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マッドリバー


 燃え盛る炎が、落ちてくる。

 獲物を仕留める鷲のように、フレイム・ハーピィの鋭爪が落ちてくる。

 当たれば即死だ。人間の体では、受け止めきれない。

 俺は魔力を練り上げて、水流魔法の術式を組んだ。


「ショート・リバー!」


 俺の背後から水が吹き出す。

 急流に押し流してもらう形で、俺は前方に大きく跳んだ。

 俺が立っていた場所に、トーリヤの攻撃が突き刺さる。

 ドォン!と天井まで揺れるほどに凄まじい衝撃。

 魔法で生み出された川が、一瞬で蒸発して掻き消える。

 魔法の強度は、あちらが上だ。単純な撃ち合いになってしまったら勝ち目が無い。


 霧の魔法の魔法で視界を奪うか?

 ──いいや。それだと、羽根を引き抜いてデタラメに乱射されるだけで負ける。


 水流を矢にして撃ち込むか?

 ──着弾と同時に蒸発させられておしまいだ。


 火傷を承知で、ドアや窓に突っ込むか?

 ──転移陣まで水流魔法に乗って逃げるのは、彼女の手の内次第では、悪くなさそうな賭けにも思える。


 エルシーの頭脳が、冷静に勝ちの目を探す。

 しかし、その計算が終わるまで、トーリヤは待っていてはくれない。


「びしょ濡れになってまで逃げたがるなんて、ダッサーイ! これで勇者とかヘンなの~!

 ザコはザコらしく、地べたを這いずり回ってたらど~お!」


 クスクスと余裕そうに笑いながら、トーリヤの脚が床を蹴る。

 素早く距離が詰められて、俺の眼前に羽毛が踊った。

 トーリヤの踵が高く上げられる。

 頭部への蹴り。俺は慌ててその場にしゃがんだ。


「ッ、くぅ!」


 頭上で火の粉が飛散する。

 まずい。これは、非常にまずい。

 格闘の間合いに入られた。魔術師であるエルシーに、白兵戦は荷が重い。

 これは首が飛ぶ覚悟をしたほうがいいかもな、と後ろ向きな思考が走る。


 ⋯⋯諦めるな、俺。

 ハーレムはまだ作れてない。

 気になる人外娘にだって、まだ会ったばっかりじゃないか。

 なんとしてでも生き残って、スライム娘のニュムを一人目のハーレム要員に据えるんだ!!


「ミスティック・ミスト・ラッピング!」


 霧を布地に変える魔法で、俺はトーリヤを闇雲に包む。

 厄介な両足を結びつける紐!

 指をひとまとめに縛るミトン!

 悪魔に意味は無いだろうけど、詠唱の声を奪う漆黒のマスク!


 トーリヤの顔に驚きが浮かんで、すぐに苛立ちで赤くなる。

「底辺のザコはザコらしく負けてろ」とでも言いそうな顔だ。

 俺は彼女が怯んだ隙にステージの上へと飛び乗った。

 トーリヤは怒りをそのまま炎に変換するように、全身の羽毛を燃え上がらせる。

 俺の仕立ててやった拘束着が灰と化し、ゴミカスとなって霧散した。


「トーリヤちゃんを攻撃するなんて、サイッテー! てか、そこアタシしか入っちゃダメなんだけど! ルールも守れないの、このザコ女!!」

「あー、もう! うるさい! ダルいんだよ、そういうの!」


 俺はトーリヤに言い返す。

 今までは仲良くしてやろうと思ってたから言わなかったが、決裂したなら、どうだっていい。

 大声で言い返した俺の剣幕に、トーリヤはビクリと体をすくませた。

 俺はそのまま、言葉を続けて畳み掛ける。


「何がルールだ! 知らん、そんなの!


 テメェの想像通りの答えを言わせたいだけの問答も! そのために持ち出される法律も!

 世間での評価が悪くなるとか、そんなこと言ったら可哀想だとか!


 ウゼェんだよ、そういうの!

 でも、お前らは、何が何でも俺を悪にして叩き直そうとするから!


 だから、俺は『他人の欲望』を口にして、面倒事を避けてるってのに、それすらも!

 それすらも悪いことにしてくるとか、マジふざけんじゃねーぞ!


 俺はいつだって、自分のやりたいことはエルシー(だれか)が望んでる自由に繋がってるから、だとか⋯⋯。

 オタクくん(だれか)が憧れた夢の体現だから、だとか⋯⋯。


 お前らが求める『正しい生き方』ってヤツに、ずっと沿おうとしてやったんだぞ!

 お前らが何も言わなけりゃ、お前らが俺の思惑を少しでも汲んでくれたなら⋯⋯。

 何も気にせずにとっと自由に生きられたっていうのに、仕方無く⋯⋯!」


 がむしゃらに、胸の内で燻っていた火種を全てぶちまける。渇望の炎が、膨らんで弾ける。

 俺が勝手に気を遣って自粛しただけ? 嫌なら逃げたり相談したり、立ち向かっていけば良かっただけ?

 ──うるせぇよ。お前らの言葉は、矛盾がうるせぇ。

 いつだって、俺の視点では、おかしいことを言っているのは俺じゃなく、他の誰か(脳内の声)だった。


 今もそうだ。

 トーリヤが面倒臭いことを言うから。

 俺の価値観に背いてるから、俺のことに口出してくるから、俺の命を奪ってもいいと考えてるから。

 だから、俺もトーリヤの価値観なんて、大事にしない。鏡のように、同じように、踏み潰す。

 全部、悪いのはトーリヤだ。

 俺をキレさせた、アイツが悪い。

 これまで散々、俺には罪があると糾弾しておいて、俺が糾弾するのはダメなんて、偉そうで腹が立つだろう?


「は──、はァ!? なにそれ! ザコザコ底辺のクセに生意気!

 なんで悪魔の甘言も無しに、勝手に堕落してんのよ、バカ! サイテー!」


 トーリヤが舞台に飛び乗ってくる。

 うーわ、まだ戦う気なのかよ、ダリィー。

 立場が逆なら、こんな意味不明な逆ギレかますような男とは、俺は出来るだけ距離を取って関わらないぞ。

 あー、本当に面倒臭い。

 血気盛んなガキの悪魔が、びしりと俺を指差してくる。


「トーリヤちゃん達みたいに、周りの人間を壊して言うことを聞かせる力も度胸も無い骨無しチキン!

 そんなにザコいなら、さっさと押し潰されて消えちゃえ!」


「うるせぇ! 面倒臭いんだよ、お前!

 お前だけじゃない! 俺に突っかかってくるヤツはウゼェ説教しかしねぇ!


 だから、俺は心の底から『インキュバス』ってものに憧れたんだ!


 チート魔法でラクできる、価値観も合わせなくていい!

 インキュバスってのは、そういうモンだと、誰もが理解して受け入れてくれる!


 ──マジで、それって、最高だろ?

 俺は面倒なことは何も考えずに、ただ、夢を追いかけていれば良い」


 一方的に、言うだけ言って、俺は魔力を紡ぎ始めた。

 トーリヤには、絶対に勝つ。

 俺の欲望の形が見たいって言い出したのは、そっちなんだ。

 だったら、とことん見せてやる。


 ⋯⋯なんて、今回も他責的で、他人事。

 自分でもダサイって、わかってる。こういうの善くないんだろうなって、誰かの声が今も聞こえる。

 けど、それが、一番ラクだから。そうでもしないと、心がダルいし、面倒臭いから。

 まるで立派な人間じゃないけど、いいだろ、俺は欲望のままに暴れるインキュバスになりたいんだ。

 他人の願望を盾にするほど、臆病で逃走癖のある俺が用意していた『とっておき』まで、余すことなく見せてやるよ!


「──ネクロマンシー、反転起動(リバーストラップ)

 我が銘は【川】、我が芯は【欲望】。

 誘いに応じ、全てを呑み込め、濁流の堕落よ──」


 ボコリと泡が立つかのように、俺の両腕が形を変える。

 粘土の塑像を人の体に出来るなら、逆もまた然りだ。

 俺の考えたこの魔術には、不可逆性というものはない。

 いつだって、人の体を捨てられる。好きな時に、人外になれる。

 そうではなくては、意味が無い。

 俺の魂を入れていた、エルシーそっくりのゴーレム体は、どろどろとその輪郭を崩して土と水に戻っていく。


「⋯⋯ッ! さ、させるかッ!」


 俺の体質置換が終わる前にと、トーリヤが飛びかかってくる。

 燃える蹴爪が高く振りかぶり、俺の脳天を貫いた。

 ⋯⋯ああ。これは、また冒険が終わっちゃうかもな。

 ぐしゃりと頭部が潰れて、真っ二つに避ける。

 ネクロマンシーで操ってるから、肉体が崩れても問題は無い。

 俺は、魂を包んでいる泥を触媒に、魔導伯の必殺技を編み上げた。


「──マッドリバー」


 泥の塊が膨張し、大河となって押し寄せる。

 溢れ続ける底無しの欲望が形を得たかのように、何もかもを呑み込み続ける激しい濁流。

 俺の体だったものが、トーリヤを押し倒して絡みつく。

 ⋯⋯本当は、カーラ様に襲われた時に『偽物の俺』だからノーダメージって誤魔化すためのゴーレム憑依ったんだけど。


「やっぱり俺って、ラッキーボーイだわ」


 トーリヤの肌に付着した泥が、炎に焼かれて陶器と化していく。

 彼女を閉じ込める硬くて分厚い巨大な石が、彼女自身の炎で焼き上げられていく。

 不定形の腕の中に、トーリヤの熱量を感じながら、俺はゆっくりと息を吐いた。


 ⋯⋯あーあ。

 トーリヤがもっとナイスバディのお姉さんだったら、勝者特権で欲望に忠実な命令してたのに!


 俺は敢えて、バカみたいなことを考えて、心の声を覆い隠す。

 暴れたところで、消化不良だ。問題は何も解決してない。次に繋がる物も無い。

 何も無かったかのように、俺は不満を呑み込み直した。


 トーリヤには勝ったけど、コイツに聞かせたい命令は──、ああ、アレがあった。

 後でスライム娘のニュムと仲良くする許可を貰っておこう。

 ⋯⋯今は、大技を使ってだいぶ疲れてるから、本当に後での話になるけど。

 今は、元の体に戻って休まないと魔力が限界だ。

 仕事終わりにするはずだった魔界での夜遊びも、また次の機会に。

 俺は魂の紐付けをゴーレムの体から外し、エルシーの体を隠している魔術工房へと飛んだ。


 人外娘ハーレムの夢は、失敗続きで叶う気配がほとんど無いが⋯⋯。

 誰に何を言われても、この志は譲らない。妥協もしないと、俺が心から決めていることだ。


 絶対に、イケメンインキュバスになって。

 チート魔法で簡単にハーレム作り上げちゃって。

 細かいこととか何も考えず、人外のカワイコちゃんたちとイチャイチャしまくるだけの人生を手に入れてやるんだからな~っ!



 没落寸前の貴族令嬢、エルシー・マッドリバーこと、色川誘志!

 種族リロードで一発狙って、数打ちゃ当たると思いつつ、欲望のままにこれからも、諦めないでやっちゃいまーす!!



ソシャゲの夏イベで水着の推しが実装されたので、20日ほど不定期更新になります。

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