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何も得ず、何も持たず


 暗闇の中で、いつかの記憶が蘇る。


「異世界転生っていうのはさ、何かをゲットする話なんだよ」


 あれは、オタクくんの──友野くんの声だ。

 異世界転生は、前世で手に入らなかったものを手に入れるという、夢とロマンに溢れた物語群。

 オタクくんは、そう考えていた。

 当時の俺が、楽しそうに議論を広げる声が響く。


「でもさ。昔の神話では、前世のほうが偉いじゃん? 王様は神様の息子だから偉いんだぞ~、みたいな感じで、主人公の箔付けに凄い前世を設定するのが普通でさ」

「それは多分、科学の発展で神様よりも人のほうが偉くなってきたからだよ」


 オタクくんは自分なりの意見をひとつ挟んでから、生真面目に話を戻してくる。


「⋯⋯いや、今はそういう話がしたいんじゃなくてね。異世界転生というものに、人はロマンを求めてるよねって話」

「まあ、友野くんのノートを見てると、『退屈な日常から抜け出して楽しく幸せに暮らしました』ってあらすじは多いよね」

「そうそう。このマンガもさ、冴えないサラリーマンが前世じゃ買えなかったような食材をバンバン買って、幸せをゲットしてるじゃん?

 こっちのは、無敵のパワーを神様に貰ってゲットして⋯⋯。これは、生まれついての貴族っていう肩書きを転生することでゲットしてる」


 だから、異世界転生は何かをゲットする話なんだよ。

 友野くんが自分なりの結論を言う。

 主人公の前世はどれも大したモンじゃなかったから、それと引き替えになっているとしてもプラスだ。

 前世で磨いた技術や成熟した精神なんかは、失われずに引き継がれている。

「もっかい転生したら、神様よりも凄くなっちゃうんじゃないの?」ってくらいには、スキルも肩書きも過積載。

 当時のオタクくんは、とても楽しそうに笑いながら、俺の顔を見た。


「もしも色川くんが転生したら、異世界で何を手に入れるのかな?」


 何気無い言葉が、現在の俺の状況に突き刺さる。


 ──俺は、この異世界に転生してから、何を得た?


 ぱっと思いつくものは、エルシーの肉体と記憶と能力。

 だけど、俺はそれを使って、何かを成せたという実感は無い。


 種族リロードでインキュバスになるという計画は既に二回も潰されている。


 カワイコちゃんへの魅了も全く進んでいない。

 メグエラは俺に惚れてるっぽいが、「プラス」に数えられるかは微妙だ。


 貴族令嬢、神に選ばれし勇者、救世主様を助ける聖女。そんな肩書きも誇らしくは無い。

 肩書きに由来するアレコレも、面倒事が多くてダルいし。


 ふかふかのベッドと、量にも味にも満足できる素敵な食事は、プラスだろうか。

 メイドのヘレンがとっつきやすい相手なのも悪くは無かった。


 ⋯⋯だけど、俺はそんな細やかなプラスも捨てて、海の中へと飛び込んでいる。

 異世界に来たことで得たものは捨て、望んでいたものは手に入らず。

 もしも、これが物語だったなら、駄作の汚名を被っても仕方が無いほど、ロマンが無い。

 九割の人間はグッドボタンを押さないだろうし、わざわざレビューを書くなんて手間も掛けない。雑に押せるスタンプがひとつでも押されれば御の字だ。

 俺の異世界での人生に、これと言った価値は、まだ無い。


 ⋯⋯けど。それでも。諦めないでガムシャラに、頑張ってれば、芽くらい出ないか?


 俺はエルシーの知識を手繰って、魔法を編んだ。

 息はもう続きそうにない。が、俺の足を掴んでるタコを、一発ぶん殴るくらいはできる。

 俺の魔力に呼応して、海底の砂が盛り上がる。針のように鋭く尖った砂の槍が出来ていく。

 頑張れ、エルシーの肉体! 泳ぎは下手でも、お前は最高の魔術師なんだ!!

 俺は意地を振り絞って、大ダコの眉間に砂の槍をぶっ飛ばした。

 ドンッ! と、銃弾の如き衝撃が敵を貫く。

 やった? やったよな? やってなかったら、もう詰みだ。やられててくれ、頼むから。

 止めていた呼吸に限界が来て、塩味が俺の喉を通る。

 後はただ、海流で良い感じに流されることを祈るばかりだ。

 何の光も無い海中で、俺は意識を手放した。



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