黒猫のエルシー
ぬいぐるみの体に入った俺は、ぴょんっと棚から飛び降りた。
おお、凄い。視点が低くて、まるでテレビのCMで見た映像みたいだ。
あのCMでやってた映画、子供の頃はめちゃくちゃ見てみたかったんだよな。小さな人形の主人公が、夜中に大冒険してるやつ。
それがまさか、実体験として味わえるとは。
ブイアールってので遊んだオタクくんが言ってた感動、こういう感じだったのかなぁ。
⋯⋯おおっと、また思考が逸れてしまった。
今は、レイチェルさんとフローラの問題を解決しないと。
俺はぬいぐるみの足でトテトテ歩いて、二人がいるほうへ戻る。
「わわわっ! クロちゃんが動いてる!」
「は? えっ、マジじゃん。何したのメグちゃん?」
「アタシじゃないよー! たぶんこれ、天使様が動かしてる!」
「⋯⋯なんで?」
「なんでだろ! あっ、もしかして、今ならハグしても許されるとかっ!?」
メグエラがひょいっとぬいぐるみを持ち上げて、抱き締めてくる。
おい、やめろ! 俺の邪魔すんな!
用があるのはお前じゃなくてそっちの親子だ!
俺はバタバタと手足を暴れさせる。
「⋯⋯ちょっと。その子、嫌がってんじゃん。そういうの、許可取ってからにしなよ」
「ええ~! でもハグって教会の教え的にはハッピーなやつだよ?」
「いくらポジティブな行為でもTPOってモンはあるでしょ」
フローラが呆れ顔でぬいぐるみを奪い取る。
「おお、助かった! ありがとう!」
俺は笑顔でそう言うが、もちろんフローラには通じない。
ぬいぐるみの顔には変わらず、つぶらな丸ボタンがあるだけだ。
口が無いから、物理的に喋ることも出来ない。
だが、その問題を乗り越えて、フローラに俺の意思を伝えねばならない。
「さて。何か使える物は⋯⋯、ああ! そう言えばコレがあったな!」
俺は辺りを見回して、棚の灰壺に目を着けた。
肥料用かと思っていたが、コレはネクロマンシーにも使う。
スケルトン系のアンデッド、いわゆる骸骨戦士の骨の補修材だ。
魔獣の遺骨をコレで良い感じに整えて、魂をぶち込んで使い魔にする──というやり方が、中級者向けのネクロマンシー技術にはある。
基礎もわかっていないであろうフローラには、まだまだ難易度が高過ぎるアイテムだ。
「なので、床にぶちまけちゃいまーす! はい、がしゃーん!
いえーい、オタクくん見ってるぅー? 今回はぁー、事前に事件を防いでいきまーす!」
俺はケラケラと笑いながら、魔香木の灰が詰まっていた壺を床に落とした。
床の一部が真っ白に染まる。
「あっ! ちょっと! 何やってんのよ、アンタ!」
「わわわっ! フーちゃん、落ち着いて! 天使様にも何か事情があるんだよー!」
「事情って何よ! 他人の大事な物を粗末にしといて、何が事情よ!」
フローラとメグエラが言い合いを始める。
俺はその隙に、灰に文字を書いていった。
『 し し ゃ に ふ れ る な 』
「⋯⋯あっ! ほら、見て、フーちゃん! 天使様はアタシたちに何か伝えたかっただけみたい!」
「はァ? だから何よ? し⋯⋯、シャニフ? れるな⋯⋯、呪文?」
「死者に、触れるな? どういうことですか、天使様?」
二人は不可解そうな顔をしている。
俺は灰をならして文字を消し、別の言葉を書き込んだ。
『 い き か え ら せ る な 』
「生き返らせるな、って⋯⋯? え? どういうことですか、天使様?」
「⋯⋯わざわざそれを言うために、そこの檻に入ってたの?」
フローラが不快そうな声で問う。
「どこの誰だか知らないけどさ。ひとんちの事情に首つっこまないでくれる?
ネクロマンシーは国の法律でも許可されてるの。合法な手段を使おうとして、何が悪いのよ」
「え? え? フーちゃん、何? 何かを、生き返らせようとしてるの⋯⋯?」
メグエラの言葉に、フローラが答える。
「⋯⋯そうだよ。メグちゃん。私は、お母さんのことを、蘇生しようとしているの」




