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好転


「フローラちゃん⋯⋯」

「お母さん⋯⋯」


 幽霊と人間、異なる種族に変わってしまった親子が見つめ合う。

 互いに言葉に悩んでいるのか、暫くの間、沈黙が続いた。

 やがて、娘のフローラがゆっくりと唇を開く。


「やっぱり、成仏してなかったんだ。お母さん、心配性だから⋯⋯」

「ごめんなさい⋯⋯。違うの⋯⋯。ママね、自分が幽霊になってることに、今までずっと気づいてなくて⋯⋯。

 ごめんなさい、フローラちゃん⋯⋯」

「それ、何に謝ってるの。気にしてないよ。お母さんがマイペースなの、いつものことじゃん」


 フローラが懐かしそうに笑う。

 レイチェルさんの表情は暗いままだ。

 俺とメグエラは一歩下がって、二人の再会を見守っていた。


「⋯⋯あの、ね。ママはまだ、頭の整理が出来てないんだけど⋯⋯。ネクロマンシーでママを蘇らせるって話⋯⋯。本気なの⋯⋯?」

「本気だよ。ママはまだ生きててもいいの。てか、生きてなきゃダメ。私が立派な魔法使いになるまで、長生きしてくれるって約束したじゃん」

「それは⋯⋯。でも、本当に出来るの⋯⋯? 昔からよく言うじゃない。悲しみに漬け込む悪魔の声には気をつけなさい、って⋯⋯」


 心配そうな母の眼差しに、娘は頬を膨らませた。


「ジルは悪魔じゃないっての! いくら心配性でも、そういう言い方は失礼だって! 私、いつも言ってたよね!」

「ご、ごめんなさい、フローラちゃん⋯⋯。でも、ママ、その人とお話ししたこと無いし⋯⋯」

「ママはオバケになってたんだから、話せなくって当然でしょ!」

「でも、変な格好してるじゃない⋯⋯? 本当に大丈夫なの⋯⋯?」

「もう、しつこい! そんな風に言われて、ジルが可哀想! てか、私の友達を貶して何なの! 親だからって調子乗んないで!」


 フローラがキツめに言い返す。

 俺は何故だか心臓が痛くなってきてしまった。良くない記憶がフラッシュバックしかけてるような、妙なハラハラ感が湧く。


「⋯⋯なあ、フローラ。その友達って、お前に蘇生術のやり方を教えたネクロマンサーのことだよな?」


 俺は思わず会話に割り込んでしまった。


「そうだよ。ジルはネクロマンサーなの。ママは詐欺師だと思ってるみたいだけど」

「ご、ごめんなさい⋯⋯。でも、やっぱり⋯⋯」

「もう。なんで納得しないかなー」

「それは⋯⋯。上手く言えないんだけど⋯⋯」


 俺の直感でも、そのジルってヤツは詐欺師なのだが、「なんとなくそう思った」だけではフローラは引き下がらないだろう。

 随分とジルを信頼しているようだ。

 俺はフローラに問いかけてみた。


「本物のネクロマンサーなら、ある程度は霊感があるはずだ。そいつ、レイチェルさんがここに来てることに、ちゃんと気づいていたか?」

「⋯⋯そんなこと、私にはわかんないよ。オバケになってもママが遊びに来てる、なんてことは言われなかったけど⋯⋯」

「そうね⋯⋯。私のことは完全に見えてないみたいだったわ⋯⋯」


 よし。疑念のとっかかりが出来た。

 二人の証言をベースに、俺は説得を組み立て始める。


「だったら、そいつは詐欺師の可能性が高い」

「えっ、そうなんですか、天使様!? でも、この灰とか鳥籠とか、どれも本物っぽいですよ!」

「そうだな。だけど、その詐欺師が唆してこなければ、フローラはどれも買ってないだろ?」


 俺の言葉に、フローラは俯く。


「⋯⋯どうかな。それは、わかんないよ。結局はお母さんを蘇らせようとして、ネクロマンサーの師匠を探しに行っていたかも」

「その場合、向かうのはどこだ?」

「それは⋯⋯勿論、テイマー系の加護が貰える神様の教会。そこの神官なら、アンデッド族を使役するネクロマンシーにも詳しいはずだから」

「メグエラ。教会の神官は、新人に自腹で道具を買わせるか?」

「いいえ、天使様。そんなことは絶対にしません。天界に御座すどの神を戴く教会であっても、道具は全て共用品です。⋯⋯壊して弁償になったならともかく」  


 メグエラがちょっと苦い顔になる。

 こいつ、修行中に備品壊したな。それも一個や二個じゃないとみた。

 ⋯⋯いや、今はそんなことどうでもいい。


「そこにある魂の檻みたいなのも、備品にあれば貸し出して貰えるよな?」

「はい、勿論。そっちの灰は、消耗品っぽいから自腹になるかもしれませんけど⋯⋯」

「⋯⋯でも、ジルは教会から独立してるネクロマンサーだし。こだわりがあって、自分の道具を貸すとかしたくなかったのかも」


 フローラは、まだその男を庇いたいのか、渋い表情になりながらも食い下がる。

 俺は静かに首を横に振った。


「残念だが、教会から真っ当な方法で独立してるネクロマンサーは、そもそも素人にネクロマンシーなんてやらせない。

 アンデッドってのは、悪魔の次に危険な種族だ。ネクロマンシーより先に、攻撃魔法と魔術戦の訓練をさせる。

 このまま、そのジルってヤツに従ってたら、お前は大怪我をするかもしれない」


 もしかしたら、たまたま独学で才能が開いてしまった野良魔術師なのかもしれないが⋯⋯。

 霊感がほとんど無いフローラが、そんな天才肌から学べることなんて、ほとんど無い。

 師匠を真似ても、火傷するだけだ。それならいっそ、口先だけで魔法も使えない詐欺師であったほうが良い。

 母親のことを諦めろとまでは言わないが、せめて、焦るのは止めて欲しい。

 俺の目的地はそこだ。今すぐに喪失感を埋めようとして、自棄を起こしたら、連鎖的に悲劇が起きる。


「⋯⋯あのね、フローラちゃん。ママは、フローラちゃんまで幽霊になってしまうのは嫌よ」


 俺たちの会話を聞いていたレイチェルさんが口を開く。


「それに、ママが見たいのは、たくさんの人たちのために頑張る魔法使いのフローラちゃんなの。

 ママのことばっかり考えて、薬草畑を雑草だらけにしちゃうの、ママは困っちゃうな」

「⋯⋯なによ、それ。なによ⋯⋯、なによ⋯⋯。

 私の中にずっとある、ママに生き返って欲しいって気持ちは、どうでもいいとでも言いたいの⋯⋯?」


 フローラが拳を握り締める。

 彼女のまぶたが閉じられて、噛み締められた奥歯の横を、涙が滑り落ちていった。


「私は! ママがいなくなっちゃって、悲しかったの! つらかったの!

 それを、ジルはわかってくれたの! ネクロマンシーの儀式をすれば、もうこれ以上、悲しまなくても良くなるんだって教えてくれた!

 なのに、どうしてママはそれを嫌がるの!? 私は不幸であるべきだって、そう言いたいの!?

 私は! 私は、お母さんに幸せになって欲しいとも思われないほどに、どうでもいい存在なの!?」


 すれ違ったままの想いが爆発する。

 泣きながら訴える彼女の顔は、どこか昔の俺に似ていた。

 世界のどこにも、自分の味方はいないかのような孤立感。寂しくて、怖くて、ちっぽな自分が嫌になる感覚。

 あの苦しさを、彼女も感じているのだろうか。

 フローラは苦しげに俯いたまま、「私の気持ちなんて、どうでもいいの?」と涙混じりに問いかけた。


「──どうでもいいなんてこと、無いさ」


 心からの声が、静かな部屋に響き渡る。

 知らない男の声だった。それは、俺の言葉じゃなかった。


「愛しのフローラ。キミは、キミの思うままに生きれば良い。息苦しいこの現実を、理想のままに塗り替えて。

 キミにはその権利がある。自由だってある。好きなだけ、思ったことを大事にして良い」


 それはまるで、悪魔の甘言。

 ギイ、と玄関の扉が開いて、魔獣の頭蓋骨を被った男が姿を見せた。


「こんばんは、フローラのお客さんがた。

 キミたちも、自由の味に溺れると良い」



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