士たちの攻撃を躱しながら後退する。だが、その背後には壁が迫っていた。このままだと切りつけられてしまうだろう。
そしてついにテテの背中が壁にぶつかり、騎士たちの剣先がテテを貫き、串刺しになりそうになった。
俺は咄嗟に目を逸らそうとしたがその時、音も無くテテの背中から大きな焦げ茶色の羽が広げられ、空中へ飛び上がった。
羽の内側は白と茶色のまだら模様で彩られ、空気を裂くように飛ぶ割には羽音が一切しない。
羽を持つ人間?いや、彼女は……
「っ貴様は獣人だったのか!通りで獣臭い訳だな!」
「獣人への差別ですか?騎士であろう者がそのような事を言うのですね!心底呆れました!」
テテは勢いを付けて騎士目掛けて降下する。騎士はテテに向かって剣を構えようとしたが行動が遅れ、顔を思いっきり蹴られて吹っ飛んでしまった。何事も無かったようにテテは降り立ち、他の騎士へと振り返る。
「あとのお二人さんはどうしますか?」
残された騎士たちは、飛ばされてぐったりとしている騎士に駆け寄り、担ぎ上げた。
「貴方方は許されざることをしたのですよ!」
「私たち崇高なる純血の貴族に怪我をさせたと父上へ報告しますから!」
そう文句を言いながら、騎士たちが階段を上ろうとした時、階段の上から誰かが声を掛けて来た。
「報告されるのはお前らの方だ。第1の騎士として恥ずかしくないのか」
見ると気の強そうな女性が腕を組みながら騎士たちを見下ろしていた。その声を聴いて勢いよく振り返った騎士たちは目を見開き、口を開く。
「アネッサ副団長!違うのです!こうなったのは深い訳がありまして……」
突然慌て始めた騎士は早口で弁解し始めた。なんと愚かな奴だろうか。ここまでやっておいてよくそんな事が言えるな。
「私の耳は遠くの物音を拾うのに長けているぞ、状況は全て聞いていた。もちろん獣人を馬鹿にしていたのもな。」
よく見ると副団長の髪から犬のような耳が生えている。間接的に副団長を貶していたことになるとは考えなかったのだろう。
こいつらよくここで喧嘩しようと思ったな。
「お前らには懲罰を受けてもらう。お前らが騎士の仕事を放棄し、こんな所で喧嘩を売っていたと団長が聞いたらどんな顔をするだろうか……」
あからさまに悲しそうな表情で話す副団長を見て、騎士たちはみるみるうちに青ざめ、一言も発せなくなっていた。横を見るとラヴェルは騎士をみてにやにや笑っている。騎士たちも性悪だがこいつも性悪だ。
「……はぁもういい、懲罰に関しては追々通達する。早く仕事に戻れ」
「「は、はい」」
二人の騎士は倒れた騎士を抱えて逃げるようにその場を去っていった。副団長は俺たちへ向くと、落ち着いた口調で話し始めた。
「すまない、怪我は無いか?どうにもあいつらは喧嘩っ早くてな」
「いえ大丈夫です、副団長さんが謝る必要は無いですよ!」
テテが明るくそう言うと副団長は眉を下げて笑った。
「書類を届けに来てくれたのだろう?副団長室で受け取ろう。付いてきてくれ」
先を歩く副団長を追って三人も歩き出した。
「頼まれていた書類です!何か間違っていないといいのですが……」
テテは守り抜いた書類をアンティークの椅子に座る副団長に手渡す。副団長は無表情でペラペラと書類を何回か捲り中を確認すると、テテに向き直り満足そうな表情で感謝の言葉を掛けた。
「そういえば、見ない顔がいるな」
それから副団長はテテの後ろでつまらなそうに控えていた俺たちに視線を向け、興味深そうにそう言った。
「あ!紹介し忘れていましたね!こちらはスゥさんとラヴェルさんです。第6騎士団の新しい仲間です!」
テテは嬉しそうに身振り手振りを付けて紹介してくれる。こんなに可愛らしいのに元死刑囚なのが信じられない。
「そうか、私は第1騎士団の副団長を務めているアネッサだ。今後も君たちに仕事を任せたいと思っているからよろしく頼む」
立ち上がった副団長が手を差し出すのを見てどちらが握手するか俺とラヴェルで顔を見合わせた。結局、ラヴェルが我関せずといった態度だったので仕方なく副団長の手を握る。
「そういえば団長はいないんですか?」
優しそうな人だし、疑問に思った事をそれとなく聞いてみるか。
「ああ、普段は宮廷の警備のため殆どここには居られないんだ」
「宮廷とは、またすごいですね」
さすが騎士団長というべきだろうか。宮廷の警備というより皇帝の警備なのだろう。皇帝の傍に居られるほどの身分だとは、天の上のように感じてくる。
「ただな、団長から宮廷でどのような仕事をしているのか聞いたことがないんだ。皇帝の側人に守秘義務があるからと言っても私くらいには業務内容の共有をしてくれてもいいのにな。これじゃあ、いつ帰って来るかも分からん」
皇帝に直接仕える人に守秘義務があるのは当たり前か。だが、騎士団のなかでも団長の右腕であろう副団長にも情報を漏らさないとはよほど真面目な人なのか。
「……おっと、もうこんな時間か。私は次の予定が迫っているから君たちもそろそろ帰りなさい」
副団長は窓の外に目をやり、日が暮れた空を見てから俺らに向き直った。
「はい!今日は色々とご迷惑おかけしました」
「こちらこそ済まなかった、気を付けて帰りなさい」
テテは元気よく挨拶し、俺とラヴェルは軽く頭を下げながら第1騎士団を後にした。
「で、あの書類はなんだったンだ?」
すっかり日が暮れた空の下三人並んで歩いていると急にラヴェルが口を開いた。
「あの書類は宮廷警備をした騎士たちの報告書だったのですよ、皇帝の側人のような要職以外はあのような報告書をまとめることが義務付けられているそうです」
テテは仕事が終わって安心したのかゆったりとした足取りでラヴェルの隣を歩いている。
「内容は見たのか?どんなことが書いてあった?」
宮廷内はどんな雰囲気なのか気になる。報告書ならきっと宮廷内の様子も書かれているだろう。
「はい!もちろん見ましたよ!情報収集も私の仕事ですからね!えーっと、一番印象に残っているのは皇帝様の体調が悪いってことですかね」
皇帝の体調が悪いってのは初めて知ったな。
「そんなこと、ソトの人間は知らねェな」
皇帝の体調が悪いことを公表しないのは国民に不安の種を撒かないようにするためか。治れば別に問題ないしな。
「そうなのですが、噂ではどうやら長い間患っているみたいで……けっこう悪化しているそうです」
「それは……」
今の皇帝には跡継ぎが居ない。
しかも病を患っているとなると、国を治める皇帝として安定しているとは言い難いだろう。もしこれが貴族や他国に知られでもしたら帝国を崩す絶好の機会だと思われてしまうだろう。
まだ、その噂が本当かは分からない。
だが、何かが起きようとしている、そんな気がした。
俺たちは話を聞いて不穏に感じ口を噤んだが、ふと空を見上げると不吉な予感とは裏腹に大きな月がこちらを照らし煌々と光っていた。
頭では今後の先行きに不安を感じているのにこの月を見ているとどうしてか活力が湧いてくる。
決して前向きな力ではない。暗くてじめじめした後ろ向きな力だ。
けれど、こんな気持ちを引きずってはいけない。俺は何のために騎士団に入った?俺は俺の過去と向き合うためにここに来たんだ。心深くに根付き、呪いと化したこの思いの結末を迎えるために。
このまま平和な日常が続いて欲しい。そう思う一方、そうはいかないと分かっている。
何かを得るためには何かを犠牲にしなくてはいけない。
この先、俺が歩む道は必ず苦しみと絶望に溢れているだろう。
それでも、決着を付けたい。どんな終わりを迎えようとも終点にさえ着ければ、それでいい。
それでいいはずなんだ。




