褒賞
「昨晩より、魔力潮流に大きな変動があった⋯⋯」
魔王アルバが眠そうに言う。
時刻はまだまだ夜明け前。魔王からの呼び出しで、俺は再び玉座の間へと参上していた。
ジルケアが「魔王軍と揉めたくねぇから今すぐ行くぞ!」と俺の腕を引っ張ってきたので、エルシーの体に入ったままだ。
「カロテナ隊によるイーヴァ山への『門』の増設も確認しておる⋯⋯。門戸の広さも以前の二倍じゃ⋯⋯。一晩で功績を上げるとは、貴君は働き者じゃのう⋯⋯」
「はあ⋯⋯。どうも、ありがとうございます⋯⋯?」
どうやら、サニー達の働きで、魔界から人間界へと転送できる悪魔の質が上がったらしい。
それは正直、サニーが有能だっただけでは無いかとも思えるのだが⋯⋯。
彼をあちらへと送り届けるシステムを作り上げたのは俺なので、こうして褒められているワケだ。
⋯⋯それにしても、なんで悪魔って人間界に行きたがるんだろうなぁ。
だって、魔力は魔界のほうが濃いし。悪魔にはこっちのが居心地が良いはずだし。
教会の教えだと、「魔界は仕事をサボった天使や神様を罰するための牢獄」だって言われてるけど。
脱獄したところで身の潔白の証明になるわけでもない。⋯⋯まあ、神を打ち破った上位種であるという優越感や、解放感ならあるだろうけど。
魔王アルバを見ている限り、彼女自身はそういった権威を求めているようには見えない。
俺は彼女の顔を見つめて直接、気になることを質問してみた。
「俺、いえ。私は魔界に来て日が浅いのですが、魔王様はその広がった門を使って、何をなさるつもりなのでしょう?」
「魔王とは、魔神スラークローレの分霊じゃ⋯⋯。ゆえに、散逸の夢を見る⋯⋯」
「⋯⋯すみません。よくわかりません。もう少し詳しくお願いします」
「むぅ⋯⋯。貴君は、呪病根絶の神話を知らぬのか⋯⋯? 講義してやるから、傾聴せよ。
神話の時代に、天界で霊力の不足が問題となった。そこで神々は人間を作り出し、信仰心による霊力の生産を試みたのじゃ⋯⋯。
計画は上手く行っていたが、邪念からも霊力が生まれ、過剰生産による問題が起こってのう⋯⋯」
神の力の源である霊力の氾濫。
それは、神々が人に与える予定の無かった恩寵を世界中にばらまいて、システムの崩壊を引き起こした。
神の加護には、人間の思考能力や肉体を強化するものもある。
それと同等の効能を、ありとあらゆる生物と物質が享受して、神々の予期せぬ進化を果たした。
本来であれば、信仰心も邪念も持たないはずの鳥獣や樹木。海の水から空の風まで、あらゆるものが霊力を産み出せるようになり、過剰生産に拍車が掛かった。
「邪念──神々にとっての邪念から生まれた霊力は、過剰生産によって濃度を増し続け、やがて知性と意識を獲得する⋯⋯。
単一の感情によって生まれた精霊と、複数の感情が混ざり合って生まれた魔物⋯⋯。
それは次代の神々とも言うべき『信仰の奪い手』⋯⋯。天界の神々は、彼等を穢れた悪魔と称して、異空間に閉じ込めたのじゃ⋯⋯」
魔王アルバが淡々と語る。
まあ、その流れは、わからなくもない天界だ。
畑に突然アルラウネが生えてきて、「この畑は私たちの縄張りですけど? 植えてあった野菜も全部私たちの所有物ですけど?」なんて顔をされたら、誰だって困っちゃうもんな。
野菜が無いなら肉を食べればいいじゃない、なんて考えも、神様の体質だと出来ないだろうし。
「再発を防ぐため、神々は人間界で生まれた邪念が異空間へと流れるようにしたのじゃ⋯⋯。
その流れこそが、我等をこの地へと封じ込めている転送制限。その核こそが、無色なる盃。
魔界へと集められた魔力を飲み干して、神々を越える悪魔が生まれないように管理するための、種無しの果樹⋯⋯」
魔王アルバが、自身の腰掛けた大樹を見上げる。
悪魔たちから魔力を奪い、レベル1にして産み直すための果実を見つめる。
「それゆえに、余は、散逸の夢を見続けておるのじゃ⋯⋯。
散逸のために、邪念の豊かなる大地を夢見る⋯⋯。不毛なりし我が身の栄華を⋯⋯更なる枝葉の繁茂なりしを⋯⋯」
⋯⋯あー。なに言ってんのか、よくわからんのだが。
人間たちに堕落を仕掛けて、神への信仰心を奪い取れれば、魔力が増えて仕事が増える! 自分の有能さをアピールできる!
⋯⋯みたいな感じなのだろうか?
人外の価値観は難しいな。真っ当な向上心なのかコレ?
俺にわかるのは、魔神の元に集められた魔力を浪費するために、分霊として魔王が作られてるっぽいってところくらいだ。
つまり、この魔王アルバは、勇者に倒されて消されるためだけに存在している。
神々の脅威にはならない程度の力を持たせて、神々の信仰を高めるための悪役として、生み出されている。
⋯⋯俺を勝手に転生させてた神様といい、この異世界での神というのは、本当にとんでもない連中だ。
無邪気に蝶の羽をちぎって、どうなるか実験している五歳児と同じ温度感。
こんな危なっかしい奴ら、滅ぼしちまって悪魔に覇権を握らせたほうが良いんじゃないか?
なんて、思う気持ちも出てきてしまう。
実際、人間界の魔力が濃くなって、人体の魔物化が始まったなら、俺にとってはパラダイスだしな。
魔王の侵略計画は是非とも上手くいってほしい。
⋯⋯上手く行ったらどうなるか、嫌な予感はするけれど。
「進攻部隊長、ユウジ。貴君の功労に褒賞を。望みがあれば、言うがよい⋯⋯」
魔王アルバが俺を見る。
「その褒賞って、ちょっと不敬なことを頼んでみても大丈夫ですか?」
「構わぬ、申せ⋯⋯。余の活動の不利益にならぬことならば、大抵の願いは叶えてやらう⋯⋯」
「でしたら、魔王様。俺とデートしてもらえませんか? 大樹から離れられないのなら、俺がゴーレムを作りますんで」
「デート⋯⋯? ふふ、滑稽な願いじゃ。余に獣どもの真似事をさせて、笑いでもするのか?」
魔王アルバの瞳が楽しげに細まった。
俺としては、だいぶ本気なんだが。
魅了魔法のミスが何度も続いてるから、使わずにイケるなら、そっちのが良いし。
「ダメですか、デート」
「⋯⋯ああ、そうじゃな。デートはダメじゃ」
やっぱりダメか。ワンチャンいけるかと思ってみたが、残念だ。
おとなしく引き下がろうとした俺に、魔王アルバはこう言った。
「その婉曲な願い方では、叶えてはやれぬ。貴君はただの茶会ではなく、閨への誘いがしたいのであろう⋯⋯?」
「⋯⋯下品だと思ったんですが、ストレートなほうが良かったですか?」
「余は、ありとあらゆる感情の魔力を啜りし魔神の分け身じゃぞ⋯⋯? 下卑た言葉の百や二百、受け入れようとも動じぬほどの器の大きさはしておるわ⋯⋯」
魔王アルバはあくび混じりに「じゃから、ほら、臆さず欲望をぶちまけるがよい」と言葉を続ける。
俺はごくりと唾を飲み込んだ。
いいんだな? 本当に怒りはしないんだな?
自分の気持ちを明け透けに口に出すのは、やっぱり抵抗感があるものの、今ここでグダグダしちまっててもダサいだけだ。
俺は思いきり、欲望のままに声を発した。
「俺はッ! 俺は、魔王様とエロいことがしたいですッ!!」
魔王アルバが笑みを深める。
穏やかで、優しくて、底知れぬ、こちらを呑み込むかのような、あたたかいのに恐ろしい顔。
「良かろう。貴君の願い、余が叶えてやる。準備があるなら、済ませてくるのじゃ」
「⋯⋯はいっ、魔王様!」




