愛に溺れる
触れ合っていた唇が、離れる。
サソリ娘のルゥケットが、ぎゅっと俺の手を握り、甘く蕩けた声で呼ぶ。
「ユウジさん⋯⋯♡」
「うん。なぁに?」
「私⋯⋯、もっと、ワガママ言っても、良いですか⋯⋯?」
「ああ、いいぜ。何がしたい?」
「その⋯⋯、えっと⋯⋯。く、口にするだけじゃなくて⋯⋯、他のところにも、いっぱいキスして欲しいです⋯⋯♡」
可愛らしく恥じらいながら、ルゥケットちゃんの目が俺を見つめる。
魅了魔法でタガが外れてしまった彼女からのおねだりの言葉は、あまりにも熱く、俺の心にも火が着きそうだ。
俺はインキュバスらしく余裕ぶった笑みを浮かべて、要求に頷きを返す。
「ふふ。いいね。どこにキスして欲しい?」
「その⋯⋯尻尾の、毒針に⋯⋯♡」
ルゥケットちゃんがサソリの尾を動かして、自分の肩に先端を乗せる。
ぎらりと鋭く輝く針は、綺麗に磨き上げられて、まるでショーケースの宝石だ。
「ルゥケットちゃんの毒針は、人間が舐めても問題無いの?」
「はい、大丈夫です♡ お風呂にはさっき入ったばっかりですし、毒も出ないようにしておきますから♡」
「そっか。それじゃあ、安全だ」
「毒に関しては安心ですけど、尖ってるから肌を引っかけないように注意してくださいね♡」
サソリの尻尾がゆっくりと俺の口元に近づいてくる。
近くで見ると、ますます綺麗だ。おねだりなんかされてなくても、十分にキスしてやりたくなる。
俺はそっと顔を寄せ、彼女の針に唇を落とした。
「あぁ、嬉しい⋯⋯♡ 私の、私の毒針に⋯⋯♡ ユウジさんがキスしてくれてる⋯⋯♡」
ルゥケットちゃんが、ぎゅっと俺の手を握る力を強める。
愛しさで抱き締めるかのように、彼女は俺の後頭部へともう片方の手を伸ばし、優しく頭を撫で始めた。
「ねえ、ユウジさん⋯⋯♡ 私の毒を、飲んでみませんか⋯⋯?
半人半蠍のカップルは、弱めた毒を飲ませ合って絆を深めるものなんです。
ちょっとだけ舌が痺れちゃうけど⋯⋯。ユウジさんに、私の全てを受け入れてもらいたくって⋯⋯♡」
おねがい、と甘えた声が俺に囁く。
断る理由はどこにも無い。
飲める程度まで毒を薄めてくれるなら、危険性もたぶん無いだろうし。
もしも万が一、アレルギーとかでヤバそうならば、憑依解除と霊魂修繕でフォローは可能だ。なんてったってエルシーの魔法は凄いから。
俺はルゥケットちゃんからのリクエストを受諾する。
「ん。いいぜ、飲ませてくれよ」
サソリ娘の毒を飲むために、俺の唇が開く。
ルゥケットちゃんの瞳が、とても嬉しそうに笑った。
彼女はそっと尾を動かして、針の先端が舌の真上に来るように位置を調整する。
「それじゃあ、毒液を落としますね♡ ユウジさん、たっぷり味わってください♡」
サソリの毒針から、じわりと液体が滲み出し、透明な雫が少しずつ大きくなっていく。
スポイトでほんの一滴だけ落とすかのように、毒の雫がポタリと俺の口内へ垂れた。
しゅわしゅわと弾けるソーダにとてもよく似た感触。味も香りもまるで無い。炭酸じみた刺激がなければ、ただの水だと誤解しそうだ。
俺は唇を閉じて、唾液と一緒に毒を飲み込んだ。
「⋯⋯これで、合ってるか⋯⋯?」
「はい⋯⋯♡ でも⋯⋯、まだ、もっと、私の毒を飲んで、飲んで、飲み尽くして欲しいです⋯⋯♡」
「あはは。わかった。どんとこい」
「えへへ、嬉しい♡ それじゃあ、ユウジさん。毒を飲ませやすくするために、針の形を少し変えますね♡」
そう言うと、ルゥケットちゃんは目を閉じて「むむむ⋯⋯!」と意識を集中し始めた。
針の先端が丸く広がり、直径が親指くらいの太さに変わる。
例えるならば、ハムスター用の給水器の吐水口だ。
硬いチューブに似た形状へと変化した針の先端が、俺の唇に当てられる。
「ユウジさん♡ 私の毒と愛情のスープ、残さず飲み干してくださいね♡」
ルゥケットちゃんが、愛らしくはにかむ。
俺は毒針の先端を咥えて、少しずつ、彼女の毒を飲み始めた。
コップ一杯分ほど飲んで、息継ぎのために口を離す。
「⋯⋯ユウジさん? どうしたんですか? もしかして、もうお腹いっぱいですか?」
「いや、別にそういうわけじゃ⋯⋯」
「ああ、良かったぁ♡ まだまだ沢山ありますからね、どんどん飲んじゃってください♡ ほら、飲んで、早く早く♡」
俺の頭に添えられていたルゥケットちゃんの手が、がっちりと逃げ道を塞ぐ。
彼女はそのまま強引に毒針を俺の口へと押し込んで、薄めた毒液を注ぎ込んだ。
⋯⋯いや、待って。もしかしてコレ、マズいやつ?
ノルマの量がやたらと多くて、ワンチャンあの世とか見えちゃうタイプ?
俺の背筋に冷や汗が流れる。
ルゥケットちゃんの目は、曇りきった眼と言っても過言では無いほど、正気というものを感じない。
俺は慌てて、魅了魔法を強めながら命令の上書きを試みた。
「ストップ! ストップ、ルゥケットちゃん!」
「なんですか? 愛の言葉ですか? 私も大好きです、ユウジさん♡ 私の毒をたくさん飲んで、体の内側も外側も私の愛で満たされてください♡」
「だから、待っ──ガボァ! ゴバゴボボ!!」
俺が喋ろうとした瞬間に、サソリの毒液が口の中へとぶちまけられる。
反射的に俺の体が液体を吐き出そうとして、口の回りがびしゃびしゃに濡れた。
マジかよ。魅了魔法で操っているはずなのに、彼女はまるで思い通りには動かない。
ルゥケットちゃんは、俺の意思などお構いなしに、更に毒を飲ませようとする。
「あれれ? どうしたんですか? ああ、もしかして。これ以上飲んだら、別のところから出ちゃいそうですか?
うふふ、良いですよ、出しちゃって。私の毒を受け入れてもらったんだから、貴方の毒もちゃあんと受け入れてあげます♡
だから、存分に飲んで♡ 私の毒でいっぱいになって♡ 好きなんだから余裕ですよね、ユウジさん♡」
ルゥケットちゃんは一人で勝手に疑問を抱き、勝手な邪推で答えを出して、見当違いなフォローを喋り続ける。
俺のことなど、まともに見ている気がしない!
マジでマズい! また毒液が俺の喉を目掛けて噴射されている。呼吸を乱されまくるから、まともに魔法が詠唱できない!
これは⋯⋯、これは、どうしたらいいんだっ!?
俺はやっぱり失敗してしまう運命なのか!?
うぉぉおおー! ここで諦めたくねぇー!!
またゴーレムを自壊させて仕切り直しとか、逃げ回ってるみたいで格好悪いし!
なんとしてでも主導権を握り返して、楽しくイチャイチャできてたあの頃に戻りてぇー!!
ガボガボとサソリ娘の毒製スープに溺れそうになりながら、俺はなんとか考えた。
⋯⋯ダメだ! 何も思いつかねぇ!
こうなってしまったら、腹を括って正面突破!!
マジで毒液が尽きるまで、ひたすら飲み続けるしかねぇ!!
成功のビジョンがまるで見えてこねーけど! 頑張れ俺! 来てくれ救助!!
苦難に耐える俺の右手が自然と拳を握ろうとして、繋がれていたルゥケットちゃんの手をきつく握り締める。
ルゥケットちゃんは、くすりと笑って、俺の手を強く握り返した。




