なんだかんだで
え、えへへぇ⋯⋯。オタクくん、ただいまぁ~。
え? 笑い方が気持ち悪い? ごめん、なんか、どんな顔して良いかわかんなくってさぁ⋯⋯。
とりあえず、いつもの現状報告に入るね。
俺はいま、サソリ娘のルゥケットちゃんの自室にお持ち帰りされてま~す⋯⋯。
毒で弱ってるところを散々遊び倒されて、それはもう酷い目に遭ったよね。うん。具体的に何があったとは言わないけども。
ルゥケットちゃんにとっては、ヘロヘロになってる俺を見るのが凄く楽しかったらしくてさ。
「私の毒で、何も出来ないくらいに弱ってるのが可愛い~♡」って、笑顔でお世話し始めたんだよ。
⋯⋯事後報告じゃなくて、その様子をリアルタイムで見たかった?
オタクくんさぁ⋯⋯。前に、そういう番外編の内容を、二次創作なり妄想なりで補完してみるのも楽しいオタクライフなんだよ~って俺に力説して無かったっけ?
創作をサボるのはオタクくんの勝手だけどさぁ、俺のこと無料で使えるお電話相談室か何かだと思ってる?
⋯⋯ああ、いや。今のはかなりダサかったな。
格好つけたいから詳細を上手いことボカしてんのに、オタクくんの探究心にイラついちゃうのは余裕が無さすぎだ。
でも、実際に何があったかは言わないからな。下世話なゴシップは切り捨て御免だ。現状の説明に戻らせてもらう。
俺が今いるのは、冥堂の居住区域の一角。サソリ娘ルゥケットの自室だ。
カーテンが閉じられていて薄暗い。
テーブルの上では、理科の実験みたいにフラスコがランプの炎で熱されて、ボコボコと泡を沸き立たせている。
こういうの、魔法式のアロマ加湿器って言うんだっけ? 特殊な花びらを煮出して、その煙を浴びたら美容に良いとか、そういう⋯⋯。
魔界にも、同じ技術が行き渡ってるんだなぁ~。いや、むしろ、人間界で使われてるのが魔界から広まった技術なのか?
「おっと。また思考が脱線したな⋯⋯」
俺は改めて室内を見る。
毒の影響からまだ回復しきれていない俺の体は、ルゥケットのベッドの上に寝かされている。
枕の部分に机が乗っかってるみたいな構造の、L字のベッドだ。
サソリ娘は上半身──人間の部分を寝転ばせることが出来ないから、膝立ちで頭だけ机に突っ伏すような寝方をするらしい。
で、俺はそのベッドの上で、毒が抜けるのを待っている。
「うふふふふ⋯⋯♡ あんなにたくさん、私の毒を飲んでくれるだなんて⋯⋯♡」
サソリ娘のルゥケットちゃんが、うっとりとした表情で言う。
この発言も、もう十回目だ。
ぐったりと横たわっている俺のお腹を、サソリの鋏が軽く撫でてくる。
「好き♡ 大好きです、ユウジさん♡ これから毎日、毒の交換会をしましょうね♡」
愛おしそうに微笑む彼女の顔は、それはもう満点の美人なんだが⋯⋯。
下手なスポーツよりキツい、一方的な飲まされコミュニケーションを毎日なんてやってられるか!!
いくら可愛い娘が相手でも、慣れたくねぇよ、あんな行為に!
しかし、暴走状態にあるルゥケットちゃんは俺の心境にも、嫌そうな顔にも、まるで意識が向いていない。
「⋯⋯恋に恋する乙女って、こういう状態を言うんだろうな⋯⋯」
「はい? なにか言いましたか、ユウジさん?」
「ああ⋯⋯。毎日はさすがに、体の構造的にたぶん無理かなーって⋯⋯」
「え? もしかして、浮気の犯行予告ですか? 私の毒が飲めない振りして、ジル先輩とでも遊ぶ気ですか?」
「いや、毒抜きでもデートのやりようはいくらでも──」
「それって何が楽しいんですか? 私よりジル先輩のほうが良いってことですか? 私の楽しみもジル先輩もどっちも奪ってくつもりですか?」
「そうは言ってない。てか、そもそも、ジルケアのことを俺はそんな目で見てな──」
「ユウジさんが見なくても、あの男は横入りくらいしてきますよ! ああ、許せない! あの家政間男が怨めしい⋯⋯!
ユウジさんが私にメロメロになるように、毎日かかさず私の毒を飲ませなくっちゃ⋯⋯!」
あー、なるほどな。ルゥケットちゃんが俺に毒を飲ませたがるのは、不安が根底にあったんだ。
俺はジルケアの魅了魔法には勝てない、って思ってるんだ。
この世界でのインキュバスって、理論上はサキュバスにも変身できるから。
「理想通りの美女に言い寄られちゃったら、ユウジさんは私みたいな八十点の女は捨
てて、そっちと付き合うんでしょ!」
⋯⋯と、自己評価の低さから卑屈さを拗らせてしまっているのだ。
そもそも俺は、女に化けてるだけの男になんて興味は無いし、魅了耐性のアクセサリーも着けているんだが⋯⋯。
そういう冷静な判断よりも、俺を奪われる恐怖のほうが上になってるってワケだ。
1ミリも俺の実力を信じてなくて失礼千万。マジの恋人だったら傷ついてたぜ?
「⋯⋯こんなに厄介な女の子だとは、予想してなかったなぁ⋯⋯」
この様子だと、毒漬け人生終了ルートは確実と言っていいだろう。
ん、なに? それだと俺の頭は毒の効果でハッピーになるから、メリーバッドエンドだよって?
いやいや、仮にそうだとしても、ここで終わりはなんか違うじゃん。
恋人みたいに甘えられるだけならば、気分も良いし、絶対に悪いことでは無いんだけども⋯⋯。
「今の俺、どこがイケメンなんだ?」って感じで、自尊心とか自己認識とかがバッキバキに砕けていくんだよ⋯⋯。
ハーレムで色んな女の子に囲まれたいって夢が叶ってるって感じもまだ無いし。
ルゥケットちゃんのことは、ハーレム候補生としてキープしつつも、しばらく距離を置いててもらおう。うん。
もうちょっと体のだるさが抜けてきたら、ルゥケットちゃんに魅了魔法を掛け直す。
それで、記憶封印の命令を刷り込む。
チート魅了魔法はこういう面でも都合が良くて助かるぜ!
⋯⋯どう? 今の、女をもてあそぶインキュバスっぽい?
せっかく魔界に来てるんだから、悪魔っぽいこと出来るとなんか嬉しいよな!!
「お。考えごとをしているうちに、体の毒も抜けてきたな⋯⋯」
俺はベッドから起き上がり、サソリ娘の顔を見つめた。魅了魔法を起動して、新たな命令を刻み込む。
「ルゥケットちゃん」
「はい、なんでしょう? 口寂しくて、私の毒針が咥えたいなら、いくらでも尻尾をお貸ししますよ!」
「今日、俺とやったことは、全部忘れて」
「へ⋯⋯?」
「俺とルゥケットちゃんは、ただの知り合い。俺がまた魅了魔法を掛けるまで、友達以上にはならない。オッケー?」
「そんな⋯⋯。ユウジ、さん⋯⋯?」
「好きなら、このくらい出来るよな。それが、俺のためなんだ」
「え、えっと⋯⋯、でも⋯⋯」
ルゥケットちゃんが抵抗してくる。
俺は彼女の手を握って、魅了魔法の出力を上げた。
「俺への愛を、証明してくれ。⋯⋯俺が好きなら、何でも出来る。お前はそういう女だろ? だったら、記憶の封印だって出来なきゃおかしいじゃないか」
「はい⋯⋯。私は、貴方が好きです⋯⋯。好きだから、忘れる⋯⋯。恋人に、ならない⋯⋯」
「俺がこの部屋から出ていったら、完全に今日の記憶を忘れろ」
「はい⋯⋯、忘れます」
「⋯⋯よし。それじゃあ、俺はもう行くぜ」
「はい。行ってらっしゃいませ、ユウジさん。私はいつでも、貴方の帰りを待っていますからね」
ルゥケットが、にっこりと笑った。
俺は握っていた手を離し、そのままベッドから降りる。
部屋を出ていく俺の背中に、彼女からの視線を感じた。
「──またね、ユウジさん」
バタン、と扉の閉まる音がする。
こうして、俺の初めてのデートは失敗に終わったのだった。




