16話 相棒は二人目
「ん?テテが梟獣人だってこと知らなかったの?」
テテが獣人であったことをオルメルに聞いてみたが、流石に知っていたか。
あの後、寮に帰るとオルメルが俺らを笑顔で向かい入れたと思ったら半ば強引に食事に誘ってきて、流れるようにこの料亭にやってきていた。だが、席には俺とオルメル、ラヴェルしかいない。テテはというと、丁重にオルメルの誘いを断って直ぐに部屋に篭ってしまったのだ。
連れてこられた料亭は大通りから路地に入ったところにあり、ちょっとした秘密基地のように見える。内装は町人や冒険者が普段利用するような料理屋よりも少々格式が高いのか、装飾のある椅子やテーブル、銀食器が並んでいた。
「俺はそのこと、誰からも聞いていなかったな」
「オレは知ってたぞ」
俺の言葉に被せるようにしてラヴェルが言い放った。
「あのクソ騎士の言う通り、アイツは確かに獣臭かったからな」
ラヴェルはサッパリとした魚料理を口に運びながら見向きもせずに答える。どうやら香辛料の効いた肉料理は好みではなかったようだ。
「ラヴェルくん、それは差別発言だと捉えられてしまうよ、獣人は第6にも多いから気を付けて、副団長もロビンもそうだしね」
オルメルは苦笑しながらラヴェルを咎める。普段から優しさがにじみ出ている流石のオルメルもこれは許せなかったようだ。
良く考えると団長と副団長、ロビンとオルメル、人族と獣人族でバランスよく組んでいるな……。この国には様々な種族が共に生活している。人、獣人、エルフ、ドワーフなどなど、細かく分類していたらキリがないほどだ。しかし、帝国で普段見かける種族は、ほとんどが人と獣人である。
「ていうか、ラヴェルくんだって獣人じゃなかったっけ?」
「……えっ……お前、俺に説明くらいしろよ!」
気付かなかった、ていうかお前も獣人なのかよ!よく獣臭いなんて言えたな。
驚いて隣をバッと振り向くとラヴェルは面倒くさいことになったと言わんばかりの表情で食事を続けていた。
「オマエにする説明なんてねェよ」
「相棒なんだから一番に教える必要があるだろ!」
こいつは余計な事を言うくせに必要な事を言わない、なんて厄介な奴だ!
「ハァ……知ったところでなんか変わンのか?」
ラヴェルは鬱陶しそうに長く艶やかな金髪を手で除ける。
溜め息をつきたいのはこっちの方だ。
「だからってな……いやもういい、これから一緒にやっていくってのにこれか……」
確かに獣人だと言ったところで何かが大きく変わる訳では無い。ただ、獣人のほとんどは魔法が使えない。身体に魔力を生成し溜める器官が無いからだ。だがその分、格別な身体能力が備わっている。ラヴェルが獣人であると知ることで、戦闘面での協力が具体的に図れるようにはなったということだ。
「関係はまだまだ構築中って感じだね」
オルメルはもう何杯目かも分からない果実酒を呷りながら言った。店に来てからオルメルは料理を頼まず果実酒しか注文していない。たぶん、夕飯は先に済ませたのだろう。
「オルメルは甘い酒が好きなんだな、なんて言うか、イメージ通りだな」
「え?……あはは!……はぁ、いや甘いものは嫌いなんだけどね~……」
俺の言葉にどっと笑うと酔いが回ってきたのかオルメルは口を噤み、俺から視線を外すと背もたれにだらしなく寄りかかりながらぼんやりと窓の外を眺め始めてしまった。
そこからは沈黙の時間が続き、俺は気まずさを感じ始めた。
いつもは良く喋るのに……なんだか調子が狂うな。
これがどういった状況なのか分からず、ラヴェルの方へと視線を泳がせると食事を終え、我関せずといった顔で赤ワインを嗜んでいた。
「ラヴェル、お前オルメルが奢ってくれるとはいえ、高い酒は頼むなよ」
「オマエに指図される謂れはねェよ」
口角をぐいと上げてそう言うとグラスを口に運び、気にせずワインを嗜んでいる。
俺は言い返す根気もなく、目の前の冷え切った食事に手を付ける。肉の白く固まった油で胸焼けしそうだ。だが不思議と味は悪くなかった。流石、オルメルの勧める店なだけある。
しばらく食事を楽しんでいるとカランカランと店の扉が開き、見覚えのある姿が視界に入ってきた。
「おいオルメル、悪酔いはするな、後が面倒くさいからな」
ロビンは俺らの席から少し離れたカウンターに腰を下ろし、店員に軽食を頼む。
「……分かっているよ、ロビン」
オルメルは曖昧な笑みで答えるとグラスを静かに机に置き席を立つ。
「僕は会計を済まして先に帰るよ」
そう言うと手短に会計を済まし、酔っていたとは思えないほどしっかりとした足取りで店を出て行った。
「誘った本人が先に帰るなんてなァ」
フッと鼻で笑うラヴェルは手元のワイングラスをくるくると傾けて遊んでいる。
「アンタら災難だったな、アイツ、酔って変な事言っていなかったか?」
店員が運んできた料理を受け取りながらロビンは問う。
「いや言っていなかったよ……そういえば果実酒飲んでたな、甘いの嫌いって言ってたけど」
酔っぱらっているっていう程でもなかったし。
「アイツは確かに甘いものは嫌いなはずだ、……ただあの果実酒は癖みたいなもんだ」
「果実酒だけは癖になるほど好きってコトか?」
癖?オルメルの酒癖が悪いのは想像つかない。
「いや、『つい注文してしまう癖』だな」
嫌いな物を注文する癖……?
「ん?よく分からないんだけど」
「……アタシの相棒はアイツだけだけど、アイツにとってアタシは二番目の相棒でね」
今のロビンは珍しく口が軽い。ロビンは落ち着いた雰囲気でオルメルのことを手短に話してくれた。
「アタシがここに赴任する前、どうやらアイツの最初の相棒が殉職したらしくてな、アイツはその死んだ相棒とよくこの店で酒を酌み交わしていたそうだ、そして——」
ロビンは手を上げて店員を呼びつけると何やら手振りで注文を済ます。店員は注文を受け、店の奥へと消えていった。
「……そしてその相棒が毎回頼んでいたのが果実酒だった」
暫くすると、店員はオルメルが飲んでいたものと同じ銘柄の果実酒をロビンに持ってきた。
ロビンはそれを一口呷ると、
「甘いな」
ぽつりとつぶやいた。
色のない声だった。暗くも明るくもない淡々とした声。
「で、オマエの相棒はここで感傷に浸っているって?」
空気を破るようにラヴェルは言い放った。
「悲しもうが嘆こうがオレはどうでもいい、お涙頂戴は受け付けてねェ」
いかにも疎ましそうに言い切ったラヴェルはグラスを品よく机に置くと、鋭い瞳をロビンへ向けた。
「おい、そんなこと言うな」
こんなことで敵を作っていたらこの先上手くやっていけないっていうのに、こいつは黙って話も聞けないのか。
「いやいいさ、この話をアンタらにしたのは今後仲間としてやっていくために予め話しておいた方がいいと思ったからだ。アンタらはずけずけとデリケートな話題に突っ込んできそうだしな」
ロビンはラヴェルの態度を物ともせず、至って冷静な声色で話し続ける。
「アンタらはこれからオルメルとも行動を共にするだろうから、無駄な衝突が無いように芽を摘んどくのが最善だ。あくまで円滑に仕事ができるようにするためだからな」
ロビンは感情の見えない表情で事務的に説明した。相棒の事だというのに冷然とした姿勢を貫くロビンは冷酷無情な人物だと思える。だが、ロビンの瞳の奥に微かな炎の揺らぎが俺には確かに見えた。
言いたいことを言えて満足したのかロビンは食事に集中して、俺らの会話はそこでとぎれてしまった。
仕事のためとはいえ、まさかオルメルにそんな過去があると分かって何だか妙に納得してしまった。あの気さくで明るい雰囲気は自身の過去を覆い隠す役割になっているのではないか。たぶん、それで自分自身をも騙しているのだ。
これは先に知っておいてよかったと思う。俺ならまだしもラヴェルは遠慮なく人の心に土足で上がり込むだろうからな。
あー……今オルメルの過去を知ったが、ラヴェルはどうして死刑囚になったのだろう、気になって仕方がない。
性格はだいぶ難があると見たが、だからといって死刑になるまでの罪を犯しそうな人物だとは思えない。こいつは過去で何があったのか……気になるところだが騎士団内でこの手の話をしている者はいなかった。聞いてはいけないのかどうかは知らないが、嫌な記憶があるなら聞かないでおくのが優しさだろう。




