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海辺にて


 ⋯⋯オタクくん、まだ起きてくれてる?

 それとも、そっちは昼間なのかな。


 俺は今、王都の西にある港に来てるよ。

 昼間にずっと眠ってたせいか、夜中に目が覚めちゃってさ。

 目眩とかも薬のお陰で無くなってるし、散歩がてら、こっちのほうに来てみたんだ。


 オタクくんは、この世界の海は初めてだよな。

 俺も、エルシーの記憶でなんとなく知ってるな~って程度の感覚しかない。

 テレビのCMで見た映像が三次元になってるみたいな、そんな感じに俺は見えてるよ。


 ここの港は、石を組んで作った波止場が海のほうへと伸びている。

 灯台の明かりは、光の魔法石によるものだ。ここに立ってないオタクくんには、魔法の光と言われても違いがわからないだろうけど⋯⋯。

 魔法の光に悪魔が触ると、魔力の属性反発で魂の基盤に傷が付くんだぜ。

 悪魔の体には、人間と違って豊富な魔力が蓄えられていることが多いから、魔法での攻撃がよく通るんだ。


「⋯⋯なんて。そんなこと、オタクくんにはどうでもいいかな。そっちの世界の悪魔とは、同じロジックじゃなさそうだし」


 俺は一人で肩をすくめて、波止場の先端まで歩く。ここには船は停まっていない。

 風も無く、波も無い。静かな夜だ。


「ここまで人気(ひとけ)が無いのなら、人魚のゴーレムでも持ってきて、少し泳げば良かったな」


 俺が海にいる間、エルシーの体はどうするんだ、となってしまうが⋯⋯。

 そこはメイドのヘレンに頼んで、協力してもらえば良い。


「⋯⋯て言うかさ。この体のまま、海で泳いでも良いワケじゃん。

 王都には魔除けの結界があるから、二十メートルくらいなら魔獣に襲われることも無いし」


 どうして、そんな簡単なことを俺は閃かなかったのだろう。

 その気になれば、今の体のままでもちょっとした散歩くらいなら行けるのだ。


「明日の異端審問も、追放されるのなんて待たないで、こっちから家出してやれば良いじゃん」


 夜の静けさで思考までクリアになったのか、妙案が頭に浮かんでくる。

 そうだ、そうだ、忘れていた。

 俺はもともと、令嬢の立場も聖女の役目も投げ出して、この熱情が赴くままにカワイコちゃん達の元へ走っていきたかったんだ。


 魔王軍のスパイになったのは、悪魔のカワイコちゃん達に友好的になって欲しかったから。

 ──でも、インキュバスの魅了魔法って、そういうの無視していきなり好感度MAXになるチート魔法なんだから、ご機嫌取りなんて要らないじゃん。


 スパイ活動を効率化するため、表向きには聖女のままで居続けなくちゃ、なんて思ってしまうのは、カーラ様による魅了の影響。

 ──でもそれは、カーラがアレックスから直接、情報を聞き出せるようになれば良いことだ。俺は別にいなくてもいい。


 エルシーがここで失踪したとして、何か問題はあるか?

 ──何も無いだろ。一番最初に考えていた計画通りだ。


 俺は黒い海を見つめて、ひとつ頷いた。


「人魚ちゃんでも、探しに行こう!」


 この近辺の波打ち際では、ときどき人魚の鱗が拾える。

 魔力が強めのピンクの鱗だ。人魚そのものに会えた話は聞かないが、潜れば意外と会えるかもしれない。


「なんたって、俺はラッキーボーイだし! 幻の人外が相手でも、きっとすぐに会えるって!」


 俺は気楽にそう考えて、ミストドレスの魔法で即席の水着を作り上げた。ワンピース型のシンプルな水着だ。

 もともと着ていた服は⋯⋯、泳ぐ邪魔になりそうだし、ここに置いていこうかな?

 ああ、でも、エルシーの服を町中に脱ぎ捨てていくのは流石に嫌かなー。

 ミストドレスの応用でナップサックを作ってそこに入れちゃおう。


「よーし! これで準備オッケー!」


 俺はぐるぐると腕を回して、軽くストレッチをこなしてから、夜の海へと飛び込んだ。

 いま行くぞー! 人魚のカワイコちゃーん!!


 え? なに、オタクくん?

 夜の海は岩とか見えなくて危ないし、もし溺れても誰にも気づいてもらえないから泳ぐのは止めろ?

 サメとかヤベーのも夜は出やすい?

 うんうん、俺も止めといたほうがいいと思うよ! お揃いだねぇ! アッハッハ!


 ⋯⋯よく考えたら、エルシーって泳ぐのめっちゃ下手だから、海に入るべきじゃなかったわ。

 泳ぐにしても、せめてメイドのヘレンに海に行くことを伝えてからくるべきだったわ。


 助けて、オタクくん。

 ここ、足つかない。波止場に戻りたいのに、なんか流されてる。

 暗すぎて陸地の形もよくわかんねえ!

 さすがにこれは、ガチで命が危ないかもしれん!


「おおお、落ち着けぇ! こういう時はシャツに空気を溜めて浮き袋に!

 いや、俺いま水着! えっと、そうだ、魔法で浮き輪を作って──」


 ──ぬるり。

 俺の足に、明らかに水ではない何かが絡みつく。

 えっと⋯⋯、ここ、もう王都の魔除けの範囲外ですか?

 細長い触手のようなものが、ぐい、と俺の足を引っ張った。

 引き込まれる。水中に顔が沈んでいく。

 ヤバい。溺れる。どうしよう。

 水中で呼吸する魔法なんて、エルシーの知識の中には無い。


 暗い水中で目を見開くと、不気味に光る黄色い瞳が俺をじっと見つめていた。

 ああ、あれはタコの目だ。横長に伸びた瞳孔が不気味に水平になっている。

 大きさは、人間と変わらない。巨大なモンスターのタコ。


 ⋯⋯どうせ捕まるのならば、可愛い人外娘が良かった。



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