話が早すぎる
アウラス冥堂・裏庭、マンドラゴラ畑にて。
俺は透明悪魔のマイアと並んでベンチに座っていた。
⋯⋯どうせ話をするのなら、食堂でお茶でも飲みながらのほうが良かったかな?
でも彼女の用件が終わったらデートに誘うつもりだし、ジルケアやルゥケットと鉢合わせしにくい場所のほうが良いだろう。うん。
マイアは俺を逃がさないとでも言うかの如く、ぎゅっと俺の手を握り締めている。
白衣の襟から、透明な体の形に沿ってカーブする服の内側が見えた。
⋯⋯インナーの類いは、中に着ていない。
俺の目に見えるのは、白衣だけだ。もしも彼女の肉体が透明じゃなかったら、肌色がギリギリのところまで見えていたに違いない。
というか、女性は下着をちゃんと着けないと、胸が揺れて痛いとか、柔肌が擦れて痛いとか、色々と問題があるんじゃないのか?
いや、それで実際に身に着けてたら、襟元から下着が見えてしまうとか、別の問題も起きるんだろうけど。
⋯⋯どうやっても下着が見えてしまう状態か、何も着けないで過ごすかの二択で、後者を選んでるってことなのか?
悪魔の考えることはよくわかんねーな。
わかんねーけど、凄腕美人女医が人間と違う価値観でめっちゃ際どい格好してるって、なんか⋯⋯ロマンだな。
「それでは早速、質問なんですが。いいですか?」
透明悪魔のマイアが言う。
おっと、いけない。ロマンの呼び声に浸り過ぎていた。
俺は慌てて気を引き締める。
「はい。なんですか、マイアさん?」
「まず聞きたいのは、この肉体の生成方法です! 魔術式が秘匿対象であるならば基盤系統。それから素材と環境魔力値!
あ、あと呼び名に困るので、あなたの名前も教えてください」
「いっぺんに来たな⋯⋯。ええと、まず、俺の名前はユウジです」
「はい。次は?」
「この肉体は、ゴーレム技術とネクロマンシーで作られてます。⋯⋯その、感覚でバーッてやって作るので、正確な魔術式はわかんないんですが⋯⋯」
「ほうほう。それで?」
「素材はそこの畑から掘り返した土です。今日の朝に作って、ネクロマンシーで魂を憑依させて動かしてます」
「⋯⋯んんん~?」
マイアが首を傾げ始めた。
「そこの土で? どうやって? え、これベースはゴーレム技術なんですよね? 魔力濃度はどうやって出してるんですか⋯⋯?」
「えーと。厳密にはゴーレム用に作った塑像に、ネクロマンシーの肉体再生を無理やり組み合わせて、生肉に変換してるんです。
だから、この体はゴーレムなんだけど、生身の肉体と同じ働きも同時にしてて⋯⋯」
「ああ、なるほど。多重概念構造の考え方なんですね。
ミルクはただの食物であると同時に、生命の源という属性も持つので、タンパク質と魔力が同時に摂取できる、みたいな。
そういう理屈で、魔力の補給孔を確保してるんですか。ふむふむ、勉強になりました」
いや、知らん。何その専門用語みたいなやつ。
エルシーの知識には、そのへんの解説も詰まってるけど、あんまりしっくり来ないんだよな。
しかし、マイアは一人で勝手に納得しながら、更に専門的な話を振り掛けてくる。
「それで、どうしてこんなにも濃密な魔力を体内に抱え込みながら、精霊化が起きてないんですか?
魔力が一ヶ所に集まれば、精霊が生まれるのは必然です。
体内で生じた微小精霊は、身体細胞との融合を果たします。我々の体というものは、精霊を取り込んで進化するものなんですね。
ですが、あなたには精霊を取り込んだことで生まれる魔力波長の揺らぎが無い。弱小悪魔と同等の肉体で、しかし魔力は高濃度。
こんなの、普通ならありえないことです。どんな魔術を使ったんですか?」
「ええと⋯⋯。俺にはそういうの、よくわかんないんですが⋯⋯。
たぶんネクロマンシーの、肉体再生の影響⋯⋯じゃないか? 細胞が変異した瞬間に、元に戻ってる、みたいな⋯⋯?」
俺は自分なりに考えて、仮説を伝えてみる。
マイアは頭を悩ませているような声で反論の言葉を述べてきた。
「再生術だけで、肉体の進化が防がれていると? まさか、そんなことは絶対に不可能なはずですよ。
再生能力のある種族でも、膨大な魔力を浴びれば必ず上位種の体に進化します。
そして、この場合の進化は、不可逆的なものです。基準点が進化先に更新されるため、再生能力では退化を引き起こすことはできません」
「あ。基準点、ゴーレム側の制約で俺の自由に動かせます」
「⋯⋯⋯⋯え?」
マイアが間の抜けた声を出す。
もしも表情が見えていたなら、キョトンとしていたことだろう。
俺はエルシーの知識を引用しながら、魔術的な説明をマイアにしてやった。
「粘土とか泥って不定形の属性だから、魔術式上で『通常時の形』が何かを、同時に複数指定できちゃうんですよ。
んで、その状態で体を再生させると多重構造体になって、インキュバスでもあるし、人間でもある、みたいな状態の魔力を獲得できるんです
あんまり欲張ると基盤崩壊が起きちゃったり、魔法の出力が下がったりするんで、調整が難しいんですけど⋯⋯」
うん。自分で言っててなんだけど、これってちゃんと伝わったのかな?
ちょっと不安になってきた。
俺はマイアの眼鏡を見る。表情がわからないから、余計に不安だ。
彼女は暫く考え込んでから、静かにその唇を開いた。
「⋯⋯あなた、凄いことを考えましたね。そもそもの状態が、異種族に変身中の悪魔と酷似しているわけですか。
例えるならば、インキュバスとして魅了魔法を使いながらも、マーメイドとして水中呼吸が可能である、と言ったような。
確かに、それならば、上位種としての基準点と、弱小悪魔としての基準点は両立されることでしょう。
その上で、弱小悪魔の魔力状態のみを参照している再生能力が、二種類の基準点にエラーを起こして、基盤崩壊を引き起こす⋯⋯。
結果、上位種への進化情報が抹消されて、濃密な魔力を持ちつつも弱小個体のままという特異な体が維持される」
マイアは俺の手を両手で握り締め、興奮したような声で叫んだ。
「素晴らしい! なんと有用な理論でしょう!! ユウジさん、あなたは今すぐに魔王様への謁見を申請すべきです!」
「え? な、なんで?」
「なんでって、気づいてないんですか?
この理論なら、人間界への転送制限を無視できる可能性があるじゃないですか! 我々の進攻が大きく進むチャンスですよ!」
なんなら、私が軍の上層部にコンタクトを取ってきます、とマイアが力強く申し出る。
⋯⋯どうしよう。俺はただ、人外のカワイコちゃんたちとイチャイチャしたいだけなんだけど。
大量の仕事を押しつけられて、身動きが取りづらくなったら嫌だなぁ⋯⋯。
ああ、でも、同僚がめちゃくちゃ可愛いイソギンチャク娘とかだったら悪くはないかも。
前にカーラから聞いたんだよね。魔王軍には俺の好きそうなイソギンチャク系のカワイコちゃんが働いてるって。
魔王軍に協力すればカワイコちゃんたちに近づける、なんて確証はどこにも無いが。勝算は高いんじゃなかろうか。
「魔王軍での功績を上げれば、美人な女の子たちにもモテモテですよ。悪魔って、有能な働き者が大好きですから」
「やります!」
俺はマイアの手を握り返した。商談成立!
また新しいタスクが割り込んできて、色々な物が次々と後回しになっているような気もするが⋯⋯。
全部が全部、カワイコちゃん達とのデートイベントに繋がってるから大丈夫!
え? なに? そのうち期間限定のやつを取り逃がしそう?
大丈夫だって! 俺はラッキーボーイだから、そのへんなんか上手く行くって!!
「魔王様のところまで案内してください、マイアさん!」
「はーい、了解でーす! それじゃあ、私についてきてくださーい!」
マイアが俺の手を引いて歩き出す。
そう言えば、魔王様って種族的に何なんだろう。楽しみだなぁ!
俺はウキウキとした足取りで、魔王の城へと向かっていった。




