デートチャレンジ
やっほー、オタクくん!
無事に種族リロードの儀式が完了したよ!
イケメンインキュバスの体に入るのは、ひさしぶりな気がするね!
サラッサラの金髪に、ちょっとタレ目なハニーフェイス! 衣装はミストドレスの応用で作った黒のスラックスとシャツだ!!
見ての通り、ちゃんと男の体だぜ!
「魔力の巡りも絶好調! 魔界の土って凄いなぁ! この体、なんか強い気がするぜ!!」
これなら、サソリ娘のルゥケットちゃんもイチコロに違いない! ウインクひとつで恋に突き落としてやるぜ!!
意気揚々と俺は冥堂へ戻る。
ルゥケットがどこにいるかは知らないが、魔界の自然現象で外は泡だらけ。建物の中にはいるだろう。
テキトーに進み続けていると、礼拝所っぽい部屋に辿り着いた。
基本的な構造は、王都の教会と同じだ。長椅子がいくつも並べられ、その奥に祭壇が佇んでいる。
祭壇を見下ろすようにして、冬の神エディスの紋章旗──枯れて霜に覆われた葡萄の葉っぱと、雪の結晶を刺繍した旗が壁に飾られている。
品質固定の魔法が掛かっていないのか、色褪せていてかなりボロっちい。歴史の重さより、美意識の浅はかさが気になる辺り、俺は不信心な人間だ。
「まあ、そこは、俺自身にも歴史が無いしな」
軽く笑って、俺は改めて礼拝所を見る。
教壇の左右には、魔界の統括者である魔神と、悪魔の長たる魔王をモチーフとしたステンドグラス。
ここは人間界とは違う。
あらちでは、天界信仰の基盤とも言える創世神話と、神々による人類創造が描かれたものを配置するのが通例だった。
⋯⋯少し話がそれてしまったな。
軌道修正、軌道修正。
礼拝所の長椅子は、人型の骨格を持たない種族でも利用しやすくするためにか、部屋の半分ほどにしか並べられていない。
その開けたスペースの、隅のすみ。中に入ってから真横を向かなければ気づかないほどギリギリの壁際に、サソリ娘のルゥケットが座っていた。
「やっほー、ルゥケットちゃん! 何やってんのー、そんなところで!」
「えっ? ど、どちら様ですか⋯⋯っ?」
ルゥケットが怯えた様子で肩を縮こまらせている。
ジルケアは俺の正体を簡単に見抜いてたけど、彼女は苦手分野らしい。俺、もといエルシーと同じだな。
この異世界では、魔力の波長から個体を判別するのは、鑑定系の上位スキル。
適性が無いと、いくら鍛練を積んだところで「柴犬はどれも同じ顔に見える」みたいな感じになってしまう。
ザックリとした種族はわかるけど、見分けがまるでつかないんだな。
──それはそれとして、ナンパの続きだ。
俺はニコニコと笑いながら、ルゥケットのほうへと近づいていく。
「俺の名前はユウジ。昨日、ジルケアが連れてた女とは同一人物だ!」
「⋯⋯ええと? つまり、ジル先輩みたいに、変身能力がある、みたいな⋯⋯?」
「そうそう、そんな感じ!」
「はぁ⋯⋯。なるほど、言いたいことはわかりました」
ルゥケットの顔から怯えが消える。
代わりに現れたのは、軽蔑の眼差し。俺への憎悪を込めた表情で、彼女はこちらを睨みきた始めた。
「⋯⋯でも私、二度と話しかけないでって昨日言ってませんでしたか?
気持ち悪い。上位者ぶらないでください。私のルールを侵害できるほどの地位も実力も、人間の貴方には無いでしょう?」
「またまた、そんなこと言ってー。憎いってのは俺への好意の裏返し⋯⋯なんだろ?」
わかってるよ、と俺はウインクを送る。
ルゥケットちゃんは心底ウザそうな顔で、サソリの鋏を持ち上げて臨戦態勢に入る。
尻尾の先の毒針が彼女の頭上へと移動して、いつでも俺を攻撃できるようにどんどん整えられる。
「貴方も、私をヤンデレだとかいう浅い理解で語ろうとする馬鹿なんですね。こんな罵倒を受けるくらいなら、サイコパスって言われたほうがまだマシです。
それとも、またしても方言ですか? どんなに言葉を繕ったところで、根底にある汚さは隠しきれてはいませんよ」
「はいはい。ごめんね、また癪に触るようなこと言っちゃって。
でも俺は、キミのこと気に入ってるから。だから、キミが俺のこと好きになるのは確定事項なんだぜ、ルゥケットちゃん」
俺は魔力を練り上げて、魅了魔法を準備する。
悪魔が相手でも、これだけ体のスペックが高けりゃゴリ押しできるだろ!
「起動しろ、インキュバス・チャーム!」
俺の瞳に魔法陣が浮かび上がった。
⋯⋯あ。そう言えば。
ルゥケットちゃんってジルケアのことを気に入ってるっぽい感じだったけど、付き合ってたりとかしたのかな?
いやいや、相手は女と火遊びしまくって汚れきってる男──だという証拠はまだ無いが、インキュバスってそういうモンだろ?
ジルケアからも「アイツは俺の恋人だから手を出すなよ」って言われてないし。
てか、俺もジルケアにデート誘われたし、恋人のいる男の言動じゃないと思うから、付き合ってる説は絶対に無いだろ。
片想いなら、さっさと告白しないでモジモジ足踏みしてた向こうが悪い。
⋯⋯恋人じゃなくても、同僚が毒牙に掛かってるのは見過ごせないと思うのならば、ジルケアが助けに来る可能性もあるけれど。
その時は魔術戦で殴り合えば良いだけだ。
そもそも、俺はサソリ娘ちゃんのことを幸せにする甲斐性もちゃんと持ってるんだから、誘惑したって問題は無い!
仮に寿退社になって、仕事が増えたって文句を言われるようならば、それはジルケアの器が小せぇって話にも出来ちゃうからな!
というワケで、俺は全力全開で魅了魔法を撃ち込んでやった。
ルゥケットちゃんの瞳が驚きに見開かれ、俺の魔法陣を直視する。
「ほら、もっと俺を見て。この目を見つめて⋯⋯」
「あ⋯⋯、ああ⋯⋯っ! だめ⋯⋯。これ、見続けてたら、ダメなやつ⋯⋯!」
「そうだな。でも、心のどこかで溺れたいとも思ってたはずだ。俺への執着心が浮かび上がって、どんどん我慢が効かなくなる⋯⋯」
「ち、違う⋯⋯! これは、この気持ちは、もともとあったものじゃない⋯⋯! 私は貴方のことなんて、どうでも⋯⋯どうでも⋯⋯っ!」
ルゥケットちゃんは懸命に、魅了魔法に耐えている。
だけど、その表情はもう陥落寸前だ。頬は赤く、呼吸は早まり、心臓もドキドキと早鐘を打つ。
サソリの鋏は床へと下ろされ、尻尾の警戒も垂れ下がる。
あと一声。俺が招けば、彼女は堕ちる。
⋯⋯やっぱり、魅了魔法ってヤバいな。
これさえあれば、何でも俺の思うがままだ。
改善点があるとするなら、至近距離で目を覗き込むのが面倒ってくらいか。
いやー、夢が広がるなー! サソリ娘ちゃんとのデートに飽きちまっても、また別のカワイコちゃん達と簡単に遊べるってことなんだもんな!!
とはいえ、今はルゥケットちゃんに全力を尽くそう。この娘もフツーに可愛いし!
俺はゆっくりと足を踏み出して、彼女との距離を詰めていった。
逃げようとしても、背後は壁だ。
ああ、凄い。本当に本物のインキュバスみたいなことが出来ている。
口元に笑みを浮かべながら、俺はルゥケットの顔を真っ直ぐに見つめ返してやった。




