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悪霊教団の案内人


 エディスの魔法で飛ばされた先は、病室だった。真っ白で清潔な白い部屋。

 空中に投げ出された俺の体が、ベッドの上へと落下する。


「うぎょぇえッ!!」


 心の底から痛そうな女性の悲鳴が部屋に響いた。俺の体に潰されたものが、ぐちゃり、と毛布の中で広がる。

 ああ、この感触は人外だ。柔らかくって、まるでケーキを潰したような、フルーツとチョコレートの香りが甘く漂っている。

 俺が急いで体を起こすと、ベッドに寝転んでいた相手が涙の滲んだ声で叫んだ。


「こんの、ヘンタイ腐れ魔力ヤロー!! オレの体をケーキに変えてダイブしてくるとか、予想もしてなかったわボケナス!!」


 エディス様からの神託が無かったら、魅了魔法で動けなくしてテメェの魔力を吸い尽くしてるところだそ、この馬鹿ヤロー!

 と、俺の目の前の悪魔が罵ってくる。


 彼女の麗しい外見に、俺の瞳は釘付けになった。

 アメ細工の髪を搔きむしる腕は、右手がビターチョコで艶やかにコーティングされているガトーショコラ。

 左手が、赤く美しいフランボワーズのジュレに三種類のベリーとクリームで飾りつけたルージュケーキ。

 顔や肩口に見えている肌は綺麗にならした真っ白なホイップクリームだ。口紅のように塗られた赤いベリーソースが可愛らしい。

 前髪は長く、両目を完全に覆っている。微かに空いた髪の隙間から、ホワイトチョコレートのプレートが仮面となっているのが見えた。

 獣の骨を思わせる仮面。瞳の部分には紫色の宝石のような飴玉が埋め込まれている。


「──お嬢さん、お名前は!?」


 俺は嬉々としてナンパに走った。

 ああ、凄い。どこもかしこも綺麗で、美味そうで、触ればグチャグチャに壊れてしまいそうなほどに繊細な芸術品の如き体。

 ケーキの体を持つ人外。

 しかも、その造形のベースは、ガキでも野郎でも無いと来た。

 こんなの、俺のハーレムに来てくれないと損だろう。絶対に、なんとしてでも、彼女をスカウトしてみせる!

 俺はキラキラと目を輝かせながら迫ったが、相手は俺の顔を見て、何故だか突然、笑い始めた。


「あれ、お前。もしかして、あの時の⋯⋯?

 あっはははは! なんだよ、それ! サイッコーだね! まさか、奪うまでもなく神様が連れてきてくれるなんて! エディス様は本当に最高の女神様だよ!!」

「え? なに? なんで笑ってんの? ちょっと怖いんだけど、お嬢さん⋯⋯?」

「ふふふ、そりゃあ笑いもするさ。あー、あー、どこから話してやろうかなー!

 そう言えばキミ、オレの名前を聞いたよね?

 オレは悪霊教団の僧兵、ジルケア。魔王軍にも協力してるインキュバスのジルケア君だよ♡」


 ケーキ魔人の唇が楽しそうに吊り上げる。

 ジルケア。魔王軍のインキュバス。

 ⋯⋯レイチェルさんの一件で、俺と戦ってた悪魔。


「うげぇっ! お前、マジであの時のインキュバス!?」

「そうだよ。ひさしぶり、ぬいぐるみ君。エディス様からのご命令だ、たっぷりと歓迎してやるよ♡」


 ジルケアがガトーショコラの指先で俺の唇をなぞる。

 目元が見えないのに何故か、妙に妖艶さを感じる微笑み。

 俺は慌てて、ジルケアのベッドから飛び降りた。


「いらん! 余計なことすんな! 俺は女に化けてるだけの男にはまるで興味無い!!」

「あー、ハイハイ。そういう感じね。文系でおしとやかな委員長タイプはスポーツ不得意じゃないとダメ~とか言い出すみたいな。

 そういう、注文の多いクソカスタマーレベルのこだわりがあるんだ」

「誰がクソカスタマーだ! 普通だろ、このくらいの線引きは!」


 唐揚げにレモンはかけないで、って言ったらブーイングされたかのような心境だ。

 ジルケアは、自分のほうが上の立場だとわからせるような言葉選びをしてくるな~とは思っていたが、ここまでストレートに貶されるとは思ってなかった。


「てか、お前があの神様の言ってた世話役なのか? どう見ても満身創痍なんだけど」

「この程度の素体破損なら、オレでも簡単に治せるよ。化け直せば良いだけだから」


 ジルケアがひょいと体を起こす。

 俺に潰されていた腹部は一瞬で元の形に修復されて、クリームの乱れも無くなった。


「それにしても、前回は人魚で、今回はケーキゴーレムとはね。キミの欲望は節操無しで、まるで美しくないな」

「⋯⋯そう言うお前は、泥水の魔法で食品衛生を穢されたいとかいう破滅願望でもあったりするのか? 濁流に食われたくなかったら、少しは口を慎めよ」

「そういう発想が出てくる時点で、キミはかなりの危険人物だったんだね。自白してくれてありがとう。

 勝手な無駄口を叩いて、俺がエディス様から賜った仕事の邪魔をしないでおくれ」


 呆れた様子でジルケアが言う。

 コイツ、マジで嫌味なヤツだな⋯⋯。


「あの女神様、お前みたいな悪魔に何を頼んだって言うんだよ?」

「ここの案内と、遊び相手。後者は不要みたいだから、存分にサボらせてもらうけどね」

「⋯⋯ここ、どう見ても病室なんだが。案内人とかしてていいのか?」

「どうせ明日には退院だ。それに、他の信者には、人間とマトモに話せるような種族はまるで居なくてね」


 冬の神エディスが与える加護は、アンデッド族への能力強化と、ネクロマンシーの効率化。

 彼女に仕えたがる神官は、道徳的な感性で喋る人間を嫌悪し、生者をとても軽んじやすい傾向にある。

 基本的に人間が大好きなインキュバス族の特性で相殺されていなければ、世話役なんて任せても事件が起きるだけなのだろう。


「とりあえず、夕飯でも食べに行くかい?」


 ジルケアはベッドから降りて、壁に立て掛けてあった杖を手に取った。

 ケーキゴーレムの姿に合わせてか、木製の長棒が銀色のフォークへと変わる。


「他ならぬエディス様からの神命だ。魔界にいる間は、オレが案内を務めてやるよ、ぬいぐるみ君」



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