転送陣
「魔界行きの転送陣なんてあるんならさ、王都に悪魔を送り込んで、さっさと侵略しきっちゃえば良くないか?」
俺はふと浮かんだ疑問を投げ掛けてみた。
カーラ様は王都の裏路地を歩きながら、小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「ハハッ、君はなかなか聡明だな。当然、その程度の策は魔王軍も思いついている」
「なら、なんで実行しないんだ?」
「何故だと思う?」
「⋯⋯神の膝元で暴れたら、神罰が怖いから?」
「違う。悪魔はそこまで脆くない」
俺の回答がバッサリと切られる。
俺はエルシーとしての知識も使って考え直した。
「意図的にしない」のではなく「出来ない」のだとすると、その理由になりそうなのは⋯⋯アレかな。
「もしかして、転送制限とか? 強い悪魔をそもそも送り込めないから、王都が落とせない」
「ふむ。それは、及第点だな。よくぞ自力で思いついたものだ」
「エルシーは次期魔導伯だからな。魔術の知識なら、この国で二番目だ」
「⋯⋯まるで他人事だな、エルシー。そろそろ自分が女の子だってことを認めたらどうだ?」
「カーラ様こそ、俺のインキュバス化を全面的に認めてくれても良いんだぜ?」
「ハハハ! 考えておくよ!」
カーラ様が笑顔で俺の言葉を受け流す。
ちょうど目的地に着いたらしく、彼女は話の流れを切るようにピタリと立ち止まった。
「さあ、ここが私の家だ」
カーラ様がドアの鍵を開け、中へと招く。
どこにでもあるような、石造りの家だ。
裏口のドアの向こうには、庶民らしい質素な内装が見える。木製の床とくすんだ色の壁。
「転送陣は地下にある。ついておいで」
「わかった」
俺はカーラ様の後に続いて、地下への階段を下りていった。
⋯⋯今更だけど、大丈夫だよな?
トーリヤとかいう悪魔からの手紙が嘘で、このまま監禁されちまうとか、そういうの無いよな?
なんとなく不安になってきて、俺はチョーカーを巻いている首を撫でた。
⋯⋯いざとなれば、これが守ってくれるだろうし、大丈夫。大丈夫だろう、うん。
さほど長くない階段を下りると、そこに儀式場がある。
床の上には次元転移の魔法陣。
それを取り囲むように金の燭台が置かれ、魔界へ旅立つ者たちを厳かに待ち望んでいた。
カーラ様が、魔法陣の中に立つよう俺を手招いている。
俺はご命令のままに、指定された位置へと立った。
「では、行くよ。びっくりしても、魔法は使わないように。──転送陣、起動!」
魔法陣が光り始める。
ふわり、と体が浮かぶような感覚がして、一瞬のうちに俺の身体は魔界へ飛ばされた。
カーラ様の家よりも立派な儀式場が視界に入る。
目の前には、立派な黒紫の祭壇。いかにも悪魔を崇拝していそうな雰囲気だ。
巨大なツノが生えている悪魔の頭骨が壁に飾られ、恐竜の足を図案化したような紋章の旗が天井から垂れ下がっている。
「まだ動くんじゃないよ、エルシー。──転送陣、連続起動」
カーラ様が再び転移の魔法を紡ぎ、俺たちの足元が再び輝く。
トーリヤが支配するロングレイクの森まで、掛かる時間は数十秒だ。
俺は深呼吸をして、悪魔と対峙する覚悟を決めた。




