第四十四話 尾行、スパイ、偵察。
体育祭の次の日は振替休日で休みだった。
俺は筋肉痛に苦しみながら一日ゴロゴロと過ごしてしまう。
次の日の水曜日。まだ節々が痛む中、りんのすけを迎えに行き学校へ向かう。
俺は自分の下駄箱を開けると、パラリと何かが落ちて来た。
「何だこれ?」俺は落ちたものを拾う。
「どうした?」りんのすけが覗き込んだ。
「手紙っぽい。中を開けてみる。」
俺はその場で白い封筒を開け、中身を確認する。
可愛い便箋に可愛い文字でこう書いてあった。
『放課後、体育館裏に来て下さい♡』
「え、こ、ここれって告白されるフラグ?」
俺は動揺しながらりんのすけを見つめる。
りんのすけは明らかに不機嫌な顔になる。俺の頬に人差し指の先を押し当てて来た。
「浮かれるなよ。まだ告白されたと決まった訳ではない。」
「でも、最後のここ!ハート!ハート書いてある!」
テンションが上がり少し声が裏返る。
りんのすけは手紙に書いてあるハートを睨みつけ、そっぽを向いて先に行ってしまった。
浮かれる気持ちが落ち着かない。俺もついにモテ期が来たのか?いや、でも彼女作らない様な事をりんのすけと約束してしまったな。
俺はニヤニヤする顔を必死に抑えながら、告白された時のシュミレーションを頭の中で延々に繰り返した。
おかげで授業の内容が全く入ってこない。
【一方その頃。ひゅうが。】
またいつの間にか寝ちゃった。気がついたら二時限目の授業が終わっている。
小休憩の時間、おれのスマホがバイブレーションする。
りんのすけからのメッセージだ。
「え!!」つい大きな声が出る。
クラスの人達に注目され、おれは狸寝入りをして誤魔化す。
机に伏せたまま、恐る恐るもう一度スマホのメッセージを確認する。
『つかさにラブレターらしきものが届いた。放課後体育館裏。』
つかさに彼女が出来るチャンス。喜ばしい事の筈なのに、おれは全然嬉しくなれない。
友達の幸せを喜べないなんて、友達失格だな。おれ。何でつかさの事になると、嫉妬って感情になるんだろう。おれは、おれの事が時々許せなくなる。
誰がラブレターを送ったんだろう。もし嫌な女で、つかさが騙されて傷付いたりしたら許せない。
おれはメッセージを返信する。
『一緒に尾行しようぜ。』
【一方その頃。りんのすけ。】
ひゅうがから返信だ。
一緒に尾行しようか。彼奴らしい考えだ。
良いだろう。乗ってやる。僕だってずっとその事が気掛かりで、頭から離れないんだ。事の顛末を見守る。絶対にだ。
つかさ、僕との約束を忘れたのか。いや、そんな奴じゃない事は、僕が一番分かっているじゃないか。
疑っている様な行動は、僕の好みでは無いが、今回は仕方ないのだ。
今は、そう言い聞かせるしか無いんだ。
取り敢えず、待ち合わせ場所を決める。放課後、僕のクラスに来てもらおう。
早く放課後になって欲しい。
昼休みになる。ひゅうがは上の空だ。ボーッと空を見上げている。
つかさが話しかけて、やっと我に帰るが、暫くしてまたボーッとしている。
もう少し自分の顔色を調整して欲しいものだが。
放課後、つかさは直ぐに席を立って「じゃあ、行って来る。」と言って出て行った。
つかさが移動した後、直ぐにひゅうががやって来た。
「目立つ行動は厳禁だぞ。」僕は釘を刺す。
「わかってるよ!行こうぜ。」
ひゅうがはソワソワしている。わかりやすい男だ。
足音を立てない様に、靴箱まで移動しつかさの跡を追う。居なくなった事を確認し、静かに靴を履き替え外に出た。
ひゅうがは走って外に出ようとした。僕は腕を引っ張り止める。
「焦るな。鉢合わせるぞ。」
「っと。ごめんごめん。」ひゅうがは苦笑いを浮かべる。
通りすがった女子生徒が、僕たち二人を見てニヤニヤしながら噂話をしている。
僕は気付いていない振りをして、ひゅうがの腕を引き、抜足差足、背後を追いかける。
「腕離して良いぞ?」ひゅうがは耳打ちして言った。
僕は手を離す。耳打ちし返して言う。
「ちゃんと後ろに着いて来いよ。勝手に動くな。」
後ろが少し騒がしくなり、裏返る。
静かになった。明らかに誰かに跡をつけられている。姿は見えない。
【一方その頃。川島。】
何で俺はアイツらの跡をつけているんだ。
と言うか、文芸部のアホ女子二人が何故かひゅうがとりんのすけの跡をつけているのは何でだ。
アイツら、ひゅうがとりんのすけをカップリングとか言うのにして楽しんでるからな。
変な行動を起こさないか、念の為見張って置かないと。
うわ、何故か悶えて変な声出してる!
完全にヤバい奴じゃないか。
必死に自販機の裏に隠れてるけど、りんのすけには絶対バレてるぞ。
止めに入りたいけど、行くタイミングが無い。
りんのすけとひゅうがにバレたらややこしくなる。説明しても引かれるだけだろうなぁ。
取り敢えず、目的地まで着いた様だ。
茂みに隠れるりんのすけとひゅうが、の後ろにある木に隠れる文芸部のアホ女子組、の後ろの壁から覗いてる俺。体育館横にある部室の建物に隠れながら、片目を出して静観する。
どう考えても可笑しい。客観的に自分を見ない様に目の前の人達に集中しよう。
後ろから肩を掴まれた。俺は強制的に後ろを向かされる。
「何やってンだよ?キョンシー。」
「野崎先輩?!ちょっと隠れて静かにして下さい。」
俺は野崎先輩の肩を掴み、しゃがませた。
「うちのアホな部員達が変な行動を起こさないか見張っているんです。」囁き声で言う。
「ハァ?なァんだそれ?」
呆れた顔で見下ろされる。
「と、とにかく。静かにして下さいね。」
俺は人差し指を立て唇に当てる。
壁の物陰から覗くと、野崎先輩は俺の頭に顎を置いて一緒に覗いた。
「おぼっちゃまくんも居るじゃねぇか。その先にいるのはつーちゃんか?」
「つかさ?あ、本当だ。一人で体育館裏で何やってるんだろ……。」
俺は野崎先輩とつかさの事を静かに見守る。
【一方その頃。つかさ。】
心臓の鼓動が大きい。緊張して手汗が出る。
陽が傾き、日陰になった体育館裏で相手を待つ。
俺が先に居るせいで来づらいとか無いよな。
俺はソワソワと視線をキョロキョロさせる。棒立ちのままで、頭を動かさずに。
「ごめんね。待った?」
女の子が走って目の前まで来た。お下げを低めに縛った黒髪。少し日焼けした肌。普通な女の子だ。
「いや、今来た所だよ。話って何?」
片手で頭の後ろを掻きながら、視線を斜め上に映す。
「うん。あのね。」女の子は手を後ろに組み、俯いた。
「付き合って欲しい……。」顔を上げ、俺を真っ直ぐ見つめる。
食い気味に俺は、「ごめん。俺、他に好きな人居るから。」と言い頭を下げて謝った。
後方からガサガサ、ガタガタと煩い音がする。しかし、今はそれに構っている余裕はない。
「あ!違くて。言い方悪くてごめん。体育祭の時、つかさ君が、あの、仲良いの見てね。それで、プレゼント選ぶの手伝って欲しいなって。今度ファンクラブの皆んなでりんのすけ君とひゅうが君にプレゼントするんだけどね。私、両方のクラブに入ってるから、被らない様に候補を考えなくちゃいけなくて。」
女の子は手を振り、頭を振り、全力で否定した。
俺は呆気に取られて固まる。
「急なお願いでごめんね。また後で返事聞かせて!じゃあね!」女の子は固まる俺を置いて、走って行ってしまった。
俺はしばらく呆然と立ち尽くした。
後ろから喧しい足音が近づいて来る。
「おい、つかさ。好きな人って誰だよ?」
ひゅうがに肩を掴まれた揺すられた。
そして、りんのすけに顔を覗き込まれる。
「僕に隠し事なんて、酷いじゃないか。」
「え?何で居る?」
後ろでシャッター音がした後、バタバタと倒れる音がする。
振り返ると、女子生徒二人を川島が取り押さえていた。その後ろに面倒くさそうに欠伸をする野崎先輩も居る。
「川島?!」俺の声の後、ひゅうがとりんのすけも川島の方を見た。
「ハハハ……。コイツらが撮った盗撮写真はちゃんと消させるから!じゃあな!」
川島は女子生徒二人の腕を引っ張りながら、走って逃げた。
「つーちゃん。人気者じゃねェかよ。誰が好きなのかってのは、俺様も気になる。」
野崎先輩はズボンのポケットに手を入れたまま大股で近づいて来た。
「そうだぞぉ!ハッキリさせろよぉ。」
「今、正直に言えば許してやる。」
俺は三人の男に囲まれてしまった。
そーっと、間に足を伸ばし、隙を見て全力で走る。
「待てゴルァ!逃げんじゃ無ェ!!」
「つかさぁ!おれの方が足速いんだから逃げられないぞ!!」
「臆病者!卑怯者!絶対に逃がさない!!」
「逃げられるとは思って無いけど逃げるしか無いんだよ!!好きな人なんか居ない!!って言っても信じないだろ?」
俺は今までに無いくらいの速さで逃げ回る。火事場の馬鹿力だ。
「信じられるわけ無いだろう!つかさの嘘は分かりやすいんだからな!」りんのすけが後ろから叫ぶ。
「もう追いかけて来ないでくれーー!!!」
全力で走りながら、空に向かって叫んだ。
俺は相変わらず、男友達に振り回されている。




