教団の朝食
おはよう、オタクくん。
俺が悪霊教団の支部にやってきて、二日目の朝だよ。
今日の予定は、サソリ娘のルゥケットちゃんの勧誘と、そのための種族リロードだ。
本当は昨日の夜にやるつもりだったけど、ジルケアがキレて暴れてたから、翌日にずれ込んでしまった。
「今日こそは、絶対にあのサソリ娘ちゃんを口説くぞ~!」
またジルケアに突っかかられても、今度は魔法でぶちのめして黙らせる。
もし、怒られるような真似をした俺に非があるのだとしても、ハーレム作りの邪魔になったなら謝罪なんかしてやらない。
アイツと仲良くする義理は無いし。一宿一飯の恩義はあるが、俺の夢を邪魔するのなら、そのマイナスとで相殺だ。
⋯⋯オタクくんなら、「その功罪は釣り合ってないから不当だ」とか、「怒らせた件とその後の邪魔は、別の事件として切り離せ」って言うのかな。
根っからの正しさに目眩がしてきそうだよ。
だがしかし、今日の俺は何があっても種族リロードをするって決めてるんだ。
ターゲットだって決定してる。異世界に来て初めてのデートを楽しめるかもしれない。
だから、オタクくんは黙って見てなよ。夢はちゃんと叶えるからさ。
俺はミストドレスの魔法を起動して、貸し出し用のパジャマから着替えた。
着のみ着のままで来てしまったが、開発しておいて良かったな、この魔法。
魔法で作り出した服がエルシーの体を包み込む。
「さて、今日の天気はどうかなー」
俺はカーテンを開けた。
窓の外は、真っ白に染まりきっている。
雪が積もっているのではない。窓一面を白い何かがびっしりと覆い尽くしているようだ。
ほのかな輝きを放っているコレは⋯⋯、なんだ? エルシーの知識にもヒットが無い。
「⋯⋯ジルケアに聞けばわかるかな?」
ゴーレム作りの障害にならない物質だと良いんだけど。とりあえず、ジルケアに会ってみよう。
ちょうど朝食時だから、食堂にいるだろう。たぶん。
俺は客室を出て、食堂へ向かった。
部屋の外は少し肌寒い。魔法で薄手の上着を作って、羽織っておこう。本当に便利だな、この魔法。
俺は真っ白に染まった窓を横目に、見慣れない廊下を進んでいく。
悪霊教団の冥堂は、昨日と同じで妙に静かだ。
ジルケアとルゥケット以外の信徒が見当たらないし、音も気配も何も無い。
魔王軍に派遣されてる僧兵たちの駐屯地って話だったから、何かの任務でほぼ全員が出払っている、ということだろうか?
鳥の鳴き声すらも無い、不気味なほどの静けさだ。
俺はなんとなく早足で、食堂の中へと入っていった。
「おっ。来たな、ぬいぐるみ君」
ジルケアが厨房から声を掛ける。
今日は素のインキュバス体だ。魔獣の骨を被って、前髪で目を隠してる男。
調理台には、磨り鉢とボウルと空けた缶詰の殻がごちゃごちゃと並んでいる。
俺は料理を受け取るためのカウンターに近づいて、彼の手元を覗き込んだ。
⋯⋯何かを磨り潰したペーストが、ボウルの中に入っている。
全体的には黒っぽくて、ところどころに緑色のソースの名残と、オレンジ色の小さなつぶ。
なんとなく、蛾の幼虫が群れてるみたいで食欲が湧かない。
特に美味しそうな匂いもしないし、これを出されるくらいなら自分で何か作ったほうがマシに思える。
「⋯⋯一応聞くけど、何を作ってるんだ、お前は?」
「これかい? これはね、シー・マッシュ・シー」
「料理名きいてもピンと来ねぇよ。マッシュってことは芋か何かか?」
「残念、ハズレ。これはシャドーマンドラゴラを磨り潰した料理だよ。手足を切って埋めとくだけで増やせるから、教団じゃ定番の食材だね」
それはつまり、ジャガイモを切り分けて複数の種芋にするような感じかな?
手足って言われると、途端に可哀想に聞こえるが⋯⋯。
「マンドラゴラには、いわゆる可愛い女の子っぽい見た目のは居ないのか?」
「想像してるのは、自律的で会話も出来るタイプだよね? いるよ。たまに野菜市とかで売られてる」
「マジか。市場に行くだけで、マンドラゴラ族のカワイコちゃんたちとお知り合いになれるとは、魔界すごいな」
正直、ワクワクが止まらない。ルゥケットとのデートが終わったら、次はその野菜市とやらでカワイコちゃんを探してみたいな。
夢のハーレム計画を思い描いている俺に、ジルケアがなんとも言えない眼差しを向ける。
「⋯⋯ぬいぐるみ君、やっぱり食物相手じゃないと興奮できないタイプの人間?」
「それは違う。たまたまそっち方面の話が多めに出てきてるだけだ」
「料理が終わったら変身してやるつもりだったけど、今日はなんかマンドラゴラ族の見た目になりそうだなぁ、この流れだと」
ジルケアが深々と溜め息を吐いた。
サービスの押し売りを仕掛けておいて、被害者みたいな反応するなよ。俺の嗜癖がアウトみたいじゃん。
「マンドラゴラって、インキュバス的にはダメなのか?」
「ダメっていうか、町中は歩きづれぇなーって感じ。マンドラゴラとかスライムみたいな分裂増殖が得意な種族は、分類上は魔獣なんだよ」
「そういや、さっきも野菜市で、って言ってたな。奴隷市場とかじゃなく」
「昔、魔王様から『国民一人につき魔石をひとつ支給する』って話が出たときに、マンドラゴラ族の子を増やしまくって大量の魔石をせしめようとしたヤツがいてね。
それ以来、魔界では個体数を簡単に増やせる種族は国民としてはカウントしないってルールになったんだ」
簡単に言えば、スライム族やマンドラゴラ族は、どれだけ知性的であっても人権とされるものがひとつも無い。
農耕馬のように社会で働いている個体もいるが、そのほとんどが「備品」の項に入れられる。
車に乗せられてる犬は乗客ではなく物扱い、みたいな話だ。
「それって、マンドラゴラの特性を悪用してきた悪魔が悪いってだけで、マンドラゴラちゃん達は悪くないよな?」
「そうだね。だから、書類上では物扱いの種族にも優しくしてる奴らはいるよ。俺の知り合いにも、わざわざスライム族を雇ってるフレイム・ハーピィがいるし」
ジルケアの言葉に、ロングレイクの森で出会ったスライム娘の顔が思い浮かぶ。
俺のやろうとしてるハーレム計画も、カワイコちゃん達を物のように扱う前提で進んでいるが⋯⋯。
⋯⋯魅了魔法でみんなハッピーに終わるんだから、問題は無いさ。誰からの不満の声も届かなければ、それはきっとハッピーエンドだ。
そういうことに、しておいてくれよ、オタクくん。
ついつい暗いことをまた考えてしまっていると、厨房のほうからガチャガチャと皿を用意する音がし始めた。
ジルケアがランチプレートをまな板の上に置く。
料理好きが見たら叱ってきそうな絵面だ。
しかし、ジルケアは気にせずに、ボウルの中のペーストを皿に盛りつけていく。
オーブンの中からは、パリパリのクラッカー。冷蔵庫から取り出された白くて四角い塊も並べられる。
最後に水を注いだグラスを乗せて、ジルケアが皿をカウンターに置く。
「はい。出来たよ、ぬいぐるみ君」
「一人分しか無いけど、お前は食べないのか?」
「魔界は魔力が濃いからね。人間界みたいに、狩りに行かなくても大丈夫なんだ」
⋯⋯あー。そう言えばコイツ、ガチのインキュバスだったな。
人間の俺とは、食いモンがそもそも違うのか。
そういうことなら遠慮せず、この朝食をいただこう。
俺はカウンターの端にある蛇口で手を洗ってから、出来立ての皿を持ち上げた。
食堂を振り返ってみると、窓の外はまだ白い。これについてもジルケアに聞きたいところだが、食いながらでも良いだろう。
俺はテキトーに選んだ机まで料理を運んで、席に着いた。
「⋯⋯こうして見ると、まるでSFの食卓だ」
オタクくんから、聞いたことがある。
無機質なプレートに、奇妙なペーストとクラッカー。人間がロボットのように働く漫画の配給食。
魔界の食事って、こんな感じなんだなぁ⋯⋯。
いや、単にジルケアが冬神の信徒だから、敢えて質素に作ってるって可能性もありはするけど。
「とりあえず、食べてみるかぁ⋯⋯。いただきまーす⋯⋯」
俺は両手を合わせてから、木製のスプーンを手に取った。
虫を潰したようにしか見えないシャドーマンドラゴラのマッシュは、ほのかに甘くて、ホクホク系の焼き芋みたいな感じの味だ。
一般的な食料として選ばれるだけあって、不味くは無い。ただし匂いが漢方臭くて、ひとさじ食べるごとに別のものが食べたくなる。
「こっちの白い塊は⋯⋯、かまぼこ? にしては結構やわらかめだけど⋯⋯」
テレビでやってた、テリーヌってやつに近いのだろうか。
うっすらと漂う白身魚の風味に、ケチャップを水で薄めたような酸味が微かに伝わってくる。
めちゃくちゃ薄味なんだが、何故かこのかまぼこを食べると、シャドーマンドラゴラの漢方臭さが洗い流されて良い感じになる。
クラッカーは、何かしらの穀物粉を練って焼いただけのとてもシンプルな物のようだ。軽やかな食感が楽しめるだけでも十分にありがたい。
「どうよ、ぬいぐるみ君。おいしい?」
「ああ、まあ⋯⋯、完食はギリギリ出来そうかなーってレベル⋯⋯」
「それは良かった。ルゥケットのヤツがクラッシュハーブの瓶を割っちゃったみたいでさ。
シャドーマンドラゴラのエグみが全然消せてないんだけど、ぬいぐるみ君にはこれでも十分なご馳走なんだね」
「は? これ、普通より不味くなってるってわかってて、何の断りも無く出してたのか?」
「うん、そう。でも、ちゃんと食べられる物ではあるんだから、良いじゃないか」
ジルケアの口元がニタニタと笑う。
そんな、ノックアウトに至らないなら幾らパンチしても良い、みたいな感じで言われてもなぁ⋯⋯。
渋い表情になる俺に、ジルケアは軽い口調と態度で楽しそうに言葉を続けた。
「ふふふ、ご機嫌斜めだね。お口直しにデートでもしてあげようか? 調味料を買い直すついでにはなるけど、一緒に町を回るのはきっと楽しいよ」
「楽しちワケがあるかよ。なんで俺が、インキュバスなんかとデートしなきゃならねぇんだ」
そもそも今日の俺の予定は、サソリ娘ちゃんを口説くので既に一杯だっての。
俺は溜め息をついて、クラッカーにかじりついた。




