第三十六話 天才ぼっちゃまのお陰様。
「陰陽師の人、結界張り終わりそうだったんで、このまま学校へ行きますねー。」
サソリさんは、ものすごい脚力で屋根の上を飛び、一気に校舎まで辿り着いた。靴箱の前で俺を下ろす。
よく見ると、いつもと違う格好をしていた。黒く細めのカーゴパンツで裾を黒の軍靴に入れ、上は黒の半袖シャツにガンホルダーを肩にかけ、胸のところでベルトを巻いている。黒い手袋は革製で、髪の毛のサイドはピンで留めていた。赤茶色の髪の毛と黒い衣装がよく似合っている。
「ありがとうございました。死ぬかと思った。」
俺は胸を撫で下ろし、その場に立ち上がる。
「いえいえ!むしろ、生きててくれてありがとうございます♪」
サソリさんは爽やかな笑顔を向けた。
「それって、何用の服装なんですか?」
「んー、それも秘密ですね!これが俺にとっての正装って感じです。」
サソリさんは両手を広げて一回転した。
二人でマジ研の部室へ向かった。部室には野崎先輩が居た。
俺の顔を見た瞬間に、野崎先輩は俺に抱きついた。
「無茶してんじゃねーぞ。クソガキ。心配させやがって。」声が少し震えている。
「すみません。心配かけてしまって。結界張ってくれてありがとうございます。」
先輩は俺の肩を持ったまま体を離し、俺に目線を合わせた少しだけ屈んだ。
「怪我ないか?」
「はい!どこも折れてないです。」
そのまま、下を向いて安堵のため息を深く吐いた。
「んで?アンタは何者だァ?」
野崎先輩はサソリさんを睨みつけた。
「助っ人でーす!」
サソリさんは笑顔で手を振った。
スマホのバイブレーションの音が、静かな教室に響く。
【一方その頃。りんのすけ。】
マジ研の部室にて、降霊術が行われる。
降霊術には、宗派や文化に寄ってあらゆる種類があると聞いた事がある。
山河先輩が用いる降霊術は、所謂魔女が行うそれに近い。
魔法陣を書き、自分の一部を与え、呪文を唱え、召喚の儀を行った後、召喚された死者霊や神霊等を自分に憑依させる。それにより会話若しくは筆記で神の声を人々に伝えるのだ。
部室を暗くする。山河先輩は、真っ黒いローブを羽織りフードを被った。
僕とひゅうがは、部屋の隅で静かに座っている。
床にピンク色のチョークで魔法陣を描く。少しのズレでも失敗する高難易度の代物だが、彼女はブレない綺麗な線で描き切った。
魔法陣の中心に、手を伸ばす。カッターで指先を少しだけ切り、血を数滴垂らす。
魔法陣が少し震えた様に見えた。
その後、魔法陣の中心に胡座をかいて座ると、何語なのかわからない言葉を呟き始めた。
目を瞑り、手を胸の前で組む。
窓がカタカタと揺れ動き始めた。魔法陣を中心に、冷たい風が僅かに吹く。
組んだ手をそのまま上に突き伸ばした。と同時に、呪文を読み終えた。
静けさ。完全なる無音。自分の息の音が聞こえる。
目を瞑ったまま、彼女はチョークを持ち、床に数字を書き始めた。ただひたすらに。
書き終えるとチョークを離し、手を組みまた上に突き上げる。
ゆっくりと組んだ手を離して、床に降ろした。
「はぁ。はぁ。終わったぁ。まーじで疲れた。しんど。」
山河先輩は、その場に仰向けで倒れた。
「ご苦労様。この数字はどう言う意味があるんだ?」
僕は気になって、彼女に聞いた。
「それ。」彼女は倒れたまま腕を上げ、革表紙の本を指差した。
「見ても良いか?」
「うん。良いよ。はぁ。それ見ながら解読出来ると思う。はぁ。」
僕は立ち上がって本を手に取った。ひゅうがも立ち上がり、本を覗く。
「暗号?」ひゅうが僕の方を見て言った。
「僕もそう見えるね。数字の組み合わせで、アルファベットや数字を導き出すのだろう。数字を何処で区切るのかが重要で難解だ。」
僕は近くの教室へ行き、その辺にいた生徒にルーズリーフを数枚分けてもらい、ついでに筆記用具も借りた。
マジ研の部室に戻り数字を書き写す。そこから解読を始めた。
「おれも手伝うよ。」
「そしたら、一ページを六分割にしてこの数字を書き写してくれ。僕は解読に努める。」
「わかった!任せてくれ!」
二人で床に座り込み、ひたすらにペンを走らせた。英語でもフランス語でもドイツ語でもない。
「これは何語だ?」山河先輩に聞いた。
「ラテン語!」腕を上げ親指を立てた。
「先に言え。」
僕はスマホでラテン語を調べる。文法、単語、数字の綴り。そうか、わかったぞ。
最後の一枚になった紙にアルファベットを羅列していく。これをスマホで翻訳する。
「失せ物、ここに在り。この後は全て数字で、緯度と経度を表している。今から数字を言う。ひゅうが調べろ。」
「わかった!」ひゅうがはスマホを叩く。
「ここだ!」見せられた画面を僕は確認する。
「プールの入り口付近だな。向こうの奴らに連絡は取れるか?」
「そのまま自分のスマホでつーちゃんに連絡出来るゼ!」彼女はまた腕だけ上げて親指を立てた。
僕は早急につかさにメッセージを送る。
頭を使い過ぎて疲れた。壁に寄りかかって座り込む。
早く戻って来い。
【一方その頃。つかさ。】
スマホのバイブレーションの音が聞こえる。
俺は制服のズボンのポケットからスマホを取り出す。
「りんのすけからです!鬼門の出口の場所がわかったらしいです!」
二人にスマホを見せた。
「何でちぃじゃなくて、コイツからメッセージが来るんだ……。もしかして、解読したのか!?」野崎先輩は驚いた顔をした。
「何だかよくわかりませんが、うちの坊ちゃまは天才ですからね!フフフ。」サソリさんは何故か得意気に話す。
「早く行きましょう!」俺は部屋を出ようとする。
「待て、鬼門の出口は結界の範囲外だ!」
野崎先輩は俺の肩をグイっと引っ張った。
俺はよろめき、後ろに転ぶが思わぬ方向によろめいた。
「つかさ様。なかなかやりますねえ。」
サソリさんの上に倒れ込んだ俺は、何故両手で胸筋を触っていた。ムキムキの胸筋が手にフィットしている。
「す、すみません!!!」
部屋の外まで後退り、俺は土下座をした。
「良いんですよ。その話も坊ちゃまから聞いてますんで!ラッキースケベ薬ですよね?」
サソリさんは、綺麗な姿勢で屈み片手を口に手を当て、ちょっとだけ小声で言った。
「スケベの薬?何だァそれ?」
野崎先輩は、呆れた顔でそっぽを向いた。
「元はと言えば浅はかな俺が悪いんです。誠に申し訳ございません。」
俺はもう一度土下座をした。
「さあさあ、お部屋に戻って作戦会議ですよ。お兄さん達と一緒に生きて帰りましょうね?」
サソリさんは俺の体を起こし、教室の中へ誘った。
教室に戻り、三人で床に座った。お互いに情報共有から始める。
「多分薬の効果だと思うんですけど、転べば鬼の攻撃に当たらなかったです。転び方さえ間違えなければ、やられる事はないかと。」
俺は控えめに手を挙げて発言した。
「俺は何でも殺りますよ!鬼に似た様なモノを昔倒した事あるんで。」
サソリさんは微笑みながら胸を叩いた。
「似た様なのって何だよ?あの鬼を倒せるかは別だろ。」
野崎先輩は冷たく言った。
「倒したモノが何かはお伝え出来ませんが、鬼より大きかったとだけ伝えておきます。」
「マジかよ。意味わかんねェくらい強ェじゃん。」先輩は軽く引いた。
「俺様は陰陽師の術を軽く使える。鬼門の出口開くのが一番時間かかるし、鬼が向こうに出られたら困る。最初にプール一帯を結界で囲む。結界が張れるまでの間だけ、時間を稼いで欲しい。」
「わかりました。俺とつかさ様で鬼を惹きつけましょう!つかさ様はくれぐれも無茶をしないで下さいね。ヤバくなったら助けに行くんで。」
「わかりました。あの、入り口は塞がなくて良いんですか?」
「鬼門なんて普通は入りたくても入れるもんじゃねェ。外に出てから閉めりゃ良ンだよ。コイツがどうやって入ったかはわかんねェけど。」
「秘密でーす♪」
睨む野崎先輩に、サソリさんは笑顔で返した。
作戦会議を終え、三人で校舎の外へ向かう。




