葬送塔の主
「ちょっと待ってくれ」と、俺はデュラハンたちに言った。
海で溺れて、目が覚めた時には、身柄を確保されていた。
乗せられていた荷馬車はボロいが、縄で縛られたりだとか、強制服従の呪いを掛けられたりはしていない。
目の前に佇むデュラハンと生首少女の様子を見るに、敵対的では無い筈だ。
「マスターが俺に興味を持ってるって言ったけど、それって具体的には何だ? マスターの正体は何者で、なんで俺に会いたがってる?」
俺の質問に、生首少女は不思議そうな顔をした。
「ここがどこだか、わかってないの?」
「うん。わからん」
「⋯⋯そっかぁ。それじゃあ、教えてあげるね。
ここは、冬の神エディス様の管理する葬送塔。冥府の入口にして、転生の始点。
リズとダディは、人々の魂を冥府まで運ぶ神使なの」
エディス様。
俺の頭の中にあるエルシーの知識が反応する。
それは、魔界へ追放されているという邪神の名前だ。
魂の廻りを管理する、この異世界での冥府の主だった神様。
未練を残した幽霊たちを転生させずに見逃して、アンデッドとして滞留することを許したために、悪しき神として天から追われた。
「⋯⋯そのエディス様が、俺に何の用?」
「さあ? リズたちは『連れてこい』としか言われてないから、知らないわ。ねえ、ダディ?」
「⋯⋯⋯⋯」
デュラハンの首の断面から漂う煙が、頷くように微かに揺れる。
会えばわかる、ということか。
「わかった。俺をそのエディス様のところまで連れていって──、いや。その前に服を着替えたいから少しだけ待ってくれ」
俺は魔法で黒い霧を出し、水着からエルシーの普段着へと着替える。
泳ぎもしないのに水着でそこらを歩き回るのは、さすがに恥ずかしいからな。
着替えを終えてから馬車を降りる。
「よし、いいぞ。案内してくれ」
「はーい。それじゃ、ダディについてきてね」
「⋯⋯⋯⋯」
デュラハンのダディが歩き出す。
塔の内部では、アンデッド系の魔族たちが忙しなく走り回っている。
冥府へ辿り着く直前で脱走してしまった人魂を泣きながら追いかけているようだ。
「逃げないでー、今月のノルマが足りないのー!」と叫ぶ声が遠ざかっていく。
こういった事件はよくあることのようで、リズとダディは特に気にせずに、エレベーターの魔法陣を起動した。
転送先は、邪神の祭壇。御簾に覆われた壇上から、冷えきった冬神の声がする。
「──ようこそ、人生の終着地点へ。
特別な歓待はいたしません。望むとも、望まざるとも、あなたに雪は降るものですから」
おお。なんか、よくわかんないけど格好良いセリフ~!
御簾越しになんとなく見えるシルエットは、氷の椅子に座った女性だ。
骨格は人間とほとんど同じで、ツノや羽は生えていない。
魔力の密度は人外なのに、見た目がコレなのは少しガッカリだ。手のひら返しで悪いが、トータルではマイナスだろう。
「⋯⋯話があるから呼んだのに、歓迎はしてくれないんですね」
俺の返答にもトゲが混じる。
エディスは冷徹な声で粛々と答えた。
「必要であれば、後で冬神の信徒に命じて宴を開かせましょう。ですが今は、神託が先です」
「⋯⋯神託の内容は?」
「あなたの魂についてです。あなたは、浄化の神エスニクリンによって、その魂を呪われています」
エディスが説明を始める。
長かったので適当に端折るが、だいたいの内容はこうだ。
浄化の女神エスニクリンは、他の神様たちよりも多くの信仰を集めて威張りたがっている。
そのために、自分への信仰心が薄い魔術師たちを淘汰してやろうと考えた。
⋯⋯なんとも物騒な神様だ。浄化だなんてキラキラしてる名前から、迫害の神とかに改名したほうが良いと思う。
俺はこの異世界へ来るときに会った女神の顔を思い出して、溜め息を吐いた。
しかし、浄化の神が何の罪も無い魔術師たちに神罰を下せば、神への不信感が強まって、逆に信仰を失ってしまう。
そこで彼女は、民衆が自然と魔術師たちを攻撃したくなるように誘導することを思いついた。
魔術師の権威を象徴しているマッドリバー家。その一人娘であるエルシーに、俺の魂を混ぜ込んで、人間たちを裏切らせるのだ。
そうなれば、世論は魔術師が「悪」であるという主張に傾く。
民衆が魔術師たちへの神罰を望むようになれば、大手を振って異端者たちを葬れる。
願いを叶えてくれた神様に、民衆たちも喜んで、信仰心を深めるだろう──。
「冬神は、この計画には異を唱えます。
人の魂を混ぜ合わせるのは、紛うこと無くネクロマンシー。それは彼女の権能ではなく、模倣は即ち冬神の領分を侵すに等しい」
御簾の向こうから、エディスの苛立ちが伝わってくる。
要するに、転生を管理している自分に内緒で、俺を異世界転生させてた女に滅茶苦茶ムカついていらっしゃるのだ。
「エディス様は、あの女神様をボコボコにしたい、ってことですか?」
「端的に申し上げますと、そうです。冬神は魔界に隔離されている身ですので、あなたの存在に気づくのが遅れてしまいましたけど⋯⋯。
これからはとことん、彼女の邪魔をしてやろうかと思っています」
「⋯⋯具体的には?」
「あなたをこの塔に幽閉し、あちらの計画を挫きます。
それと同時に、『魔術師は悪魔に襲われやすい可哀想な弱者である』との方向へ世論を誘導。
魔術師を保護できぬ浄化の神には価値が無いとのプロパガンダを、冬神の配下である幽霊たちに夢枕にて囁かせます」
エディスは、底冷えしそうなほどに低い声で言い切った。
彼女は魔界に追放されている立場上、浄化の神のところに直接カチコんで殴り飛ばすのは無理らしい。
⋯⋯うーん。なんだか、またしても受け身な展開だ。
そもそも俺は神様たちの思惑なんてどうでもいいし。
こんなアンデッド族しかいなさそうな塔に閉じ込められるのも嫌だ。
骨とか幽霊とかはぶっちゃけ、俺のハーレムに欲しいランキングでは下位のほうだし。
「人間の国での世論を動かしたいだけだったら、俺は魔界のどこにいたって同じじゃないか? 幽閉なんてナンセンスだろ」
「ネクロマンサーでありながら、冬神の加護厚きこの塔の中では不満だと?」
「当たり前だろ。こちとら『お年頃』ってやつなんだぜ。都会でパーッと遊び回るのが普通ってモンよ」
俺は、いかにも遊び好きの軟派な男っぽい雰囲気を出しながら、大げさに肩を竦めてやった。
エディスは少し考えるような間を空けてから、答える。
「では、この塔だけでなく、魔界の各地にある他の悪霊教団の拠点への滞在も許しましょう。冬神の慈悲に鑽仰なさい」
「俺の自由を勝手に奪って、緩和したから褒めろって⋯⋯。神様ってのは凄いなー⋯⋯」
人間が同じこと言ってたら、なんだコイツってなるぞ。
百円の物を売る時に、本当は一万円なんだけど特別に千円で良いよ~って言ってる詐欺師と同じだもん。
とはいえ、穏便に交渉が進むのは良いことだ。
エディスは、俺をここまで連れてきたデュラハンと生首少女に目を向ける。
「カーター、リズ。貴方がたは通常の業務に戻りなさい。後のことは、手の空いている兵に世話を引き継がせます」
「かしこまりました、エディス様」
「放浪者のあなた。あなたはこれから、冬神を信仰している教団の元へと飛ばします。いいですね? ──では、行きなさい」
エディス様が、ぱん、と手を打った。
その瞬間、吹雪が俺たちの体を包んで、別の階層へと飛ばす。
⋯⋯なんやかんやで、どうやらここからは魔界生活が始まるらしい。
うん、なんか、楽しくなりそうな気がしてきた!
頑張ってハーレム作るから、オタクくんも俺のこと、もうちょっとだけ見ててくれよな!
未来は薔薇色! 夢は明るい!
俺ってばラッキーボーイなんだから、きっと新しい世話役だってサイコーに可愛い人外娘に違いない!!
それじゃあ、行ってくるよ、オタクくん!
朗報を楽しみに待っててくれよな!!




