第3話:検証
目録――そう考えれば辻褄は合う。
ゲームであればユーザーインターフェースによる管理画面でアイテムボックス内の在庫は一目で分かるが、恐らくあの子の能力にはそのUIがない。
ラノベやアニメで表示されているような、空中に浮かび上がった半透明のディスプレイをタッチパネルのように指で操作するといった動作もあの子は夢の中で一切見せていなかった。
能力の行使は感覚的なものなのだろう。
もしくは脳内にリストはあるが字が読めないか、そもそもUIの表示方法が分からないだけとも考えられる。
あのくらいの歳なら読み書きができなくとも不思議はない。
だから忘れないように絵という形で木板に書き留めているのだ。
ラベルがなければ机や押し入れに物を溜め込むのと変わらない。
中に何を仕舞ったのかが分からなくなり、やがては仕舞ったことすら忘れてしまう。
このアイテムボックスの中で散らばっている石や花やセミの抜け殻のようなものも、きっと少女が思い出と共に仕舞い込んだまま忘れ去ってしまった戦利品なのだろう。
それは井手自身の子供の頃にも覚えがあった。
謎がひとつ解けてすっきりしたが、次に気になったのはこのアイテムボックス内にあるタブレット端末だ。
これが中にあるのはローテーブルが壊れて傾いた際に、あとから滑り落ちるようにして入ったからであろう。
タブレットはその原型を保ったまま、光の中でピタリと静止している。
つまりこのアイテムボックスは外部から干渉できるのだ。
「あれ、そういや押し入れの中身って何が入ってたっけ……」
井手が何か閃いたと同時に別の心配事を思い出した。
「えっと、夏布団と服と扇風機とアイロンと……。まあ通帳と書類が無事ならマシなほうか……」
押し入れの中は戸に加えて中段と呼ばれる棚板もろとも、元からあったものは全て消失している。
財布や印鑑も含めた貴重品は他の場所に置かれたカラーボックスに保管されていたので不幸中の幸いと言えるだろう。
「とりあえずタブレットを取り出したいけど、どうすっかな……。ハンガーか何かで引っ掛けて取り出すのが安全か?」
無事なタブレットを先に回収したいところだが、かといって無闇に手を突っ込んで取り出すような真似はしない。
ひとつだけ命に関わる気がかりなことがあるのだ。
それは『生物がこの中に入るとどうなるか?』という疑問だ。
創作に登場する異空間収納の大半は『生きているものは収納できない』といった制約がある。
これは死体であれば問題ない。
作中の主人公達が狩ったモンスターの死骸を異空間にバンバン詰め込み、それを冒険者ギルドで取り出して職員達が度肝を抜かすというのは定番の流れだ。
現に夢の中の少女は仕留めたばかりの兎を丸ごと収納して持ち帰っていた。
つまりあの子の能力は生きてさえいなければ生物であっても収納可能なのだ。
ではそうした創作の設定でまだ生きている生物を入れようとした場合どうなるかといえば、そもそも収納できないから何も起きないで終わる話なのだが、あの子の場合は違う。
今現在こうして井手の目の前に鎮座しているこのアイテムボックスは、外部から無理やりにでも中身に干渉できるのだ。
もし裏技でも試すように井手がこの中に飛び込むとどうなるか――
井手が思いついたのは次の四つのパターンだった。
1.阻まれて入れない。
2.入っても何も起きない。
3.光に触れた部分が消失する。
4.井手の時が止まる。
時が止まるという発想については、このアイテムボックスには時間停止機能が備わっていると確信したためである。
理由はアイテムボックス内に入っている火の点いた松明を目にしたからだ。
松明の炎は光を発したままゆらめきもせずに静止していた。
となれば、もし時の止まる4番のケースであった場合は危険すぎる。
うっかり部屋で転んで全身がアイテムボックスの中に入ろうものなら、その瞬間に井手の時間は停止してしまい、大家に発見されるまでアホ面を浮かべたままコールドスリープ状態に陥ることになるのだ。
見つかれば当然大騒ぎになる。
国が介入し調査に乗り出す可能性だってありえるだろう。
井手はあの不憫な少女が一生誰かに利用され続けるような事態だけはなんとしても避けたかった。
「ん?」
一瞬井手の視界で何かが光るのが見えた。
「今のって松明か?」
見間違いでなければ光の粒子が消える瞬間を見た気がする。
そしてそこにあったはずの松明が、今はどこにも見当たらない。
怪訝な表情で井手が観察していると、また光の粒子が発生し、光は松明へと姿を変えた。
「これって向こうとリアルタイムで繋がってんのか」
今のは察するにあの子が火起こし目的で松明の火を使ったのであろう。
夢と違ってなぜこちら側ではアイテムの出し入れの際に光るのかは謎だが、それよりもこのアイテムボックスは今もオンライン状態であり、あの子は無事なのだと分かって安心した。
「つまりあの子に中身を伝えることさえできれば、こっちの道具を向こうに送れる……。けどその前に安全かどうか確かめないとな」
なんにせよ、生物である井手にとってこれが危険かどうかを先に確かめる必要がある。
井手はデンタルフロスの中身を皿に移すと、空になったケースを手に自宅を出た。
* * *
「アリンコ探しとか小学生以来だなー」
井手はアパートの敷地内で空のケースを片手にしゃがみ込み、実験材料に使うための生け贄を探していた。
未知の現象を相手にいきなり自分の体で試すような無謀なことはしない。
まずは虫を使って検証しようという腹積もりだった。
そうして井手が地面とにらめっこを続けていると、ふと背後から人の影が差した。
「何をしてるんですか? 井手さん」
柔らかい女性の声が後ろからかかる。
確か真上の七号室に住む住人のものだ。
「あ、いえ。ちょっと実験を……」
相手が若い女性であったこともあり、井手はうつむいてしどろもどろになりながらそう答える。
気恥ずかしさから振り返って顔を見ることなどできなかった。
「そうですか……。頑張ってくださいね」
大の男がアリンコ相手に遊んでいる現場を目撃されてしまったが、ギリギリ顔見知りなので不審者メールが出回るような事態は回避できたはずだと自分に言い聞かせながら、井手は気を取り直してアリンコ探しを続行する。
その後元気そうなのを一匹見つけると、ケースで掬って中に閉じ込め、部屋に戻るや蟻の入ったケースをポイッとアイテムボックスに投げ入れた。
ケースは宙で静止したが、中の蟻は重力の影響をしっかりと受けており、元気に壁をよじ登って透明な牢獄からの脱獄を図っていた。
生きている蟻はアイテムボックスの影響を受けていない。
恐らく2番のケース『入っても何も起きない』であろう。
「けどまだ油断はできないな」
蟻の様子を確認した井手は、そのまま自身の体でも試すことにした。
「大丈夫……。蟻がいけたんなら問題ないはず……」
井手はアイテムボックスの前に立つと一度深呼吸をし、肉の芽を引き抜くような慎重かつ繊細な動きを脳内でイメージしつつ、歯を食いしばりながら震える手で小指の先を1ミリずつアイテムボックスの中へと入れた。
井手の指先がアイテムボックスにそっと触れる――
シャボンの膜を通るような感覚がしただけで、指先から血が流れ出るようなことはなかった。
「よっしゃ! いけるいける!」
問題がないと分かった途端に彼は強気になり、躊躇なく腕を突っ込むと中のアリンコケースとタブレットを回収した。
しかし検証はこれで終わりではない。
万全を期すため、井手は最後の実験を試みることにした。
* * *
「ほら見て? みーんな中に入っちゃってるよ? 中でぷかぷか浮かんでてすっごい気持ちよさそうだよね」
「にゃー」
井手はアイテムボックスの前で猫を抱えて立っていた。
猫はアパートの近くに住み着いている人懐っこい野良猫である。
井手はアリンコをリリースした後にスクーターでひとっ走りし、普段の昼飯代よりちょっとお高い猫缶とチューブタイプの餌を購入するや、それを使ってこの猫をおびき寄せた。
「あとでご褒美をやるからちょっと実験に付き合ってくれ」
猫は分かったのか分かってないのかニャーとひと鳴きすると、それを了承と捉えた井手によって捕獲された。
井手がここまでする理由は
『全身がアイテムボックス内に入っても時間は止まらないか?』
『虫と哺乳類では魂の格のようなものが違うとみなされるのではないか?』
という疑問を解消するためだ。
その辺にいっぱい歩いている服を着た霊長類で試すわけにもいかないし、犬は時間停止能力に耐性があるという理由でこの猫が選ばれた。
井手の手の中でだらんとぶら下がる猫は、目の前にある光の箱や中に浮かぶ数々の道具に興味津々なようである。
「じゃあ他のみんなもとっくに中に入っちゃってるし、君も先っちょだけでも試して見よっか?」
「にゃー」
「え? ホントに入れちゃっていいの? じゃあ入れちゃうよ?」
猫の前足が光に触れ、井手の手と共にアイテムボックスへと入っていく――
猫は不思議そうに首を動かしながら尻尾をゆらゆらさせている。
「あー! 入っちゃった! ずっぽり入っちゃったねー。 もうせっかくだから最後まで入れちゃおっか!」
そうしてついに猫の全身がアイテムボックス内に収まった。
手の中の温かさと重みは変わらない。
猫は激しく暴れることも、時間が止まるといったこともなく、ちょうど目の前にあった兎の毛皮に元気にペシッと猫パンチをお見舞いしていた。
* * *
「悪いけどあげるのは今日だけだからな? 飼ってるって思われたら怒られるから無理なんだよ……」
実験を終えた井手はアパートから少し離れた人気のない場所で、協力してくれた猫にご褒美の猫缶をプレゼントしていた。
紙の上に盛られた餌を食べる猫の背を撫でながら、井手はこの後どうするかを考える。
実験は成功し、あれが安全であると確認もできた。
あとはあの子にこちらの存在を伝えるだけだ――
猫が平らげた後のゴミをレジ袋の中へと突っ込むと、井手は深く決意を固めた。




