毒サソリのスープ
いえーい! オタクくん、見てるー?
こうして報告してみるの、なんだか久々な気がするな!
俺はいま、ジルケアの案内で晩飯が食べられるところへ連れていかれてる途中でーす!
ここの建物は壁も廊下も魔氷石材で──オタクくんには、大理石って例えたらわかりやすいかな。ああいう感じの回廊だよ。
体が大きめの種族でも歩きやすいように、道幅は広めに作られていて、どこもクーラーがついてるみたいに涼しい。
「そういやこの建物って、なんて名前なんだ?」
俺はなんとなく気になって、ジルケアに訪ねてみる。
「建物自体は、アウラス冥堂って呼ばれてるよ。どっちかって言うと、悪霊教団の魔王軍支部とか、派遣拠点とかって言うことのほうが多いけど」
「⋯⋯今更なんだが、神官なのに悪霊を自称してる組織名なの、なんか凄いな」
「あー。それな。人間っぽい言葉使いが流行ってた時に名前を付けたとか何とかで、悪だとは全然思ってないのに悪ってフレーズが付けられてんだよ。魔界だと、まあ、よくあることだな」
ジルケアがケラケラと笑いながら言う。
会話の区切りと同時にちょうど目的地に着いたらしく、彼は『食堂』のプレートがある扉の前で立ち止まった。
ケーキゴーレムの腕がドアを押し開こうとして、重さに負けた手首がぐしゃりと無様に潰れる。
「⋯⋯は? 嘘だろ? オレの体、こんなに脆いの⋯⋯?」
「うお、すっげぇ⋯⋯! ジルケアじゃなかったら惚れてたわ」
「中身がオレでも惚れとけよ!! こちとら性別を超越してる誘惑のスペシャリストだぞ!」
「俺は種族間恋愛の壁は超越できても、年齢と性別の壁は越えられないんだ」
あと、そんな可愛い女の子の声でバリバリの男口調なのも違和感が凄い。
いつも俺がエルシーの体でやってたことと同じなんだけど。⋯⋯エルシーのお父様ほか数名はこんな気分だったのかなぁ。
「可哀想なジルお嬢ちゃん。ドアは俺が開けてあげるよ」
「くっ⋯⋯! 久々にエディス様からの神命を拝せたというのに、それを完璧にこなせないなんて、悔しい⋯⋯!」
ジルケアが潰れた手首を再生させながら呻く。
ああ、中身が純正のインキュバスであるという後味の悪さは大きいものの、コイツの反応は良い線いってる。
こんなにも可愛いケーキゴーレムの振る舞いをすぐ目の前で見られるなんて、魔界は楽しいところだなぁ!
俺はホクホクとした面持ちで食堂の扉を押し開けた。
「ごふぇッ! なんだこの匂い、すっぱ!」
扉を開けた瞬間に、お酢をぶちまけたかのような、すっぱい匂いが吹き出してくる。
俺は慌てて鼻を押さえて、背後の壁まで後ずさった。
なんだこれ。魔女が毒薬でも作ってるのか?
俺の反応を見て、ジルケアは冷静に、くるくると杖を回して呪文を唱える。
「刺激臭を取り除け、オーデ・オーデ──」
ぽわん、と魔力の光が俺とジルケアの体を包み、鼻を突き刺すように鋭いお酢の香りが消えていく。
⋯⋯この魔法、本来はゾンビを使役する時に腐臭を誤魔化すためのやつだ⋯⋯。
食堂でこんなモンを使わなきゃならないなんて、食欲が失せるなぁ⋯⋯。
俺は溜め息を吐いた。
ジルケアは一人でさっさと食堂に入って、調理場のほうへと目を向けている。
「おい、ルゥケット! 換気扇の使用はどうした!」
「はひぇ!? ごごご、ごめんなさーい! なんか変な音がしてたから、使い続けるのが怖くってぇ⋯⋯!」
「故障か? まったく⋯⋯。そういう時は、激臭料理は庭でやれ、庭で!」
「でも先輩! 庭でやったら魔王軍の兵士さんたちに虐められちゃいますよー! ルゥの足と尻尾をぶちぶちってされて、スープの材料にされちゃいますー!!」
ルゥケットと呼ばれた声が、涙混じりに訴える。
愛らしい女の子の声だ。つまりは、カワイコちゃんが厨房にいるのだ。
俺は即座に食堂に飛び込み、人外娘の姿を探した。
食堂には、四人掛けのテーブルがいくつか並べられている。右手の壁には、厨房からの料理を受け取るためのカウンター。
そこに、カワイコちゃんがいた。
「ナイスゥ! 花丸百億点~!!」
迷わず拍手喝采だ。
厨房にいた人外娘は、体の一部が黒紫の硬い甲殻で覆われている。
一言で言うなら、サソリ娘。
巨大なサソリの頭部から、人間の上半身が生えている。色白な肌と暗色の甲殻のコントラストが実に素敵だ。
人間の部分を覆う殻は、大胆なビキニアーマー型。
籠手と胸当てだけという頼りない装備をカバーするべく、頭上には鋭い毒針の尾が煌めき、足元は巨大な鋏が控える。
そんな素晴らしい外見をしたサソリ娘のルゥケットは、おたまを握り締めながら、涙目でジルケアを見つめていた。
「ジル先輩は、ルゥの尻尾がスープになっちゃっても良いんですか~! え~ん!!」
「もちろん、良いに決まってるだろ! 庭でやらなかったら、オレがお前の手足を氷漬けにして締め上げるつもりでいたからな!」
「ひ、ひどい~!」
「そうだぞ、ジルケア! そこまで言うのは、ひどすぎる! たかが料理が臭いってだけで、こんなに可愛い娘を泣かせるとは何事だ!」
俺はルゥケットの擁護に回った。
そもそも、ジルケアは魔法で悪臭を誤魔化せるんだから、そこまで問題じゃないはずだ。
それに換気扇だって、後輩にチクチクお小言を投げつけている暇があったら、ちゃちゃっと直してやればいい。
そう思って、俺は発言したのだが⋯⋯、ジルケアは顔を真っ青にして俺を見つめた。
⋯⋯え? なに? そんなに言い返されたのがショック?
なわけないよな。だってコイツって、嫌味と悪態は基礎代謝だもん。
なのに、どうしてジルケアは、そんな大失態をやらかしたみたいな顔になっているのだろう?
俺が不思議に思うと同時に、ルゥケットの声が響く。
「⋯⋯誰、ですか、貴女? いま、私の、復讐心を、奪いましたか? 奪い、ましたよね?
私が、先輩への、復讐心を、蓄えている時に、横槍を、横槍を、横槍を⋯⋯!」
ルゥケットの鋏が臨戦態勢を取る。毒針の先は俺を向き、敵意に満ちた瞳が睨む。
「あー⋯⋯。これ、詰みだね⋯⋯」
「ジルケア? なに、その憐れんだ顔は?」
「残念だけど、ぬいぐるみ君は冥府送りだ。ああなっちゃったルゥケットには誰も勝てない。
エディス様の機嫌が良ければ蘇生してもらえるだろうけど⋯⋯。お手を煩わせてしまうだなんて、オレは自分がふがいないよ⋯⋯」
ジルケアが仮面の目元を手のひらで覆う。
え? なに? 俺、マジで何かやっちゃった?
知らない間に、あのサソリ娘ちゃんの地雷を踏んで、この世から抹消されようとしてる?
⋯⋯ええー。どうしよう、オタクくん。
代わりに謝っといてくんない? 気晴らしのデートくらいなら俺も許しちゃうからさ。なんか上手いこと、ご機嫌とってよ。
無理? 逃げるな、お前がやれ?
アハハ、そうだね。それは正論。やらかしたのが俺なんだったら、責任とって対応するのは、俺になるのが当然だよね。
でも、俺は逃げまーす! ごめんねぇオタクくん! お前が囮になるんだよ!!
さすがにナンパのひとつも成就させないで、魔界生活がおしまいなんて、俺には堪えられねぇっての!!
⋯⋯え? オタクくんはこの場にいないから囮は無理?
「ジルケア! 助けろ! お前が俺のオタクくんになれ!!」
「きゃっ、止めて! 私には可愛い後輩が⋯⋯!」
「笑いながら演技してんじゃねぇ、このド薄情インキュバス!!」
さては、もう何も打つ手が無いから開き直ってふざけ始めたなっ!?
俺はジルケアの顔面を思い切り殴り飛ばしてやった。
くっ、今はこんなことしてる時間は無いのに!
サソリ娘のルゥケットがカウンターに足を乗り上げて越えてくる。
俺は急いで食堂を飛び出し、冥堂の廊下を走り始めた。
──次回、愚か者の末路・リターンズ。
もういっそ、あのノンデリなアレックスでもいいから助けて欲しいぜ!




