ラングドシャ
──負けた。
焼けて硬く固まった泥の底で、トーリヤはきつく奥歯を噛み締める。
フレイム・ハーピィのトーリヤちゃんが、あんなザコい人間なんかに、負けちゃった。
悪魔だから、石の中に埋められようとも窒息してしまうことはない。
炎だって、魔力点火だ。出そうと思えばいくらでも出せる。
⋯⋯だけど、この石の檻を壊すことは、トーリヤに出来ない。
焼き固められた陶器を溶かせるほどの熱量を、トーリヤは生み出せない。
ピンポイントに狭い範囲を炙って、膨張率の違いで自壊させるだなんて、難しい話もわからない。
トーリヤは今まで、直球の暴力でしか問題を解決してこなかった。
悪魔の社会では、それで良かった。力こそが何よりも大事で、勝者こそが正義だった。
「⋯⋯なによ、なによ、なによぉ!!」
トーリヤはデタラメの翼を燃え上がらせた。
目の前の石は、何の反応も返さない。
あの人間の気配も、どこにもない。
負けた。負けてしまったのだ。ザコだと見下していた人間に、トーリヤは負けた。
トーリヤの瞳に涙が滲む。
こんなの、不完全燃焼だ。だって、まだ切り札も切ってない。部下の力も使ってない。
納得できる負け方ではない。
「トーリヤちゃんは強いんだから! ズルして勝っても、凄くないし! トーリヤちゃんのほうが凄いし⋯⋯っ!」
トーリヤは石の中で叫ぶ。
けれど、それが何になるのか。
自力で外に出られないのだから、強がったところで無力さは消えない。
今のトーリヤは、卵の殻も割らずに息絶えてしまう雛鳥と同じくらい、弱かった。
「⋯⋯なによぉ。ばーか⋯⋯! ばーかぁ!!」
ピイピイと泣き言を零すしか、出来ない。
惨めで、憐れで、ひとりで、つらい。
最後の意地で涙だけは堪えているが、トーリヤのプライドは粉々だ。
目を閉じて、敗北感にうちひしがれる。
暗い世界にぬちゃぬちゃと泥を掻き分けるような音が聞こえた。
「トーリヤ様! ご無事ですか、トーリヤ様!」
ニュムが硬い石を溶かしながら吸収している。
どんどんと薄くなっていく石壁に、トーリヤはハッと目を見開いた。
光が透け始めた石を、思い切り蹴飛ばして打ち砕く。
あんなに重くて苦しかった筈の殻は、あっさりと飛び散っていった。
「ああっ! トーリヤ様!」
ニュムがトーリヤに抱きついてくる。
泥が混じって黒っぽくなったニュムの体が、むにゅんと柔らかくトーリヤを包んだ。
「ちょっ、ちょっと! ハグはダメ! ベタベタする!!」
「我慢してください! 羽についてる破片を食べるだけですから!」
「ヤダ! 羽繕いくらい自分でできる~!」
トーリヤはバタバタと翼を動かして、ニュムの抱擁から逃げ出した。
そのまま広間のステージから飛び降りる。
一段下のエリアから状況を静観していたカーラが、トーリヤに話し掛けてきた。
「⋯⋯トーリヤ様。私の部下が見当たらないのですが⋯⋯」
「知らない。勝手に帰ったんじゃない?
てか、カーラ、まだ帰ってなかったんだ。さっさと帰ってよ。ウザイ」
「その様子だと、相討ちではなかったようですね。私に敗北を知られてしまって恥ずかしいなら、『ウザイ』ではなく、そのように仰ったほうが良いですよ」
「はァ!? アンタ、トーリヤちゃんのことバカにしてんの!? バカって言うほうがバカなんだからね、このバーカ!」
「勝手な邪推で人を罵倒するのは、それこそ愚かに見えますよ。──では、私はこれで失礼させていただきます」
カーラは嫌味なほどにニッコリと笑って、颯爽とした足取りでトーリヤの館から出ていった。
自分の部下が一発入れたからって、ムカツク。調子に乗ってんじゃないわよ、バーカ!
トーリヤは心の中で悪態を吐いた。
マジでムカツク。次にあったらコテンパンにしちゃうんだから!
──そう決意するトーリヤだったが。
エルシーよりも遥かにヤバい人類最強クラスの勇者アレックスが、真っ先に彼女を討伐しようと考えているとは、まるで想像もしていなかった。




