サヨナラホームラン
「ワー! 『王子様』だってー! コイツ、本当は男なのに惚れちまいそうだナー!」
俺はわざとらしい大声で、人魚姿のジルケアを褒めた。
「コイツがずっと目の前にいたら、ただの人間の女の子なんて、目に入らなくなっちゃうナー!!」
「えぇ⋯⋯? 何ですか、その棒読みの褒め言葉⋯⋯?」
ジルケアが怪訝そうに眉を寄せる。
一方で、レイチェルさんとフローラは、ジルケアの魅了魔法の影響で未だにぼんやりと虚空を見つめ続けたままだ。
エクソシストのメグエラは、武器のハンマーを握り締め、ジルケアを忌々しそうに睨み付けている。
「アタシの⋯⋯、アタシの天使様が⋯⋯、こんな生臭い魚オンナに⋯⋯?
魅了魔法で、無理やり? 恋をする呪いを掛けられて?
奪われて、滅茶苦茶にされて、堕天して悪魔になって、この手で魂を刈り入れる悲劇が幕を開ける⋯⋯?」
メグエラがぶつぶつと妄想を呟く。
俺を天使だと盲信しているだけあって、思い込みの加速が激しい。
どうなるかなんてわからない未来のことまで重く悲観して。
ふわふわとした妄想上の、苦しみの重さが正確になんて量れない痛みで、怒りを燃え上がらせる。
⋯⋯ここで他人を巻き込んで、代わりに戦ってもらうなんてスマートじゃないし、ダサ過ぎるけど。
今の俺には、自分で戦える力が無い。
けれど、ジルケアをこのまま放置して逃げれば、そこの親子の人生がここで終わるのは明白だ。
他人を洗脳して自由に操れるインキュバスが、わざわざネクロマンシーをやらせようとするなんて、きっとロクな目的じゃない。
⋯⋯言いたいことはわかるよ、オタクくん。
俺は確かに、魔王軍の一員になって、悪魔の非道に目を瞑ることにした人間だ。
目の前の悪魔をとっちめるのは、立場的におかしいだろう。
だけど、俺が目指してるのは、あくまでもメリーバッドエンドなんだ。
犠牲者となる人間や悪魔がいるのだとしても、俺の心が苦しくなって終わるなら、それはどんな手を使っても避けたい。
だから、ここはメグエラを使う。
彼女の恋心に漬け込んで、ジルケアの計画を潰す。
フローラを破滅させて何を得ようとしてるのかなんて、何も事情はわからないけど。
今この瞬間、なんか目障りだったから、潰す。
俺はジルケアの顔を見つめて、心の中でにっこりと笑った。
「悪魔って良いなぁ、素敵だなぁ! ジルに頼んで、俺も悪魔にしてもらおうかな!」
邪教に陶酔するような俺の言葉に、メグエラが悲鳴を上げる。
「い、いやぁぁぁぁああああ────ッ!!」
メグエラは無我夢中でハンマーを握り、体に絡みつく魅了魔法の枷を振り切って、武器を大きく振りかぶった。
聖雷がバチバチと瞬く。収穫の神の加護を乗せたハンマーが、余計な脇芽を摘み取るために雷鳴を呼ぶ。
「天使様は、アタシの王子様なの~ッ!」
メグエラは振り上げたハンマーを、悪魔に向かって叩きつけた。
ドオン!と落雷に等しい轟音が響く。
衝撃が爆風を巻き起こし、壁に吊るされた薬草が飛んだ。パーティションが倒れて、俺の体もゴロゴロと床の上を転がる。
霊感を高める煙ごと、魔法陣を描いていた灰が風にさらわれていった。
人魚の姿に化けていたジルケアは、当然、攻撃を避けられない。
魚の尾ひれをバタバタとどれだけ急いで動かしたところで、水中でなければすべて無意味だ。
雷を迸らせているハンマーの重たい一撃が、ジルケアを頭から叩き潰した。
「きゃぁぁああ!」
ジュワジュワと魚の焼けていく香ばしい匂いが辺りに漂う。
メグエラが軽やかにハンマーを回して、第二撃の構えに移る。
ジルケアは苦しそうに呻きながら、メグエラを見つめた。
「うう⋯⋯っ! まさか、ぬいぐるみさんの趣味に合わせてたせいで、そっちの拘束が外れちゃうなんて⋯⋯!」
「はァ!? なに言ってるのよ! アンタの顔なんか、天使様が気に入ってくれるワケないじゃない!
魅了魔法を打ち砕いたのは、アタシと天使様の『真実の愛』が理由なんだからっ!」
「くっ⋯⋯! 口惜しいが、ここは撤退だ⋯⋯!
覚えていろよ、エクソシスト! 次はお前から魅了してやるからな⋯⋯!」
ジルケアの体を黒い霧が包み込む。
メグエラは再びハンマーを振り抜き、霧ごと悪魔をぶん殴った。
「二度と来るな、メーワク間男──ッ!」
「ギャァァアア──!!」
雷神に蹴り飛ばされるかのように、ジルケアの体が吹っ飛ばされる。
霧に包まれた黒い塊が、ネクロマンシー道具が並ぶ棚にぶち当たり、そのまま壁に穴を開けて、夜の空へと消えていった。
なんと見事な場外ホームラン。
焚き付けたのは俺だが、まさか、ここまでするとは思ってなかった。
インキュバスになる夢がバレたら、俺も夜空の星になるのか。
⋯⋯絶対にバレないようにしよう。
俺は冷や汗をかくような気持ちになりながら、レイチェルさんたちのほうを見る。
「あ、あれ⋯⋯? ジル⋯⋯?」
「んん⋯⋯。あら⋯⋯、私⋯⋯、何を⋯⋯?」
二人とも、魅了魔法の効果が切れて正気を取り戻したようだ。
キョロキョロと辺りを見回すフローラの肩を、メグエラが掴んで話し掛ける。
「フーちゃん! あんな悪魔に頼るなんて、なに考えてるの!」
「は⋯⋯? 悪魔⋯⋯、ってジルのこと?」
「そう! アイツ、ヤバいヤツだったの! もう関わっちゃダメだからね!」
メグエラは力強く言う。
フローラの瞳が不快そうに細まった。
「メグちゃんも、そっち側なんだ。⋯⋯気持ち悪い。触んないでくれる?」
嫌悪に染まった表情で、フローラはメグエラを突き飛ばす。
⋯⋯そりゃあ、自分の寂しさに寄り添ってくれた恩人を悪く言われりゃ怒るよな。
魅了魔法の後遺症で、ジルに話し掛けられてからの記憶が曖昧になってるっぽいし。
フローラの視点からすると、勝手な推測で頭ごなしに悪魔認定されてるようにしか見えないだろう。
真実を話そうにも、証拠が無い。
愛しのジルはこの場にいないし、本人の口から「オレはお前の人生をメチャクチャにしにきた悪魔なんだぜー!」とネタバラシされることも無い。
俺が今からインキュバスの体を作って、魅了魔法を上書きする⋯⋯なんてのも無理だ。体を作る魔力が足りない。
ジルケアとの戦いで灰がどっかに行っちまったから、俺とレイチェルさんが説得するのも、不可能になった。
「⋯⋯けど、まあ、喋れないからって、放置して帰るのはあんまりだよな」
俺は室内に視線を巡らせる。
メグエラがぶち抜いた壁の近くに、棚の残骸が転がっていた。
割れてしまった瓶のカケラ、床に散らばった薬草の束、中途半端に開いたページが背表紙に押し潰された魔導書。
──おっと? これは、使えそうだな?
俺はぬいぐるみの腕でメグエラの足を叩いて呼び掛けた。
声での会話は出来なくっても、やりようはある。
「な、なに? 天使様? 何か伝えたいことがあるんですか⋯⋯?」
「⋯⋯ふん。どうせ、そんなこと無理だってお説教でしょ? アンタは良いよね、魂だけでも好きに動けて」
腹立たしそうにフローラが俺を睨みつける。
話を聞いてくれそうな気配は、無い。
それでも俺は、彼女に言葉を伝えたかった。
⋯⋯泣きながら寂しさを訴えていた時のフローラは、昔の俺に似ていたから。




