第四十六話 地下室の幽霊の顛末。
取り敢えず、座って話をする為、りんのすけは野崎兄弟を隣の席まで案内した。
野崎先輩がソファ席にドッカリと腰を下ろした時に、俺は真っ黒い髪の長い女の人が野崎先輩の隣に立っている事に気が付いた。怖くなり目を逸らした。
りんのすけが、地下室の幽霊について事細かに説明するのを待って、俺は恐る恐る野崎先輩に告げた。
「先輩、あの。黒い女の人が隣にいますよ。」
「あぁ。分かってるよ。てか、つーちゃん見えてんだ。この生霊。」
野崎先輩は親指で生霊を差した。俺は何度も頷いた。
「鬼門入ったせいで、霊感付いたんじゃね?ちょっと場所移すぞ。陰丸さっさと食っちまえ。」
「わかった。」陰丸君はハンバーガーを一気に口の中に放り込んだ。
全員で席を立つ。
「どこ行くの?」オボンを片付けながらひゅうがは言った。
「取り敢えず、広い場所行くぞォ。城跡地の公園でいいや。」
少し歩いて、城の跡地にある大きな公園へ向かう。
公園に入ってしばらく歩いていると、俺は何か柔らかいモノを踏んだ。
「うわ。うんち踏んだかも。」
俺は足の裏を確認する。
「何も無い様だが?気のせいじゃ無いか。」
りんのすけは俺の靴底を確認すると、野崎先輩の後を追ってスタスタと歩いて行ってしまった。
「えんがちょする?」ひゅうがは笑顔で俺に言った。
「いや、気のせいかも。」
俺は何となく気持ち悪い足の裏を地面に擦って、後に続いた。
滑り台のある場所まで来ると、陰丸君が籠手を外して学ランのポケットに仕舞った。
手の甲に五芒星の刺青がある。
印を結び呪文を唱える陰丸君に、野崎先輩が指導を入れる。
「そうじゃねえ。この形の後でこれだ。」
野崎先輩は陰丸君の後ろから手を回し、指の形を訂正した。
「流石アニキ!助かるよ。」
陰丸君は印を結び直して呪文を唱える。生霊に向かって指で空を切った。
生霊は煙の様に消えて無くなった。
「終わったか?」りんのすけが確認をする。
「ああ。消えて無くなったよ。」俺が答える。
「つかさ、本当に霊感に目覚めたんだな。そうなると、和田の存在意義が無くなりそうだ。」
りんのすけは笑顔で言った。
「和田の方が霊感強いだろ。霊と話せるくらいなんだから。」俺は和田を庇う。
「それで?いつお祓いして欲しいんだよ?」
野崎先輩が制服のズボンのポケモンに手を突っ込みながら上から目線で言った。
「今日だ。」りんのすけはドヤ顔で言う。
「それは急過ぎない?」ひゅうがは呆れた顔をする。
「お祓いなら夜を待たなくても良いだろう。今から向かえば、夜には帰れるぞ。」
りんのすけはニヤリと笑いながら言った。
「俺は大丈夫ですよ!任せてください!」
陰丸君は自信たっぷりに右手の拳を固めた。
「でも、移動手段が無いよな。」
俺は腕を組んで首を傾げた。
「サソリならそこに居るぞ。」りんのすけは近くにあるトイレの屋根を指差した。
「ハハハ!バレてましたかあ!」
屋根の上からサソリさんが飛び出して来た。
りんのすけは能天気なサソリさんを睨んで言った。
「わざと気配を消さなかっただろ。」
「大学の講義が午前で終わったんで、こっちに来てたんですよ。早く坊ちゃまに気づいて欲しくて、気配をビンビンにしてたんですけどねえ。めっちゃ無視されてました。」
サソリさんは嬉しそうに言った。
「ゲッ。無鉄砲バカじゃねェか。」
野崎先輩は面倒くさそうに頭の後ろを掻いた。
「野崎君!久しぶりですねえ!会いたかったですよー!」
サソリさんは野崎先輩に抱きつこうとしたが、陰丸君が庇った。陰丸君はサソリさんを睨みつけて言った。
「アニキに気安く触んじゃねえ。」
「あらら。ごめんなさい!」
サソリさんは両手を上げて一歩下がった。
「行くならさっさと終わらせてェ。住所送れ。」
俺は野崎先輩に、スマホで住所を送った。
「俺達はアニキのバイクで向かいます。現地集合でお願いします。」
陰丸君はペコリとお辞儀をした後、先に行ってしまった野崎先輩の後を追いかけた。
「おれもついて行っていい?どうなるか見届けたい。あの女の子の為にも。」
ひゅうがは、俺の顔を覗き込んで言った。
「もちろんだ!皆んなで一緒に行こう。」
俺が言うと、りんのすけは頷いた。
早速、俺達は『斉藤さん家』へ向かった。サソリさんの運転で、倒木の前まで辿り着く。野崎兄弟は、すでにバイクで倒木の手前まで着いていた。
野崎先輩は上を見上げて、辺りの匂いを嗅いだ。眉間に皺を寄せて、俯く。
「あー。そう言う事かよ。先に守護の護り張るぞ。よくこんな所見つけたなァ?ヤベェ感じがここまで来る。まぁ、俺様にかかればそんなにヤバくも無ェけどなァ。」
「それは頼もしいな。頼んだぞ。」
りんのすけは仁王立ちで言った。
陰丸君が俺達に何かのお呪いをしてくれた。印の呪文の後に、オデコに二本指を当てる。
サソリさんは車で待機してもらい、野崎兄弟を先頭に俺達は例の平屋へ向かう。生い茂る草木が、前回よりも伸びていた。腕で枝を押さえながら、足場の悪い坂道を登って行く。土と草の匂いが鼻に付く。
家の中に入り、応接間へ入る。冷たい風が足元を通り抜けた。棚はあの時移動させたままになっている。
まだ日は沈んでいないが、地下室は真っ暗だ。お互いにスマホのライトで足元を照らしながら慎重に階段を下った。
禍々しく恐ろしいものが居る感覚が、前回よりもハッキリと分かる。背筋は緊張し強張る。恐怖心と警戒心が頂点に達する。
俺の表情を見て、ひゅうがは俺の手を取った。笑顔を向けながら言った。
「皆んな一緒だから、大丈夫。」
俺はその笑顔に心が少しだけ解きほぐされ、笑顔を返しながらゆっくりと頷いた。
階段を降り切るより前に、野崎先輩が止まる。ドスの効いた低い声で、呟いた。
「ここから先は来るな。見えて無ェ人間が来たら、終わるぞ。後、つーちゃん。耳塞いどけ。」
俺は直ぐに耳を塞いだ。そうだ。何を言っているのか分かってしまうと呪われるんだった。
野崎先輩は、陰丸君に耳打ちで何か伝える。陰丸君は頷いた後、背負っていたリュックから木の札を取り出した。
野崎兄弟は二人一緒に一礼して地下室へ入る。
陰丸君は小さな声で呪文を唱えながら、印を結び階段の前に結界を張った。白い光が上に上がり、薄いベールで覆われた。
野崎先輩は敬語で霊と話し始めた。一人は長い髪の毛がボサボサになった女性の霊で、もう一人は短髪の男性の霊だ。進一の薬無しでここまで見えると言う事は、俺は本当に霊感体質になってしまったんだな、と実感する。
話を聞いた後、女性の霊は頷く。陰丸君が除霊の儀式をし、煙の様に消えて行った。
男性の霊は全く動かない。ただそこに居るだけと言う感じだが、野崎先輩が話を進めていくうちに、肌がピリピリと痛くなる程の殺気が感じられた。
耳を塞いでいてよく聞こえないが、野崎先輩は陰丸君を押し退けて後ろに下げさせた。そのせいで陰丸君は尻餅をついて倒れてしまう。
その瞬間にドロドロとした影が、男性の霊から滲み出て陰丸君を引き込もうとした。野崎先輩は布製の籠手を一瞬で取り去り、陰丸君から木の札を取ると、印を結び呪文を唱える。
真っ黒い油の様な影は、スポンジに吸収される様に、木の札の中へ入って行く。吸い込み始めた木の札をその場に置いた。グングン入って行く影を吸い込み終えると、野崎先輩は霊の除霊をし、男性の霊は煙の様に消えて無くなってしまった。
俺は塞いでいた手を退かした。
「アニキごめん。」陰丸君は項垂れて謝る。
「呪いと死霊が絡み合っちまってたから、こりゃ仕方無ェって。気にすんなよ。」
野崎先輩は陰丸の肩を叩いて慰めた。
「除霊は終わったんだな。ありがとう。」
りんのすけは二人にお礼を言って頭を下げた。
俺とひゅうがも頭を下げてお礼を言った。
「大した事して無ェから。ただ、この木札がなァ。俺様でも触れねェ。でもここに置いといたら、変なモンが集まってくる。ちょっと詰みかも。」野崎先輩は首の後ろを掻いて、溜息を吐いた。
「おれ、呪いの耐性あるらしいんで、持っていけるかも。」
ひゅうがは木札まで近づくと、ツンツンと木札を触った。
「オイオイ!下手に触ンじゃ無ェ!」
野崎先輩はひゅうがを止めようとしたが、何かに気がついた様で急に表情が真顔になる。
ひゅうがは木札を手に取って、裏表を確認する。
「大丈夫っぽい!」ひゅうがは木札を持ったまま笑顔を向けた。
「頭痛くなって無いか?」俺は心配でオロオロしながら確認した。
「うん!何とも無いや。今思うと、あの時頭痛くなったのって、女の子の霊が助けようとしたからだと思うんだよなあ。呪いは全然平気!」
「お前ェ、スゲェな!呪いを抑え込んでやがる!陽の力が高ェんだな!その木札なるべく近くに置いとけ。しばらくしたら、呪いの威力も弱まるだろ。」
野崎先輩はひゅうがの頭をワシャワシャと撫でた。
木札はポケットに入る大きさの為、ひゅうがは制服のポケットに仕舞った。
その後、全員で駐車してある場所まで戻った。戻る頃には、日は沈んでいた。
帰り際に改めて野崎兄弟にお礼を伝え、俺達は帰路についたのだった。




