支部長Ttommeanni
⋯⋯結局、帰り道の途中で、良い感じのカワイコちゃんとは出会えなかった。
やはり、マンドラゴラを育てて光源氏になるしかないのか。
それとも、元々の目標である天界突撃計画か。
俺は頭を悩ませながら、冥堂の廊下を進んでいく。
「そういや、魔王軍に入ったんだから、城に住めたりはしないのかなー」
チートスキルで贅沢生活、というとは異世界転生あるあるだってオタクくんが言っていた。
まあ、俺はマッドリバー邸での貴族生活を捨ててここに来てるクチなので、未練がましいって言われそうだけど。
進行部隊長なんて肩書きを貰ったんだから、秘書くらいは居ても良いよなー。軍隊だから厳密に言うと副官や参謀?
種族リロードで見た目を自由にカスタム出来て、魅了魔法で性格も自在に曲げられるんだから、作ろうと思えば作れそうだけども。
うっかり魔王のお気に入りの子に手を出しちまって、キッツいお仕置くらうのだけは避けたいな。
「やはりマンドラゴラ⋯⋯。いやでも天使も捨てがたい⋯⋯」
考えながら、俺は客室へと入る。
「嗚呼⋯⋯、ワタクシのお姫様⋯⋯。この世で一番あなたに合うのは、お花がたっぷり敷き詰められた硝子の棺⋯⋯」
うっとりと語る声が、何故か部屋の中から聞こえた。
エルシーの体を寝かせていたベッドの上に、見慣れぬ悪魔がやってきている。
アー! これは良い! ナイスな人外娘ちゃん!
コウモリ系の獣人だ!!
頭の上には三角形のキュートなお耳。顔立小動物のように愛らしく、丸いお目々がくりくりしている。
上半身はふわふわの毛皮でボリューミーだが、脚は小枝のように細くて、「わたがしの割り箸か?」とすら思う。
思わずテンションが上がりきってしまったが、男か女かは、正直パッと見ではよくわからない。
細身の男にもボーイッシュな娘にも見える。人外娘だと反射的に述べてしまったが⋯⋯。
いーや、これは女の子だね! こんなに素敵な見た目の悪魔を口説けないとか、あっちゃダメでしょ!
俺は脳内で勝手に断言した。
コウモリ獣人は鋭い鉤爪をシーツに食い込ませながら、ぶつぶつと何かを囁いている。
エルシーの体に馬乗りになって、熱烈な視線を向けながら。
「魂の抜けている器ほど、素晴らしい乙女はおりますまい⋯⋯。そしてその静謐なる果実へと、食らいつくは至極の悦楽⋯⋯」
コウモリ獣人が、エルシーの首筋に牙を近づける。
「おいコラ止めろ! どけこのコウモリ!!」
俺は慌ててベッドに駆け寄り、獣人の体をひっぺがした。
この異世界におけるコウモリはマズい。
魔力構造が人間特効なので、噛まれると魔力汚染でヤバいことになる。
オタクくんにもわかりやすい例えを出すならば、ゾンビパニックの病原菌を持っているようなものだ。
絶対に素手では触らないほうが良いし、噛まれて感染しちゃったら、肌が緑色になっていってゾンビ化してしまう。
今の俺はゴーレムに入ってるから効かないけどね。
そっちの世界でも野生のコウモリは危険なものだから、くれぐれも気をつけてくれよ、オタクくん。
コウモリ獣人は俺による介入に驚いて、バタバタと天井に登って逃げた。
ピコピコと耳を動かしながら、獣人が騒ぐ。
「奇怪なり奇怪なり! 我が同朋に知らじ影あり! 汝は何者が使い魔か! 屍肉を纏いし虚ろなる霊よ!」
「俺はエディスに保護されている転生者だよ。お前こそ誰だ? ここは俺の借りてる部屋だぞ」
「某は悪霊教団が魔王軍支部長、トゥミーニと申す」
天井にへばりついていたコウモリ獣人が言う。
どうやら、この冥堂で一番偉い悪魔だったようだ。
だからと言って、利用者のいる客室に無断で入ったのは良くないと思うが⋯⋯。
思えば、俺はジルケアに「体を乗り換えて遊んでくる」とは一切伝えてなかったし、部屋に籠ったまま出てこなければ心配はするか。
恐らくこのトゥミーニは、挨拶がてら様子を見に来て、返事が無いからマスターキーでドアを開けてしまった⋯⋯という流れなのだろう。
それにしては、明らかにエルシーのことを襲おうとしていたが⋯⋯。
サソリ娘のルゥケットと言い、客人の扱いがなってなさ過ぎだろ。
やれやれ、これだから本当にネクロマンサーは。
「うっかり命を奪ってしまっても、アンデッドとして人生の続きを謳歌できるから、別に何の問題も無いよね?」みたいな連中が多すぎる。
⋯⋯オタクくん? ブーメラン発言って何のこと?
脱線しそうだから、深く考えなくても良いかな? 良いよね。俺がオッケーしたので無視します。
「とりあえず、部屋から出てってくんない? 色々あって疲れてるから、一人でゆっくりしたいんだけど」
「⋯⋯立ち去る前に、ひとつだけ確認しておきたいことがある。質問しても宜しいか、狂泥の放浪者殿?」
「なんだ?」
「森の夢見台にて過ごせし乙女に、堅牢なりし双子の城塞の夢を見せぬか? 片や白銀の魔鋼装束、片や枯れ得ぬ凍結華の棺。
リッチ殿が欲すなら、麗しき姫君の美貌に見惚れて下僕となりしこのトミー、全霊を賭して築き上げよう」
トゥミーニがエルシーの体へと目を向ける。
⋯⋯ええと。なんか喋り方がクドくて、話がわかりにくいけど。
要するに、エルシーの肉体をもっと厳重に守るべきだと主張してるのか。
そして、俺が望むなら、そのための道具はトゥミーニが用意してくれると。
それは助かる話だが、美味い話には魚心。
相手がコストを支払おうとすると言うことは、それに吊り合うだけのメリットが俺から搾り取れると言うことだ。
もちろん、好きになってる相手の安全が確保されている、という安心感さえ得られればオーケーなんてケースもあるが⋯⋯。
それだって、ワンチャン狙いたい欲望がスタートラインだったりするものだ。
俺も欲望にまみれてる以上、そういった原理を否定するつもりはさらさら無い。
俺に求められてる返礼品が、不均等かつ不適切であったなら、契約を踏み倒してやるけどな。
俺は天井にぶら下がっているコウモリ獣人のトゥミーニを見た。
「わかった。ドレスと棺の用意を頼むよ」
「おお、聡明なる友よ! 万雷の如き賛辞と共に、必ずや双壁を持ち帰ろうぞ! 夜風の冴えし頂にて再び相見えよう!!」
トゥミーニが両腕を広げて、飛び立つ。
人間サイズの体躯が宙で一回転しながら縮み、部屋の扉をすり抜けて、どこかへと姿を消していった。
「⋯⋯さて。俺はひと眠りするか」
ベッドで寝たい気分だから、エルシーの体へと戻ろう。
あのコウモリ獣人は、魂の入ってない状態が好きみたいだから、俺が眠っている間に噛まれるリスクも減らせる。
俺は絨毯の上に寝転がり、ゴーレム体への憑依を解いた。
明日は、何をしようかな。
魔王軍の女兵士にゴーレムの体を作ってやるか?
天使の再現計画を少しくらいは進めておくか?
それともマンドラゴラ育成か、はたまた町内の散策か。
「⋯⋯明日のことは、明日考えればいいか」
俺はあくびをひとつして、やってきた眠気に意識を委ねた。




