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トーリヤの館


 魔力の光が晴れると同時に、目に入ったのは暗闇だった。

 空を覆い隠すほど巨大な何かが、頭上にある。

 転送陣が置かれていたのは、森の中に作られた小さな儀式場だ。

 壁も天井も無い、石の土台と燭台だけの儀式場。

 それを取り巻く木々の頂上に、暗黒が広く伸びている。


「これは⋯⋯、何だ⋯⋯? 黒い雨雲が枝の間に広がってる⋯⋯?」


 辺りは暗いが、夜の闇よりはマシだ。

 微かに日差しが届いている。森の緑も日照不足で枯れてはいない。


「そういう魔法を使ってるのか? なんだか空気も湿ってるし、気味が悪いな⋯⋯」


 俺のエルシーの知識から、森をこの状態にできそうな魔法を探ってみた。

 ⋯⋯候補が多すぎて絞り込めない。

 敵の情報を探るのに特化した偵察術の使い手がいれば、警戒するべきポイントも簡単にわかるのだが、生憎とそんな仲間は存在しない。

 俺は念のため、ミストドレスの魔法で旅人のマントを作っておいた。


「トーリヤの館は、この先だよ。暗いから足元に気をつけるんだよ、エルシー」


 カーラ様が俺を連れて、森の奧へと進んでいく。

 土を踏み固めただけの簡素な道を進んでいくと、トーリヤの館が見えてきた。

 木炭を潰して練り直したかのような、真っ黒な煉瓦。継ぎ目には、灰色の線が見える。

 館の回りに塀はなく、庭と思しき部分には草木も生えない剥き出しの土が、いやに荒涼と広がっていた。

 カーラ様が館のドアをノックする。


「は~い! いま行きま~す!」


 建物の中から声がして、パタパタと廊下を駆けてくる音。

 やってきたのは、毒々しい紫色のスライム娘だ。


 体のあちこちから、ぬめついた粘液が垂れ落ちて、それが循環するかのように足の先から再び体内へ吸収されていく。


 大雑把に象られている髪型は、もったりと瞳の上を覆っている。

 半透明なのに視線が透けないミステリアスさを醸し出し、実に素晴らしいことだ。


 粘液で家具を汚さないようにか、二の腕まである長手袋を着けていた。

 腰から下の曖昧なボディラインに比べて指先の表情は繊細だ。

 このメリハリが堪らない。


 ふくよかなバストと引き締まったウエストは、無機質なスライムの体でありながら、確かな生命を感じさせる。

 これだよ、これこれ! 人間じゃまずありえないサイズのダイナマイツ!

 他のパーツの曖昧さと比べるに、ここは彼女なりの造型こだわりポイントなんだろう。120点!


 是非とも、俺のハーレムに加入して欲しい逸材だ。

 俺は迷わず、スライム娘に詰め寄った。


「お姉さん、名前は? 後でお茶しない? てか、その手袋イケてんね!」

「えっ? えっ?」

「コラ、エルシー! ナンパは用事が終わってからだ!」


 カーラ様が俺の頭をコツンとグーで叩く。


「そんなぁ! せめて名前だけでも聞いてもいいだろ! せっかく人外娘と会えたのに!!」

「ダメだ。淑女らしく、おとなしくしてなさい」

「やだ! なあ、お姉さん! せめて名前だけでも教えて!」


 俺の熱意に、スライム娘の口元が困惑したように歪む。

 前髪で瞳は隠れているが、初対面の相手にグイグイ詰め寄られて、たぶん引いてる。

 スライム娘は少し嫌そうな声色で、俺の頼みに応えてくれた。


「え⋯⋯、ええと⋯⋯、ニュム=ニュプラムです⋯⋯」

「ニュムさんだな! 俺はユウジ! よろしく!」

「『よろしく』じゃない!」


 カーラ様が俺の胸ぐらを掴んで、無理やり洗脳魔法を掛けてくる。

 うぉお⋯⋯! 魅了よりも強引な術式で脳みそがぐわんぐわん揺れる⋯⋯!

 チョーカーの耐性はこっちにも対応してくれてるが、逆にそのせいでしんどい!

 完全無効でも、即座に落とされるでも無い凄く中途半端な状態だから、じりじり炙られるみたいに痛いぞ!


「ご、ごめんなさい、カーラ様⋯⋯。ナンパは後回しにします⋯⋯」

「よろしい。次に約束を破ったら、そのチョーカーを引きちぎるからな?」

「はい⋯⋯。事前の約束を破って申し訳ありませんでした⋯⋯」


 俺は涙目で謝る。

 カーラ様は俺のブラウスから手を離し、スライム娘のニュムへと向き直った。


「私の配下が失礼したね。私はカーラ・ミル、トーリヤ様の招待を受けている者だ」

「ああっ、はいはい! 聞いてます! カーラさんとエルシーさんですね! どうぞこちらへ!」


 ニュムが、館の中へと俺たちを招き入れる。

 案内されたのは、大広間。

 部屋の真ん中から向こう側の床が高い。まるで神像を奉るかのように大仰な舞台だ。

 そのステージの中心に、玉座の如き豪奢な椅子が備え付けられ、館の主が足を組んで偉そうにふんぞり返っていた。


 ⋯⋯いよいよ、トーリヤとご対面だ。

 俺は壇上にいる女悪魔を睨み付けた。



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