知人の娘の友人
窓から差し込む光が、すっかり赤く染まっている。
玄関の扉の向こう側から、ガチャガチャと鍵を開ける音がした。
「ああ。あの子が帰ってきたわ」
レイチェルさんが立ち上がって、出迎えに向かう。
煙状の幽霊の足がゆらゆらと床の上を滑っていった。
扉が開いて、若い娘が家へと入る。
「お帰りなさい、フローラちゃん」
「⋯⋯⋯⋯」
レイチェルさんの言葉に、返答は無い。
薬草農家だという娘は、レイチェルさんをそのまま若くしたような顔立ちだった。
動きやすさを重視したシンプルな服装に、雑に結ばれた長髪。
当然ながら、人間だ。人外娘の類いでは無い。
レイチェルさんの娘、フローラは、出迎えてくれた母親を無視して、家の外に声をかけた。
「ここが私の家よ。好きに入って」
「はい! おじゃまします!」
どこかで聞いたような女の子の声が返事をした。
はて、誰だったっか⋯⋯と俺が首を傾げると同時に、女神官が家に入ってくる。
ピンク色の可愛いロリータワンピースを着た褐色肌のエクソシスト。
右手には巨大なハンマーを軽々と持ち、小枝のように細い足が床を踏む。
彼女はワンルームの室内を見回して、机の上にある鳥籠でその視線を止めた。
「⋯⋯メグちゃん? どうかした?」
ぴたりと動きを止めたメグエラに、フローラが不思議そうに問う。
メグエラはじっと俺が入ってる鳥籠を見つめて、そして、大声で叫んだ。
「──天使様! 天使様ですよね! まさか、こんなにすぐにまたお会いできるだなんて! やっぱり運命っ? それとも、アタシの故郷を見守りに来てたとかなんですか!?」
あー、思い出した。コイツ、俺が半竜人になってた時のエクソシストか⋯⋯。
魅了魔法の効果は既に切れているはずなんだが、それにしては、なんか熱烈な瞳で俺を見てくるな⋯⋯?
もしかして、魅了するまでもなく、普通に一目惚れされてたのか⋯⋯?
困るなー、俺は人間に興味ないんだけど。
やっぱインキュバスの体って、めっちゃ女にモテるんだなー。
⋯⋯この女、ちょっと悪魔に魂を売って、可愛い獣人ギャルとかになってくんねぇかな。
ケモミミと尻尾だけみたいな甘いことは言わずに、なんならマジモンの魔犬とかになってくれても良い。
ガリガリに痩せてるチビでも、人外パーツが多ければハーレム加入は検討するぞ!
⋯⋯どう、オタクくん?
今のセリフ、ありもしない愛情をチラつかせて誘惑してるインキュバスっぽくなかった?
⋯⋯はい。元気が良すぎてセクシーさが無い。なるほど。
ちえー。もっと精進しまーす。
キリの良いところでイマジナリーフレンドとの脳内会話を打ち切って、俺はメグエラに向き直る。
──さて、ここからどうするか。
メグエラは俺を天使だと誤解しているようだ。
神官だから、惚れた相手がインキュバスだなんて思いたくなくて、そういうロマンチックな方向に解釈しちゃったんだろうな。
訂正するのは簡単だが、どこまで情報を渡すべきか⋯⋯。
コイツは何となく、軽率でうっかり口を滑らせそうに見えるから、何でもは話したくないんだよな⋯⋯。
今はまだ、ワケありで何も話せないネクロマンサーみたいな雰囲気にしておくか。
瞳を輝かせながら、メグエラは俺の前に座った。周囲に星のエフェクトを散らしていそうなほどキラキラの目が鳥籠を覗き込んでくる。
レイチェルさんには目もくれない。エクソシストなんだから、幽霊の存在には敏感な筈なんだが⋯⋯。
よっぽど俺に夢中みたいだ。
メグエラは満面の笑みで、俺に言葉を浴びせまくる。
「天使様! アタシ、霊体感知は苦手で、ぼんやりとしか魂が見えないんだけど⋯⋯。
あなたは、アタシの王子様の天使様ですよねっ?」
「いや、魔力波長で見抜いたとかじゃないんかーい!」
なんとなくの感覚で、当てずっぽうに、俺があの半竜人と同一人物って言ってただけなのかよ、コイツ!
直感が鋭いのか? それとも、出会う幽霊全員を王子様だと思い込んでローラー作戦でもしてんのか!?
なんか、こえーよ、コイツ! 関わりたくねー! 初対面のフリしたら逃げられるか!?
「あっ! なんか強めにピカピカしてる! 私も天使様と再会できて、凄く嬉しいです! えへへっ!」
「俺は喜んで無いぞ! てか声も聞こえないタイプかよ! めんどくせぇー!」
「⋯⋯なに、メグちゃん。その檻の中、何かいんの?」
フローラが不審そうな顔をしている。
こっちは幽霊とかまるで感知できないタイプか。
だとすると、レイチェルさんを無視していたのは、わざとじゃなくて「見えてなかった」だけなんだろうな。
メグエラは笑顔で、フローラに説明する。
「この中にはね! アタシの天使様の魂が遊びに来てるの!」
「え⋯⋯。でもそれ、幽霊を捕まえるやつだよね。天使のフリした悪魔の魂とかなんじゃないの?」
「なんてこと言うの、フーちゃん! アタシの運命の王子様が、実は悪魔だなんて、そんな悲恋なワケないよ!!」
メグエラの熱弁に、フローラは苦い顔で押し黙る。
まるで詐欺師に入れ込んでいる友達を見ているかのような顔だ。
その少し後ろで、レイチェルさんが心配そうなに娘を見守っている。
⋯⋯なんか、問題がややこしくなってきた気がするぞ。
三人の様子を見ていると、どうして幽霊を知覚できないフローラが、悪霊捕りの罠を仕掛けたのか──なんて疑問も湧いてくる。
一方で、メグエラの誤解はどうしたものか、とか。
レイチェルさんはそもそも、自分が既にご臨終していることに気づいてないのではないか、とか。
考えなければならない問題が多すぎて、なんか面倒臭くなってきた。
こんな細かい謎解きなんて放り出して、さっさと家に帰って寝たい!
けど、そのためには、この檻の中から出してもらうための方法を考えていく必要がある!
めっちゃダルい、けど、やんなきゃいけない!
ええい、頑張るぞー! ファイオー!!
俺は自分の心に渇を入れ、目の前にいるメグエラを見上げた。
さて。こちらの声を聞き取れやしない彼女に、どうすれば俺の脱出を手伝ってもらえるか⋯⋯。
面倒臭いけど、俺はどうにか頭を働かせて、案を絞り出すことにした。




