第四十三話 波乱の体育祭(後編)。
文化部リレーの前半戦。川島のいる文芸部が走る番だ。
「あれ、川島か?」俺はリレーのスタートラインを指差す。
「あれは、太宰治か?芥川龍之介か?」
りんのすけは真剣に考え始めた。
第一走者の川島は、浴衣に下駄、もじゃもじゃの桂をつけていた。太宰治にも芥川龍之介にも見える。
スタート合図。川島は走らず、ゆっくり歩き始めた。
「あれは、太宰治だね。」
進一は淡々と言った。ポーズで区別したのだろうか。
「おれ全然わかんねえー。とりあえず面白い!ハハハ!」ひゅうがは川島を見て爆笑している。
応援席からも笑い声が上がる。
浴衣の懐から文庫本を取り出し、女子に渡す。他の文芸部は全員女子で可愛い子ばかりだった。しかし、全員普通に体操着だ。
アンカーはまたしても川島だった。文庫本を受け取り、また歩き始める。さっきと違うポーズと表情をしている。
「じゃあ、アレは芥川龍之介ってことか?」
俺はあまり違いが分からず憶測で言った。
「っふふ。」りんのすけは肩を震わして笑った。
「よく考えたね。興味深い。」進一は猫の手を顎に当てて淡々と言った。
和田はよく分からないと言う顔で、頭にはてなを浮かべている。
ひゅうがとりんのすけには、かなりウケていた。
走り終え、川島は着替えを持って更衣室へ急いだ。そして、キョンシーの格好で出てくる。
「この衣装すごいねえ!めちゃくちゃ本格的じゃん!皆んなも似合ってるよ!」
川島は俺たちと合流し、集合自撮りを一枚撮る。
「行くぞォ、ガキども。」
野崎先輩は気怠そうに歩き始める。が、足を止め振り返った。
「アレやんの忘れてた。俺様の真似しろ。」
皆んなで円になり、野崎先輩の手の動きと言葉を真似する。
「流れでやるぞー。せーの。」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」(りん・びょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)」
全員で声と動きを合わせて印を結んだ。
「これは、忍者漫画で見たぞ!」
りんのすけは目を輝かせて、無邪気に笑った。
「だよな!俺もそれ思った!」
俺も興奮して、りんのすけの方を見る。
「健闘を願うお呪いだ。気張っていくぞ、ガキども!」
野崎先輩の言葉に、皆んなは「おー!」と返事する。
第一走者から順に、ひゅうが、俺、和田、進一、山河先輩、川島、りんのすけ、野崎先輩。
ひゅうがはスタートラインに立ち、大きな包みを肩に担ぐ。
「よーい。」ピストルの音で一斉に走り出す。
ひゅうがは、大きな荷物と走りにくい衣装と言うハンデをモノともせずに一位に躍り出た。応援席からひゅうがファンクラブの方々からの声援が大きく聞こえた。
ひゅうがから包みを受け取り、両手で肩に担ぎ走る。狼男のもふもふ衣装は、かなり暑苦しかった。
そして、和田にパス。ゾンビ和田は、変な走り方だったが、意図せずゾンビらしさが溢れていた。俺はつい吹き出してしまう。
和田から包みを受け取った猫進一は、両手で抱き抱えながら走る。走るたびに鈴の音と尻尾が揺れ、可愛さが爆発する。応援席の女子生徒から「可愛いー!」と言う悲鳴を受けながら、山河先輩に荷物を託す。
山河先輩はバトンの様に片手で荷物を持つと全力疾走した。スカートが捲り上がりそうで、俺はつい両手で目を塞ぐ。応援席の前を走る時、男達の低い声援が響いた。
川島は両手で受け取り、キョンシーらしくぴょんぴょん飛びながら進む。誰もそこまでやれとは言っていない。川島のノリの良さに俺は笑ってしまった。
りんのすけは包みを片手で肩に担ぎ、全力で走り抜けた。女子生徒からの黄色い声援で耳が潰れるかと思った。
野崎先輩に渡す時にりんのすけが叫んだ。
「乗れ!!!」
野崎先輩は受け取った包みを開ける。表情が明るくなる。
中身は魔法の箒型の機械だった。進一が作ったんだろう。
野崎先輩は箒に跨りスイッチを入れる。大きく上に上昇すると、野崎先輩は雄叫びをあげた。
「うぉぉぉ!!!サイッコー!!!」
応援の上を旋回し、空中で一回転した後、コースに戻り一気にゴールした。
オカ研+マジ研の合同リレーは一位の成績を収めた。
野崎先輩は、ゴールすると箒から降りた。皆んなで駆け寄り勝利を讃えあう。
「すごーい!!魔法使いだった!!」ひゅうがは興奮して万歳した。
「俺の夢が叶ったぞォォォ!!!ありがとう!!マジでありがとう!!」
野崎先輩は皆んなの事を順番に抱きしめた。満面の笑みで、見ているこちらまで嬉しくなる。
「試験走行して無かったんだけど、上手くいって良かったよ。」進一がボソリと恐ろしい事を呟いた。
俺は聞こえない振りをした。
しばらく興奮が覚めず、ワイワイガヤガヤと騒いでいたら、放送で注意され、部員達は急いでグラウンドの外に捌けた。
体操着に着替えるため更衣室へ向かう。
「僕が出資して、進一君に作って貰った。」
着替えながらりんのすけが教えてくれた。
ひゅうがは興奮冷めやらぬ声で言った。
「進一ってマジで何でも作れんじゃん!すご!」
「ひゅうが。うるさい。」進一は辛辣に言い放った。
「俺の空飛んでみたいなあ。」川島が言うと、
「ヘルメットも安全装置も無しで乗るなんて……考えただけで恐ろしいのだよ。」和田は身震いする。
体操着に着替え応援席に戻ると、次の競技の整列が始まっていた。玉入れに参加する人を、先輩が大声で呼びかけている。
進一と和田は参加するために、急いで列の中に入って行った。
玉入れは、綱引きの時と同様で先輩達と混ざって行う。色毎の三つのカゴに布製の玉を入れて行く。
開始の合図とともに一斉に投げ入れる。
「あ!進一、やっぱりやってる!」
俺は信じられない動きをしている進一の事を指差し、声を出してしまう。
「ははーん。アレはやり過ぎだな。」
りんのすけは、前の椅子の背もたれに頬杖をついて言った。
進一の投げた玉は、全てカゴの中に入って行く。正確なコントロールと力加減だ。玉を拾うために移動しても、どの角度からも入って行く。
他の生徒が投げた玉に紛れて、気が付いている人は居なさそうだった。
結果は赤チームの勝利。ズルをしているので当然である。
戻って来た和田と進一は、何も無かった顔で席に着いた。
「進一、ズルは良くないなあ。」
俺は前の席の進一に耳打ちして伝える。
「僕が開発した薬だから、僕の実力の内に入る。」進一は淡々と言う。
「確かに……。いや、やっぱりダメだろ!危ない。一瞬納得しそうになった。」
「まあ、バレていなければ問題ないだろう。」
りんのすけはニヤリと笑いながら言う。
「何の話をしているのかさっぱりなのだよ。」
和田は首を傾げ、眉間に皺を寄せた。
「近くに居たくせに気付いてないのか?それならバレないか。」
俺は和田に呆れつつ、肩をすくめた。
和田はプンスカを始めたが無視した。
次の競技は応援合戦だ。体育祭の直前の三日間だけ放課後の時間を使って練習をした。
赤、黄、青の順で行う。
俺達赤チームは、有名曲の替え歌や運動部が良くやる応援をやって終わる。
黄チームは、スポーツドリンクのCMでやっていたダンスを披露した。山河先輩、友永さん、西条寺さんの可愛さが際立っていたが、一番目立って居たのはひゅうがだった。ひゅうがのダンスはキレが良く、顔の良さも相まって本物のアイドルの様だ。女子生徒達の興奮が最高潮に達して、黄色い声援に耳がやられかけた。
青チームは、応援団達が学ランを羽織って出て来た。野崎先輩の学ラン姿はヤンキー力に磨きが掛かっていた。身長の高さ、ガタイの良さもあり存在感が強い。つい目を奪われてしまう。
しかし、野崎先輩は応援の途中で小さな打ち上げ花火や吹き出し花火を幾つも使い始め、先生に引き摺られながら強制的に退場させられている。青チームはそれにより最下位になってしまった。
応援合戦の一位は黄、二位は赤という結果で終わった。
次の競技は、二人三脚だ。リレー形式で行われる。
俺とりんのすけのペアは、ひゅうがペアと勝負をするためにアンカーになった。
走順が近くなり、俺はりんのすけの足と自分の足を固定する。
「気を引き締めろ。」りんのすけは俺を真っ直ぐ見つめながら言う。
「ああ。準備万端だ。」俺は親指を立てた。
近くにいるひゅうがに、睨まれている気がする。俺は目を合わせない様にそっぽを向き、冷や汗をかいた。
バトンをりんのすけが受け取り、掛け声を合わす。
「「せーの!いち!!」」
ひゅうがペアとほぼ同じタイミングで走り始める。一気に離されそうになるところでりんのすけが思いがけない行動に出た。
「マジかよ!」俺はつい叫ぶ。
腰に回したりんのすけの腕に力を入れられ、俺は半分浮いた状態になった。ほぼりんのすけの独走になる。
ひゅうがペアを抜くと、ひゅうがも同じ方法で一気に走り始めた。
「待てー!!おりゃーー!!」
ひゅうがは叫びながら追いかけて来る。
ひゅうがのペアは苦しそうな顔をしていた。
そのままゴールテープを切ったのは、りんのすけだった。
俺はぐったりとその場に崩折れ、膝をついた。りんのすけはドヤ顔でガッツポーズをしている。
ひゅうがのペアは脇腹を抑えながら倒れ込んだ。ひゅうがは悔しそうな顔でりんのすけを睨んだ。
「ズルすんなー!!」
「ふん。勝ちは勝ちだ。負け犬の遠吠えとは、みっともないぞ、ひゅうが。」
りんのすけは勝ち誇った顔で言い放つ。ひゅうがは怒ってりんのすけに近づき頬を引っ張る。
ひゅうがのペアは、倒れたまま少し引き摺られた。
りんのすけもひゅうがの頬を引っ張り、言い合いを始めた。
「ちょっと。お前ら一旦落ち着け!」
俺が止めに入ろうとアワアワしていると、放送が入った。
「赤チーム、黄チーム。二人三脚をせずにゴールしたので不正と見做されました。よって、青チームの勝利です!」
りんのすけとひゅうがはお互いの手を離し、睨み合った後そっぽを向いた。足紐を解きさっさと応援席に戻ってしまう。
取り残された俺とひゅうがのペアの子で顔を見合わせ、それぞれ急いで身勝手なペアを追いかける。
俺は次の競技が始まる前に、自動販売機でジュースを買ってひゅうがとりんのすけに渡す事にした。
ひゅうがは嬉しそうな、申し訳なさそうな顔をして受け取ってくれた。
「気ぃ使わせて悪いな。なんか、りんのすけ相手だとムキになっちゃうんだよな。おれ」
「気持ちは分からなくもない。ジュース飲んで落ち着いてくれたら嬉しい。」
「へへへ。ありがとう!大事に飲む!」
りんのすけに渡したら一度断られたが、手を引っ張り無理矢理押し付けた。
「ふん。僕にいちいち気を使うな。」
「まあまあ。最初は良い勝負だっただろ?」
「……つかさと一緒に勝ちたかった。」
りんのすけはそっぽを向いて小声で呟いた。
「え?何て言った?」俺はよく聞き取れず聞き返すと、「何でもない!」と言われてしまう。
りんのすけはペットボトルの蓋を開け、ジュースを一気飲みした。
「ありがとう。」俺の方をチラリと見ながら小声で言う。
「どういたしまして!」俺は笑顔で答える。
次は最後の競技。選抜リレーだ。俺は和田の隣に座って、一緒に応援をした。
相変わらず、青チームの野崎先輩と赤チームの進一はズルをして走っていた。しかし、ひゅうがのおかげで黄チームも追い上げ、りんのすけの俊足で赤チーム対黄チームの良い勝負となる。
結果つま先の差で黄チームが勝利を収めた。
黄チームが一位、赤チームが二位、青チームが三位の結果で閉会式は終わった。
これで波乱の体育祭は幕を閉じるのだった。




