フレイム・ハーピィ
「トーリヤ様! 例のお二方が参られました!」
ニュムが主人に呼び掛ける。
豪華な椅子に座っているトーリヤは、ハルピュイア族の悪魔だった。
炎を思わせる赤い翼に、腰から下を覆った羽毛。
俺が想像していたよりも小柄で、その⋯⋯、なんというか⋯⋯。
はっきり言ってしまうと、ガキだ。
生意気そうに吊り上がった瞳、威厳なんて無い貧相な骨格と筋肉。
髪の襟足をふんわりと遊ばせるウルフカットは、背伸びしてマセているガキにしか見えない。
いくら人外娘であっても、ここまで子供っぽいのはNGだ。
体を覆ってる羽毛とか、鋭い爪がワイルドで格好良い三前趾足の鳥類の脚とか、そういうところはめっちゃ良いんだけど⋯⋯。
俺のハーレムには、いらねぇかな。
老化の呪いとか食らったら、また連絡してくれ~って感じだ。
俺がそんなことを考えていると、トーリヤが子供っぽい声で呼び掛けてきた。
「お姉さんが、新しく魔王軍に入った人間? ふーん? 思ってたよりもずっと弱そ~!」
「見た目だけなら、お前のほうが弱そうだけどな」
「キャハハ! そんなの当たり前じゃ~ん!
トーリヤちゃんみたいに可愛くてよわぁい女の子になら勝ってるとでも思っちゃったた?
でも、ざんねーん! トーリヤちゃんに勝てる人間はいませーん! だって人間って、みーんなザコだもーん!
もちろん、お姉さんもザーコ! 住み処を追い出されて、格好悪く這いつくばってるのが、おにあーい!」
トーリヤがクスクスと笑う。
完全に俺を見下している喋り方だ。
この声を聞いてると、なんだか腹の奥底がイライラとしてくるように感じる。
ザコと言い返してやりたい気持ちを呑み込んで、俺はトーリヤに訊いてみた。
「ところで、俺を呼びつけたのは何のためだ?」
「ええっ? そんなのもわかってないの~? お姉さん、人間の中でも特にダメダメなんだね~!
しょーがないからトーリヤちゃんが教えてあげる!」
早く言え。俺はさっさとこの会談を終わらせて、スライム娘ちゃんと遊びたい。
⋯⋯こんなこと言ったら、怒られて長引きそうだから何も言いはしないけど。
トーリヤは人を馬鹿にした声音で、言葉を続けた。
「トーリヤちゃんがお姉さんを呼んだのはー、裏切った理由が聞きたかったから!
堕落のキッカケ? みたいな? そーゆーの、バカっぽくて楽しいんだよねー!」
「⋯⋯そうか。それじゃ答えるけど、俺が魔王軍に手を貸してるのは、悪魔の女の子たちとお近づきになりたいからだ」
「へー。お姉さん、そこにいるカーラと同じ趣味なんだ~。キャハハ! そーゆーの、人間は『ヘンタイ』って言うんでしょー?」
浅学だ。見た目と同じで知識もガキだ。
カーラ様は、誘惑を拒もうとする人間の女の子が、抗いきれずに流されていくのを好んでるタイプ。
俺は、好みの外見をした人外の女の子が、魅了魔法ですぐにメロメロになるのを望んでるタイプ。
あんなトンチキ上司と同じ趣味とか、仲間認定はされたくない。
⋯⋯が、俺は無言で受け流した。議論なんて時間の無駄だ。
トーリヤは、楽しげに俺を見下している。
「じゃあ、もしかして、トーリヤちゃんのことも『デートしたいなー』とか思っちゃってるの? あっはは、ばーか!
フレイム・ハーピィのトーリヤちゃんが、人間如きを可愛がってあげるワケないじゃん!
カーラと契約してなかったら、蹴り飛ばしてボロクズにして、スライムの餌として売り飛ばしてるからー!」
「⋯⋯そうか。なら、話は終わりだな。帰っていいか?」
「ハァ? お姉さんってば、ワガママー! これでおしまいなワケないじゃん。常識とか無いのー?
あ、バカだからわかんないかー。かわいそー! こんな簡単なこともわかんないなんて、ばーかばーか!」
トーリヤが不要に罵倒してくる。
カーラ様もだいぶパワハラ気質だが、コイツはコイツで、話が長いし面倒臭い。
「ハイハイ、俺はバカですよ。で? 本題は? わざわざ俺なんかを呼び出して、何が聞きたいって言うんだ?」
「トーリヤちゃんが知りたかったことなんて、欲望の形に決まってるじゃん。
こっち側に来る人間って、それさえ見とけば全部わかるの。
お姉さんが裏切るつもりで仲間のフリをしにきただけか、本気で悪魔の家畜になりたいのかも、ぜーんぶ」
「⋯⋯さっきも言ったけど、俺は人外のカワイコちゃんたちとイチャイチャしたいだけだぞ。なんならハーレムも作りたい。
そのために、今はインキュバスの体になれないかの研究をしてる」
堂々巡りの質問になるのは困るから、いずれは自分の種族を乗り換えるつもりだということも明かしておく。
そこまでやる気なら、って感じで仲間だと認めてくれれば良いんだが⋯⋯。
「その欲望は、本当にお姉さんの欲望?」
トーリヤは俺のことを試すかのように、じっと俺の瞳を見つめた。
「心の奥から燃え上がる渇望の炎がまるで見えてこないけど。本当に本気で、女の子たちと遊びたいって思ってるの?」
「ああ。思ってる」
トーリヤに対しては、テンションがいまひとつ上がりきらないので、そうは見えないかもしれないが。
隣にいるそのスライム娘とデートして良いと言われたら、俺は迷わずデートに行くぞ。
「それって、本当に貴女の欲望?
誰かが言ってた綺麗な言葉を、闇雲に復唱してるだけなんじゃないの?
自分で考えたワケじゃ無いから、上手く行かなくてもソイツのせいだ──って、怨める余地を残しておくため。
あくまでも他人の欲望を叶えてやってる、なんて認識で、自分の欲望を偽造してるだけの臆病者なんじゃないの?」
トーリヤが問い掛けてくる。
先程までの子供っぽさが無くなった、冷たく突き刺すような視線。
俺は心の中で「面倒臭いなぁ⋯⋯」と溜め息を吐いた。
イエスって言うまで持論をゴリ押ししてきそうな臭いがプンプンしてる。
無言で視線を逸らした俺に、トーリヤの口元が弧を描いた。
「そういう人間って、すぐ裏切るんだよ。
私達が、自分にとって都合の良い盾じゃないって気づいた瞬間に、すぐに。
⋯⋯だからトーリヤちゃん、お姉さんのこと、もう踏み潰すから」
「トーリヤ! エルシーは私の──」
「下級の魔族が口出さないで。部下ごと灰にされたいの?
メイドちゃん、カーラを廊下に。ここは火の海にしちゃうんだから!」
「かしこまりました」
スライム娘のニュムが、カーラ様を連れて広間から出ていく。
ちらりの見えたカーラ様の表情は、どうしようもないパワハラ上司への諦観で少し曇っていた。
俺も走って外へ出るべきか、考える前にトーリヤが動いた。
「──燃えちゃえ」
ほんのワンフレーズの詠唱。
それだけで、扉と窓が燃え上がった。
「くそ⋯⋯っ!」
俺は舌打ちをする。これで逃走経路は消失。
俺に出来るのは水の魔法を使った消火か、それとも土の魔法を使った壁の破壊か。
どちらも呪文を唱えてる間に、次の炎が飛んできそうだ。
逃走はキャンセル、戦うしかない。
⋯⋯大丈夫。俺はゲームのバトルとか、そういうの全然わかんないけど。
エルシーは勇者の一員として、戦闘魔法も学んでいる。俺はエルシーの力を信じるぜ!
「なぁに、その顔。もしかしてトーリヤちゃんに勝つ気なの?
ホーント、人間ってバカばっかり。しかも裏切り者だし。悪魔の仲間って言ってたクセに、やっぱり口だけじゃん。サイテー。
お姉さん、『トーリヤちゃんに勝てるワケなかった』ってわざわざ教えてあげなきゃわかんないほどバカなんだ~」
トーリヤが立ち上がる。
まるで不死鳥が目覚めるように、彼女の赤い翼が炎を噴いた。
「バイバーイ、底辺ザコお姉さん♡」
人間をバカにした笑みを浮かべて、フレイム・ハーピィのトーリヤが宙に飛び上がる。
黒い煉瓦の壁を背景に、輝く姿は小さな太陽。
炎で赤く熱された両足の爪が真っ直ぐに、俺の首を狙っていた。




