ZziLlChea
突如、割り込んできた男が、室内を見回す。
頭に被っている骨で顔の上半分がほとんど見えていないが、その口元は不敵な笑みを浮かべている。
明らかに、常人の振る舞いではない。不気味さを通り越した気配は、知覚するだけでもなんだか苦痛だ。
本能的な気持ちの悪さと、恐ろしさがある。
その一方で、どこか神秘的なような、近づいて手を握りたくなるかのような、魅力を何故だか感じてしまう。
これは、アレだ。
明らかにヤバいものなのに、危険性がわかるからこそ、触れて「何も無かった」と安心したくなるのに似ている。
「愛しのフローラ。キミのお友達をこのジルケアに、紹介してはくれないだろうか?」
怪しい男、ジルケアがフローラの顔を見つめる。
頭に被った骨の眼孔は、紫色の魔水晶で埋められて、彼の瞳に浮かんだ感情は読み取れない。
フローラはにっこりと笑い、自分の友人を指差した。
「この子は、幼馴染みで親友のメグエラ。エクソシストをしているの」
「そうなのか。初めまして、メグエラ。でも、今日はもう遅い。キミは帰ったほうがいいよ」
「え⋯⋯? あの、でも、アタシ⋯⋯」
「帰らないの? だったら、オレと、楽しい夜道のデートにでも行く? 宿まで送るよ」
「う、⋯⋯いや、その⋯⋯?」
メグエラは視線を左右に動かして、戸惑っている顔になる。
急にデートとか言い出したから、返事に困っているのだろうか?
ジルケアの唇がくすりと笑った。
「おや、その反応。もしかして、恋人がいるのかな? だったら、尚更。オレの側にはいないほうが良い」
黒いマントの下から、ジルケアがするりと手を伸ばす。
流麗としか言いようがない無駄の無い動きで、彼はメグエラの唇に人差し指を当てた。
ふわり、とジルケアの魔力が香水のように辺りを舞う。
──インキュバスの魔力属性。
人間の思考を鈍らせて、甘く優しく包み込んでいく毒の霧。
コイツは、本当に、悪魔族だ。
魔力の香りに当てられて、俺の思考までぐらついてくる。俺はぶんぶんと頭を振って、正気を保った。
魅了魔法を振り撒きながら、ジルケアは言った。
「メグエラ。キミは、宿に帰るんだ」
「⋯⋯っ、や、やめて⋯⋯! あなた、悪魔ね⋯⋯! エクソシストとして、退治⋯⋯、して、あげるんだから⋯⋯!」
「ふふ、どうぞ。オレはその自由も侵害しない。けど、それはきっと、キミの心からの願いじゃない。
心からオレを倒したいなら、とっくにそのハンマーは振り上げられている」
ジルケアは両腕を大きく広げて、余裕そうな声で言った。
抵抗はしているが、メグエラはヤツの魅了を完全には振り払えずにいる。
フローラは既にメロメロで、レイチェルさんも顔を赤くしてボーッとしている。
自由に動けるのは俺だけだ。
俺はジルケアを睨み付け、大声で威圧的に叫んでやった。
「おい、お前! 横から割り込みとは、良い度胸してるな!」
「割り込みだって? この家はオレが先に目を付けてたんだ。割り込んでるのは、キミのほうだよ」
⋯⋯うん。まあ、そうだよな。
少なくともフローラさんは、俺と会うより先にジルケアに出会ってるよな。確かに俺のがポッと出だ。
だが、ここで弱気になってしまってはダメだ。
俺はいずれ、インキュバスになる男。
他の悪魔の毒牙から、カワイコちゃん達を守れきゃ、ハーレムなんて砂上の楼閣!
「悪魔が道理を語るんじゃねぇよ。俺が割り込みだと思ったら、それは立派な割り込みだ」
「キミは自分が暴君的な暴論を振りかざしている自覚はあるかい?
割り込みの定義を決めるのは、即ち魔界の法を決めるのは、我等が魔王様の役目だ。どこの誰かは知らないが、不敬罪で処刑してやるよ」
「法を定めて良いのが魔王様だけだってことは、この世の善悪の判定は魔王様しかしちゃいけないってことになるぜ。
お前が俺を処刑すべき悪人だって考えるのは、魔王様の判断じゃない。ただの私情で、越権行為だ」
「ふぅん? つまり、オレとキミは等しく罪人だと言うワケか。──面白い。
罪の重さの違いを量れる魔王様がこの場に無いなら、どちらも未知同士、同じ不敬罪の言葉で括れる」
くすくすとジルケアが笑う。
⋯⋯俺から突っかかっておいて何だが、コイツ、もしかしてダルいヤツだな?
煙に巻くような喋り方をしながらも、絶対に俺が「対等かそれ以下」の立場で止まるようにしてやがる。
弱味でも握れていれば良いのだが、生憎と今回は初対面。これ以上の言葉遊びは面倒だ。
かと言って、魔術戦には魔力が足りない。ぬいぐるみの体では、白兵戦も勝てるか怪しい。
今の俺に出来ることは⋯⋯。
「⋯⋯うん? どうしたんだい? 話があるなら聞いてあげるけど⋯⋯、すっかり静かになっちゃって。
ああ、もしかして、この顔が気に入らないのかな? これはフローラのことを一番に大切にしたいと思ってる顔だからね」
ジルケアがパチン!と指を鳴らした。
黒い霧が彼の体を包み、五秒と経たずに姿が変わる。
霧の中から現れたのは、絶世の美女。
波のようにゆるくウェーブした青色の髪は、美しく爽やかな波打ち際の透明感を感じさせる。
耳の先は三角形に細長く尖り、明らかに人間族では無い。
真珠のように滑らかな肌を下へ下へと追いかけていくと、そこにあるのは魚の鱗だ。
上半身は人、下半身は魚の、麗しい娘。
神話の一説をそのまま立体化したかのような、均整の取れた顔立ちと瑞々しい体。
──マーメイド。
この世界では、人間を海へと引きずり込んで魔力を食い尽くすとされている、恐ろしい悪魔だ。
ジルケアは少し不安そうに自分の髪の先を摘まんで、俺に言った。
「どうですか? 見た目も声も、貴方の好みにキチンと合ってると良いんですけど⋯⋯」
とんでもない演技力だ。
変身の瞬間を見ていなかったら、「人外娘サイコー!」ってはしゃいで飛びついていたかもしれない。
インキュバスの中には、男子禁制の場所に忍び込むために、魔法で女に化けるヤツもいるとは聞くが⋯⋯。
ああ、ダメだ。考え事をしようにも、ピチピチの鱗に目が行ってしまう。透き通っている尾びれも綺麗だ。
前世では、「人魚は卵生か胎生か?」みたいな話でオタクくんと盛り上がったこともあったなぁ~。
オタクくんは、おっぱいあるなら胎生じゃね?って言ってたんだが、俺は卵生のほうが人外ポイント高くて素敵だと思うんだよね。
⋯⋯ああ、いけない。思考が沼にハマってく。
人魚が家の中にいるってシュールだな。
海じゃなければ、全力が出せなさそうな体だし、今の俺でも勝てるんじゃないか?
「あ、あの⋯⋯? 私、可愛くなかったですか⋯⋯?」
「いや。メチャクチャに可愛い。
俺はいま、なんで俺の上司が頑なに、俺を女だと言いたがるのかが理解できたような気がしてる」
「上司⋯⋯? えっと、よくわかんないけど、褒めてもらえて嬉しいです⋯⋯♡ ありがとうごさいます、王子様♡」
人魚の娘が愛らしくはにかむ。
俺の体が猫のぬいぐるみじゃなかったら、デレデレと鼻の下を伸ばしてしまっていただろう。
恐るべし、先天性のインキュバス。
ライバルの男を排除するために、女の色気を武器にするのか。
勉強になるが、俺には出来ない芸当だ。
──だから、俺は俺なりのやり方で。
このインキュバスを排除してみせる。




