第17話:交渉-2
「テレサお姉ちゃんだ」
ハルの背中からこっそり顔を覗かせていたネフェルが、その見覚えのある金髪を見て思い出したように呟いた。
「あの女性と知り合いなのですか?」
ハルが銃を構えたまま問いかける。
「うん。ハルがこっちに来るちょっと前にね、あのお姉ちゃんが森で迷ってたから助けてあげたの。それでお腹が空いてたみたいだから、リョーゴおじさんのお弁当を分けて上げて、森から出られるようにランタンも貸してあげたの」
ハルが女性の姿を拡大して確認すると、その腰には井手が送っていたものと同一モデルのLEDランタンが吊り下げられていた。
既に知られていたのか──
これは事前にネフェルから聞き取りをしなかった、ハルや井手達の落ち度である。
井手達はネフェルのトラウマに触れてしまうことを恐れ、彼女の境遇については落ち着いた頃に追々話してもらうスタンスでいた。
また当のネフェルも、ハルがこちらの世界へとやって来てからは、毎日が楽しさと驚きと夢のような日々の連続で興趣が尽きなかったため、迷子のお姉さんのことなどすっかり忘れてしまっていたのだ。
「それでね?一人だと危ないから、一緒に街で暮らそうって言って連れて行かれそうになったけど、街に行くのは嫌だったから、途中で逃げて戻ってきたの。……もしかしていけないことだった……?」
ネフェルはどこか不安そうにハルを見上げながらそう聞いた。
「いいえ。困っている人を助けるのは、人として素晴らしい行いです。ネフェルのしたことはとても立派なことですよ」
ハルは警戒を続けながらも、優しく頭を撫でて落ち着かせる。
ネフェルはハルに褒められ、くすぐったそうに顔をほころばせた。
「不思議な道具のことを、あの女性にはなんと説明したのですか?」
「拾ったって言ったから大丈夫」
それで相手が納得したとは思えないが、最も危惧していたアイテムボックスの能力が知られていないのであれば、まだごまかしようはある。
あの馬に積んだ大荷物を見る限り、やはり異空間収納のような能力は特別な力と見るべきだ。
テレサと言うらしい金髪の女性は、何やら仲間と話しながら武装を解除していた。
距離が離れすぎているため、その会話の内容は聞き取れない。
ハルは相手の口元を拡大して読唇術を試みてはいたが、知らない単語も交じっていたため全容までは掴めなかった。
やがて仲間の制止を振り切り、剣もナイフも捨てたテレサが、両手を軽く上げて丸腰でゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。
ハルはX線スキャンによる武装のチェックを試みたが、攻撃魔法の可能性は残しつつも、どうやら本当に武装を解いてこちらに向かって来ているようだ。
その様子を見たハルは一旦警戒を解くことにし、構えていた銃をホルスターへとしまう。
それに合わせて赤く灯っていたモノアイの色も、いつもの緑へと戻っていった。
彼我の距離が2メートルほどに縮まったあたりで、テレサは歩みを止めて立ち止まる。
そしてハルの隣に立つ少女へと笑顔を向けた。
「ネフェルちゃん久しぶり!元気だった?」
少女が元気にうんと返事する様子を見て微笑み返すと、続けてその視線がハルへと向けられ、その表情は困惑へと変わる。
「えっと、それで隣にいるゴーレムは、もしかしてネフェルちゃんのゴーレムなのかな?」
「ごーれむ?」
ネフェルは初めて聞く言葉にこてんと小首を傾げる。
ハルにも今の言葉はゴーレムと翻訳される形で伝わった。
視界の隅で録画データをリプレイしたところ、先ほどのテレサの発音はまったく別の言葉ではあったが、ハルの持つ言語理解のスキルはそれをゴーレムと翻訳する形で処理していた。
つまり地球の創作などで語られているものと同じ共通概念ということになる。
こちらの世界にも恐らく自身のような自動人形が存在するのであろうと推測したハルは、即座にカバーストーリーを構築し、テレサの疑問に自己紹介の形で答えを返した。
「両手を下ろしてください。わたくしはゴーレムのハルと申します。今はこの森で、わたくしの契約者であるこの子の守護者を務めております。失礼ですが、本日はどのようなご用向きでこちらへ参られたのでしょうか」
これを受けて、テレサは大いに慌てふためいた。
なんか遠くの方で声はしてたけど、ほんとにゴーレムが喋ってる!
しかも私よりかしこそうに……!
「てっ、テレサです!えっと!ちょっと待っててください!すぐに!今すぐ領主様に取り次ぎますから!」
「領主様……?」
テレサはそう言うや全力ダッシュで仲間達の元へと駆け出すと、領主と思われる男性に大きな身振り手振りを交え、時折こちらを指差しながら必死に何かを伝えていた。
「ネフェルはあのように人を指差したりしてはいけませんよ」
「うん。……ねえハル、りょーしゅさまって?」
「この土地の本来の持ち主です。私達からすれば、王様の次くらいに偉い人だと思ってください」
「もしかして追い出されちゃうの……?」
不安そうな眼差しで見上げながら、ネフェルがハルの手をぎゅっと握る。
ハルは安心させるように見つめ返すと、そっとその頭を撫でた。
「それはまだ分かりません。ですが何かあれば、ネフェルを抱えてすぐに逃げます。びっくりしてヒヨコの鞄を落としたりしないよう、しっかりと握っていてくださいね?」
「うん……」
まさかいきなり領主が出向いてくるなど想定外のことではあったが、遠目から見た部下達とのやり取りを観察する限り、横暴なタイプではないように見える。
どうやら領主は話を聞き終えたようだ。
再度テレサが使者としてこちらへ来るのかと思えば、意外なことに領主もその場に剣を置くと、領主自らこちらへと歩き出した。
部下であろう大柄な男も諦めたように首を振ると、同じく武器を残してその後に続く。
テレサも馬の手綱を木に結びつけ、再びこちらへとやって来た。
領主が先ほどのテレサと同じ距離を空けて立ち止まる。
先に口を開いたのは彼の方だった。
「私はこの地を預かる領主のジェラルド・フォン・ヴァルトだ。此度は少女を保護すべくこの地へ赴いた。確かハルと言ったか。君がその子を保護しているというのは本当か?」
ハルは領主に対し、下ろした両手を正面で重ね、丁寧な所作で一礼した。
ひざまずくような真似はしない。
自分の主は隣に立つ少女であると暗に示すためだ。
その主はというと、こちらもハルを真似して隣でぴょこんとお辞儀をしていた。
「お初にお目にかかります。わたくしはゴーレムのハルと申します。先ほどは大変ご無礼をいたしました。ご承知の通り、森での暮らしに不自由のないよう、今はこの子の生活の手助けをしております。領主様の領地とは存じ上げず、このように勝手ながら土地を開墾してしまい、まことに申し訳ございません」
言い終えてハルは再び頭を下げる。
隣のネフェルもぴょこんと頭を下げて「ごめんなさい」と謝っていた。
先ほどのテレサからの報告で聞いてはいたが、ジェラルドはハルの洗練された所作を実際に目にし、ぴくりと眉を動かした。
自分達の知るゴーレムとは、似ているようでいてその何もかもが違う。
だがそんな動揺を悟られぬよう、ジェラルドは努めて冷静に振る舞い、二人の謝罪を片手で制した。
「謝罪は無用だ。そうかしこまらなくとも構わない。ここへはお忍びで来ただけだからな。いずれはこの辺りまで開墾を進めたいとは思っていたが、なかなか手が回らず私も手をこまねいていたのだ。飛び地のようにはなってしまったが、こうして手入れをしてくれたことはこちらも助かっている」
領主は最初こそ威厳のある態度を見せていたが、すぐにも気さくな様子で接してきた。
「ああ、それと実はその子に謝礼の品を持ってきていてね。マーク、あれをこちらに」
マークと呼ばれた大柄の男が馬の鞍から荷をひとつ解いて戻ってくると、蓋を開けてその中身をネフェルに見せる。
中には真新しい子供服や木彫りの人形、他にもビスケットに似た焼き菓子などが詰め込まれていた。
「森で遭難していた私の部下を助けてくれただろう?これは私からのお礼だ。テレサを救ってくれて感謝する」
ジェラルドが片膝を突き、ネフェルと目線を合わせながら微笑みかけると、「良かったね!ネフェルちゃん!」とテレサも祝福してくれた。
大人達からお礼を言われたネフェルはちょっぴり恥ずかしそうにはにかみながら、「ありがとうございます」とお行儀よくぺこりと頭を下げていた。
* * *
「ハル、君に少し話がある」
ネフェルとテレサの二人がキャッキャしながら領主からの贈り物を広げているなか、ジェラルドがハルに話を持ちかける。
テレサ達とヒヨコのかしましい声を遠くに聞きながら、二人は広場の離れた場所で話し合う流れとなった。
「君達二人の今後についてだが、元々我々は、この危険な森で暮らす子供を保護するつもりでここへ来た。君が先に保護してくれていたおかげで、その予定は変わったがね」
領主のこの言葉自体に嘘はない。
バイタルサインの数値を見るに、虚言の可能性は限りなく低い。
恐らくはネフェルの気を引くためのものであろうが、わざわざプレゼントを用意していたことからも、人さらいまがいの強引な手段で連れ帰るような真似はしなかったと推測できる。
ただしその目的は、単なる保護だけが理由ではないのだろう。
「そこで私からの提案は二つある。ひとつは二人一緒に私の屋敷で暮らす案だ。君達二人を賓客として屋敷に迎えよう。決して不自由はさせないので安心してほしい」
ジェラルドは当初、保護した少女をそこまで高待遇で迎えるつもりはなかった。
だがハルも一緒だと知り、二人に俄然興味が湧いた。
こうして意思疎通が可能なゴーレムなど、過去にひとつとして例がない。
話を聞くだけでも値千金の価値がある。
「そしてもうひとつは、このままここでの生活を続けるというものだ。既に開墾を終えたこの地に住む形で構わない。その場合も私の庇護下に入るので、可能な限りの支援を約束しよう。仮にこのまま開墾を進めてくれるというのであれば、こちらとしても助かるのでその分厚遇もする。ただし、開拓地としてこの地に領民を住まわせることについては飲み込んでもらいたい。この場所を無人に近いまま放置し続けるわけにはいかないのでな。ここが賊どもの溜まり場とならぬよう、兵も置いてここを村として管理させてもらう。移住者の選別については、素行に問題のある者は寄越さないつもりだ。この条件でどちらかの案を選んでもらえると助かるが、君の意見を聞かせてほしい」
「格別のご配慮に感謝いたします。ではわたくしは、ネフェルと共に後者を選ばせていただきます」
領主からのこの問いに、ハルは迷うことなくこの地に留まることを選んだ。
アイテムボックスを利用するなら、耳目の少ない環境であるほうが都合が良い。
ハルは少し離れた場所のネフェルを見やる。
ネフェルはテレサが用意していた贈り物の髪飾りを着けており、今は贈呈品の中にあった焼き菓子を砕いてヒヨコ達へと与えつつ、テレサと二人で仲良く一緒に食べているようだ。
そのそばでは物怖じしない一羽のヒヨコがじーっとマークを見上げており、マークは触りたいのをぐっと我慢しつつも周囲の警戒に務めていた……。
ネフェルは人の多い場所を避けたがる傾向にあるようだが、かといってここで一生他人と関わらず、子供のうちから隠者のような暮らしをさせ続けるのは望ましくない。
見たところ、少し関わっただけのテレサとはあのように上手くやれている。
人嫌いもきっかけさえあれば徐々に改善されるはずだ。
「領主様はわたくしにいかなる対価をお求めでしょうか」
自分のような存在を、屋敷へ連れ帰らず理由もなくここに住まわせたりはしないだろう。
「君達が所有している魔道具だ。相応の対価は支払うので、良ければ迷宮から持ち帰ったものをいくつか買い取らせてもらいたい。実は今回ここへ来たのは、あの迷宮の調査も兼ねてのものでね。あの場所について知っていることがあれば、それについても話を聞かせてほしい」
そう言いながら、ジェラルドはネフェルとハルが暮らす洞穴の方へと視線を向ける。
このときハルは、今しがたジェラルドが口にした魔道具や迷宮といった単語に、表向きでは反応を示さなかった。
この手の話題は井手達とのやり取りの中で、仮定の話としてダンジョンやマジックアイテムといった不思議なものが、この世界に存在するかもしれないと聞かされていたのだ。
どうやら領主達は、あの洞穴の奥が彼らの言う迷宮と繋がっていて、LEDランタンのような不思議な道具の出所もそれによるものと勘違いをしているようだ。
今や洞穴はハルの手によって関所のような木板の壁が築かれており、そこに以前のような開放感はどこにもない。
窓に取り付けられた金属製の面格子というのも、中を封鎖し何かを隠すための演出として一役買っているとも言えよう。
こちらとしても誤解されたままである方が好都合だ。
彼らのこの勘違いを、ハルはそのまま利用することにした。
「領主様。せっかくのお話を中断してしまい恐縮なのですが、ひとつ小話をお聞きいただけますか?」
「構わない。どんな話だ?」
話をはぐらかされたような形にはなるが、それでもジェラルドが気分を害することはなかった。
なにせ意思を持つ人形が目の前で喋っているのだ。
その人形が一体どのような話を聞かせてくれるのかと興味が尽きなかった。
「鶴の恩返しという、わたくしの国の民話です」
あの扉の奥に国があるのかという言葉を、ジェラルドはすんでのところで飲み込んだ。
「ぜひ聞かせてくれ」
ハルは遠くの景色を見据えながら、静かな口調で言葉を紡いだ──
「ある雪の日のことです。一人の貧しい男が、猟師の仕掛けた罠にかかった一羽の鶴を見つけました。鶴というのは、わたくしの国に住む白く美しい鳥の名です。不憫に思った男が罠を外してやると、鶴はそのまま空へと飛び立ちました。そしてその夜、一人の美しい娘が男の家を訪ねて来ました。旅の途中で道に迷ってしまったので、一晩だけ泊めてほしいと言うその娘を、男は快く迎え入れます。そして吹雪が止まず何日も逗留が続くうち、気の合った二人はそのまま夫婦となりました。」
ハルが話に選んだ鶴の恩返しは、ネフェルの日本語教育で使われた教材のひとつだ。
ハルが読み聞かせてくれる異国の不思議な物語に、ネフェルは魅了された。
しかもそれらは絵本という形で、目で見て楽しむことも出来たのだ。
ネフェルはハルにせがみ、その膝の上で様々なお話を読み聞かせてもらっていた。
「そんなある日、布を織りたいので糸が欲しいと、娘が男に頼みました。そして男が買ってきた糸を受け取る際に、娘はひとつだけ約束を守ってほしいと告げたのです。私が布を織る間は、決して部屋を覗いてはならないと……。不思議に思いながらも男がそれに了承すると、娘は三日三晩部屋に籠もって布を織り、それは見事な反物を仕上げてみせました。それを町で売るよう娘に言われて持って行くと、そのあまりの美しさから評判となり、布は高値で売ることが出来ました。娘がその次に織った布も前以上に高く売れ、男はたちまち財を成したそうです。……領主様。男はその後どうしたと思われますか?」
「覗いたわけか」
目の前のゴーレムが遠回しに警告していることは、すぐに察しがついた。
「はい。好奇心に負けた男が約束を違えてそっと部屋を覗くと、一羽の鶴が自身の羽毛を抜き、糸に織り込みながら布を織っていました。娘の正体は男が罠から助けた鶴だったというわけです」
「……それで、その男はどうなったんだ?」
まさか口封じに殺されちゃあいないよなと、一瞬不穏な考えが頭をよぎりながらもジェラルドは続きを促した。
「正体を知られてしまった以上もう一緒にはいられないと、元の鶴の姿に戻った娘は空へと飛び去り、そのまま二度と帰ってくることはありませんでした。後に残ったのは美しい妻との思い出と、その妻が最後に仕上げた反物だけ……。その後その男は絶望し、後悔を抱え続けたまま堕落したというお話です。」
──なんとも身につまされる話だ。
とはいえ、あれらの魔道具に関して交渉の余地があると言うならそれでいい。
こちらとしては魔道具さえ手に入れば問題ないのだ。
わざわざ命を賭けて危険な迷宮に立ち入らずとも、二人が安々取ってきたものを仲介を挟む形で取引できるなら異存はない。
まさか物語の中のツルのように、少女と二人してあの洞穴の中で内職に励んでる……、なんてことはないだろう。
迷宮の内部がどのような場所に続いているかは気になるが、それがもし本当に別の国へと繋がっていたとしても、侵略の意図はないように見える。
こうして周囲の土地を切り拓いてはいるが、どう見たって橋頭堡には思えないのだ。
敵地の最前線にあのような綺麗な花畑なんぞ作ったりはしまい。
「実に不思議で面白い話だった。屋敷に帰ったらうちの娘にも聞かせてやりたいくらいだ。だが私がその男なら、女性と一度交わした約束を違えるような真似はしないな。ましてやその相手が愛する妻というならなおのことだ」
領主のその返しにハルは笑いでもしたのか、口元に拳を添える仕草をしつつ言葉を返した。
「仲睦まじいご家族でいらっしゃるのですね。奥様やお嬢様にとっても、きっと領主様は自慢の旦那様であり、素敵で優しいお父様なのでしょう」
「ああ、よく言われるよ」
ジェラルドもフッと笑い、ようやくハルに対し相好を崩す。
このハルと名乗るゴーレムは、見た目こそ異質だ。
初めは人間のような顔や表情がないので、その外見から何を考えているのか分からない不気味な存在に思えていた。
だがこうして話してみると意外に気さくで、それは人間相手に話しているのとなんら変わらない。
もし自分が子供の頃に、このような存在と出会っていればどう感じたか……。
あの少女が懐いていた理由も、少しは分かるような気がした。
ハルはふと視線を外すと、壁の築かれた洞穴を一瞥しながらジェラルドへと語りかける。
「もし領主様が、扉の向こう側の秘密を詮索なさらぬとお約束いただけるのであれば……。その見返りに反物や魔道具以上に価値のあるものを、わたくしがご用意いたします」
「……それは一体どのようなものだ?」
あれらの不思議な魔道具以上に価値のあるものと聞かされ、ジェラルドは無意識にごくりと唾を飲む。
ハルはジェラルドと目を合わせ、その言葉を告げた。
「知識です。領主様の領地発展に必ずお役立ていただける、わたくしの国の知識をご提供いたします」




