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勇者と悪魔


「エルシーから、離れろ──ッ!」


 魔王城に怒声が響く。

 一瞬で詰められた間合い。勇者の聖剣が鋭く煌めく。


 ⋯⋯あれ、おかしいな?

 オタクくん、俺どっか途中の話を見落とした?

 なんか急にアレックスが出てきたんだけど。

 もしかして、これって、またしても、カワイコちゃんとのイチャイチャを邪魔される展開になってないかなぁ!?


「勇者⋯⋯? 想定していたよりも、登城するのが早いのぅ⋯⋯」


 魔王アルバが眠そうに言う。

 うんうん、俺もそう思うよ。だって、エルシーが王都を出てからまだ三日くらいしか経ってないもん。

 もしかして、魔界と人間界では時間の流れ方が違うのか? なんて、疑いたくもなる。


「悪しき魔王よ! エルシーを襲い、誘拐した罪! ここで僕が償わせてやる!!」


 アレックスが俺と魔王の間に入って、勇ましく吼える。

 あー、これ、どうしたもんかなぁ⋯⋯。

 救世主様のことなんて、マジでどうでもいいんだけど⋯⋯。俺がここで背後からザクッと行くのは、正直あんまりやりたくないなぁ⋯⋯。

 いいムードだったのを邪魔されて、ムカついたのは確かなのだが。

 だからと言って、こいつを殴ったり、殴るぞと言って脅したり、殴りたいと表明したりするのって、ガキっぽくてめっちゃダセェし。

 そもそも、アレックスも魔王と同じで、神々による霊力生産システムの被害者みたいなモンなんだよな⋯⋯。

 神への信仰そのものは、人生をより良く、楽しくするのに役に立つから、決して悪くは無いんだが。


 さて、それはそれとして。

 この状況で俺はどうするべきだろう?


「決まってる。考える必要なんて、無い」


 俺は魔術を編み上げた。

 まず、ひとつめは霧の魔法。アレックスの視界を奪う。

 次に、ふたつめのミストドレス。生み出した霧を縮絨させて、魔法の布を作り上げる。

 アレックスの鎧の中に、霧を送り込んで固形化させる。

 関節を曲げられないように、袖の中を満ち満ちに。力任せに無理を通せば、体か鎧か、どちらかは壊れざるを得ないほどにみっちりと。

 地味だけど、効果的だろう。

 アレックスの鎧は今や、全身を縛る拘束具だ。


「これは⋯⋯、まさか、エルシー⋯⋯?」


 アレックスが首だけで振り返ろうとする。

 ぎりぎり俺まで届いた視線は、どうして、と傷ついたような顔をしていた。

 思い込みの激しい救世主様のことだから、エルシーは悪魔に洗脳されてるとでも思ったのかな?

 どうせ、助けにくるのが遅くなってしまった自分の不甲斐なさを嘆いてて、こちら側の気持ちには、いつも通りに無関心なんでしょう、と冷めた言葉が脳裏に浮かぶ。

 女心は辛辣だ。いや、男でもそこは同じかな。

 俺は、エルシーの魔法によって無力化された勇者の前へと歩み出た。振り返って、彼の顔を見る。


「⋯⋯俺さ。お前が来なければ、今頃は魔王様と一緒に色々やってたんだよ」

「エルシー⋯⋯! キミは、魔王に何をされたんだ⋯⋯!

 キミは僕の幼馴染みで、婚約もして、旅の約束もしていたのに⋯⋯、なのに、なのに⋯⋯!」

「うるさいな。まだ俺のことを仲間だと思ってるんだったら、俺の頼みくらい黙って聞けよ」


 暴君じみた表情を浮かべて、俺はアレックスに言いきった。

 あはは、今の悪魔っぽい! でもマジで悪魔な真似をするのは今からだからな。覚悟しやがれ、アレックス!

 身動きの取れない救世主様の肩に手を置いて、俺は魔力を練り上げ始めた。


「魔力調律──、同調開始──。

 ネクロマンシー、展開準備──」

「な⋯⋯っ! 待て、エルシー、いったい何を⋯⋯!」


 不穏な気配に、アレックスが慌て始める。

 まあ、そう焦るな。何が起きるかはすぐにわかるさ。

 俺は呪文を唱えきり、ネクロマンシーを発動させた。

 エルシーの体から俺の魂が抜き出され、アレックスの体へと入り込む。


 ──憑依支配。


 生者から肉体を奪い取る上級術だ。

 本来であれば、支配を磐石にするために、元の持ち主の魂は体から追い出してしまうのだが。

 相手は勇者アレックス。空になっているエルシーの体に避難して、戦線復帰を果たされてしまっては困る。

 俺はネクロマンシーで彼の魂を封じ込めるだけに留め、体の操作権を奪った。


「うぅ⋯⋯。なんだ、この妙な感じは⋯⋯?」


 アレックスの呟きが俺の頭の中に響く。

 ちょっとばかし気が散るが、声なんて普段から幾らでも聞こえてるので、聞こえない。聞こえない振りなんて、いくらでも可能だ。

 俺はアレックスの動きを封じるミストドレスの魔法を消した。

 ちゃんと体を乗っ取れているか、手足を動かして確認してみる。


「うん。大丈夫だ。問題無し」

「な、何なんだ? 僕の体が勝手に動いた? もしかして、キミの仕業なのか、エルシー⋯⋯?」


 アレックスが問いかけてくる声なんて、無視だ、無視。

 俺はこれから魔王様に褒賞を貰うんだからな!

 今回は、事前に同意が取れているから、種族リロードでチート魅了魔法を用意する必要も無し!

 中古品であったとしても、男の体ならそれで十分。

 むしろ、救世主様の精神ダメージも見込めそうなので、このまま行こう!

 俺は、アレックスが命を落とすのはどうかと思うが、生きてさえいれば人間はなんだかんだで幸せになる理屈を見つけられるので、これはメリーバッドエンドの範疇なのだ!

 重くて邪魔な鎧を体から外しながら、俺は玉座の大樹へと目を向ける。


「魔王様。勇者の体は俺がこの通り乗っ取ったので、このままやってもらって良いですか?」

「ふわぁ⋯⋯。ああ、奇襲攻撃は終わったんじゃな⋯⋯。うむ。それでは、近う寄れ」


 魔王アルバが俺を手招く。


「お、おい、エルシー⋯⋯? 約束ってなんだ? 僕の体で何をするつもりなんだ⋯⋯?」


 戸惑いと怯えの色が混ざった救世主様の声が、俺にだけ聞こえる。

 エルシーの前では、いつも堂々と、あるいは飄々としていたのにな。怖がるだなんて、珍しい。

 なんか、もっと怯えさせて、からってやりたくなっちゃうな。

 身の程をわからせてやりたいって言うか⋯⋯。

 アレックスが⋯⋯世界で一番、自分が強くて凄いと思っていそうな彼が、メソメソ泣いたら愉快だなって。

 悪魔みたいなことを考えてしまったぜ。

 俺は脳内に響く声を気にせず、魔王の元へ歩みを進めた。


「いやだ、やめろ、やめてくれ⋯⋯!

 僕の体で、僕の声で⋯⋯、魔王と親しげにするなんて⋯⋯! 僕は、僕は、勇者なのに⋯⋯!

 キミも、勇者、なのに⋯⋯、エルシー⋯⋯!」


 アレックスの魂から、涙を流しているような雰囲気が伝わってくる。

 あーあ、救世主様、泣いちゃった。

 目の前の現実がツライなら、魔王アルバに頼んで果実に閉じ込めてもらうのも、ひとつの手だぞ?

 問題は何も解決なんてしないけど、本人が現状から逃げればそれは、オチだけ見れば十分にハッピーそうな話だもんな!

 ああ、愉快、愉快。こんなに面白いものを見たのは久々だ。


「魔王様。それじゃあ、よろしくお願いします」

「うむ⋯⋯。存分に、我が花の蜜を貪るが良い⋯⋯」

「ひっ⋯⋯! や、やめろ、さわるな⋯⋯! 魔王になんて、魔王になんて⋯⋯っ!」

「⋯⋯⋯⋯」

「いやだ⋯⋯! たのむ、ゆるして、あやまるから、たすけて⋯⋯! やめて、エルシー⋯⋯! エルシー⋯⋯!」


 アレックスの声を無視して、俺は魔王の手を取った。

 救世主様が幾ら泣こうと、その瞳からは涙は流れず、ただ楽しげな色を溢した。



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