第17話:交渉-1
「それにしてもハルって強いですよね。百発百中で全部急所に当ててるみたいですし」
大型モニターに映し出されたハルの動画を視聴しながら、井手が隣に座る八木沢へと話しかけた。
ハルを異世界へと送ってから、今日でちょうど一週間……。
井手達は今もアイテムボックスを監視するチームと、物資を調達するチームにその都度分かれて活動している。
そのため井手と八木沢の二人は、今日は井手の部屋にて留守番中である。
「未来位置の予測と弾道計算を瞬時にこなすから偏差射撃が正確なのよ。レベルアップのお陰でCPUの性能も上がってるから、よっぽどの相手でもない限り、外すことはまずないわね」
大画面に映し出された動画の中で、ハルは開墾作業のさいちゅうに獣の存在に気付き、茂みの奥に向けてバースト射撃を行っていた。
メイン画面には敵の姿など影も形も映っていないが、画面端に小さく表示された防犯カメラの映像には、頭を吹き飛ばされる狼に似た生き物がバッチリ記録されていた。
ハルの姿を視認することなく、拠点に近付いただけで仲間の狼が音と共に弾け飛ぶのだ。
狼の側からすれば、未知の恐怖でしかないだろう。
この狼達の襲撃については、ハルが初めて仕留めた日を境にその後も度々発生するようになり、時には六頭の群れから襲撃を受けたこともあった。
だがその度に、ハルはあえて一頭だけを見逃しながら難なく駆除を行っている。
そうして見逃すことで他の群れにもこの場所の危険が伝わったのか、襲ってくる数は徐々に減ってはいるようだ。
「ところで、弾切れの心配ってないんですか?あんまり派手に弾を持ち出してたら、そのうち会社にバレるかもしれませんよね?」
ハルの扱う大型拳銃やその銃弾は、佐方の会社で製造されているものを廃棄品扱いにし、横流しして手に入れたものだ。
現時点では佐方が言っていたように、なにかの力が働いているのか、横流しの件は露見していない。
それでも銃弾の在庫が少なくなるたびに会社からくすねていれば、それだけ発覚のリスクも高くなる。
いずれバレるのではと、井手が不安に思うのも当然であろう。
「弾薬問題に関しては、そのうちこれに乗り換える予定だから心配ないわよ」
そう言いながら、八木沢が壁際に置かれていた段ボール箱を持って来た。
今朝宅配で届いていた荷物である。
八木沢が開封したので井手が箱の中を覗くと、銀色に輝くコインのようなものがぎっしりと詰め込まれていた。
「これ、もしかしてゲーセンのメダルですか?」
取り出した一枚を見ながら井手が首を傾げる。
どうみてもゲームセンターで使われている普通のメダルである。
「そ。ネットショップで売ってたやつ。これを指弾の弾として使うのよ」
「指弾って、確かつぶてなんかを指で弾いて攻撃する技ですよね?そんなのが拳銃の代わりになるんですか?」
ちょっと待ってねと、八木沢が端末を操作して別の動画を再生する。
再生された動画の中では、遠くの台にある簡易な顔を描いたバレーボールが、ハルの親指で弾かれた五円玉によって一撃で破裂させられていた。
「レベルアップのお陰でハルの性能が上がってるでしょ?後で全員そろった時に動画を観てもらう予定だけど、実はハルに頼んで実験してもらってたの。こんな小さなメダル一枚でも、今のハルが使えば人間の腕くらい簡単に吹っ飛ばせるわよ」
「強いとは思ってましたけど、今のハルってそこまで強くなってたんですか」
ハルが斧で木を伐採する時に、残った切り株を片手で引っこ抜く様子は井手も動画で知っていた。
華奢な体で重機並みのパワーを見せてはいたが、ただのメダルを凶器に変えられるほどとは驚きだ。
そんなに強いハルと一緒なのだから、ネフェルもさぞかし安心できることだろう。
「別に弾自体はその辺に落ちてる小石とかでもいいんだけど、コインやメダルだと規格がそろえられるから、精密射撃をするのにうってつけなのよ。実験で使ったのは五円玉や十円玉だけど、それだと数を用意するのが大変でしょ?だからネットで大量注文できるメダルにしたってわけ」
「へぇ。なら弾切れの心配はなさそうですね。銃もいいですけど、指弾で戦うってのもなんかロマンがありますよね」
井手はいつぞや観た昔のアニメで、ラスボスの大仏のような大男が、百円硬貨を指弾で飛ばして牽制するシーンを思い出しながらそう言った。
「良かったら今度ハルがこっちに帰って来た時に、どれだけ正確に指弾を撃てるかウィリアム・テルみたいに体験させてあげるわよ?井手君、タバコの箱って持ってる?」
「それって俺の腕が吹っ飛ぶ流れじゃないですか!絶対にやりませんからね!!」
* * *
時を同じくして、時刻は中天を過ぎた頃――
霧の立ち込める帰らずの森の奥に、コン……コン……と、小気味良い音が響いていた。
ハルの振るう斧の音だ。
拠点周辺の開墾を行うために、ハルはこうして樹木の伐採を行っている。
その伐採方法はかなり豪快なもので、斧である程度の切れ込みを入れたところで、木の幹に前蹴りを叩きつけて蹴り倒すといった手法を取っていた。
レベルアップによる強化を用いた荒業だ。
この方法のお陰もあって、短期間の間に既にかなりの木々が伐採されている。
当初は音による獣の襲撃を心配していたが、銃声がしても現れるのは今のところ狼程度。
時折木に擬態した何かが森の木々に混じっていることはあったが、そちらはネフェルに聞いたところ、大人しい木のオバケとのこと。
それらの擬態についてはハルがセンサーで識別を行い、見抜いた個体にカラースプレーで目印だけ付け、放置しながら伐採を続けていた。
元々この洞穴の入り口周辺は、やや開けた場所ではあった。
しかしハルが尽力してくれたお陰で、今やその範囲はテニスコート二面分にまで拡げられている。
銃の射線が通りやすくなったことで、敵性生物への対処も容易となった。
更には敷地内の一角に早くも様々な農作物や果樹が植えられており、しかもそれらは全てが実りを迎えた状態で植わっていた……。
そう、早くも実ったのだ。
事の発端は四日前、ネフェルがリンゴの種を植えた日にまでさかのぼる――
* * *
「ハル!ハル!リンゴの木が生えてる!」
その異変に真っ先に気付いたのはネフェルであった。
道を作って一仕事終えたハル達がもうひとっ風呂浴びようと立ち上がった時、気付いたネフェルが大騒ぎしたのだ。
既にハルの背丈すら越えていたその木を見てみれば、目印代わりに刺したお子様ランチのイギリス国旗を幹に取り込みながら育っており、葉の形状などからもそれがリンゴの木であることは間違いなかった。
しかしタイムラスプで撮影したかのように、植物が目に見える速度で成長する光景は異様そのもの。
ハルはすぐさまその情報を、アイテムボックス経由で井手達へと伝えた。
ほどなくして各種道具と共に、様々な種やら苗やら枝木やらが届けられ、それらは検証のためにとその日のうちに植えられることとなる。
するとその翌朝には、小さいながらも立派な畑と果樹園と花畑が出来ていた。
しかもそれらは季節も受粉も関係ないとばかりに、全て単独で結実していたのだ。
「すごいすごい!お花が咲いて実が成ってる!」
おとぎ話のような光景を目にしたネフェルは大興奮。
色とりどりの綺麗な花々を見て喜び、瑞々しい野菜や果物達を見て食べてみたいとハルにねだった。
しかしここで待ったがかかる。
たった一日で育ったこれらの作物を口にしたとして、果たして安全かどうかがまだ分からないのだ。
そのためハルは収穫したサンプルを箱に詰めて一旦井手達の元へと送り、地球での成分分析を依頼した。
すると届いた箱の中身を見た井手がこう言ったのだ。
「なんか美味そうだし、俺が食って確かめますよ」
その場にいた他の面々はどうするか悩んだが、「もし危険であれば恐らくお告げがあるはずだ」と最近信仰心が芽生えた佐方も食べると言い出し、結局全員で試食する流れとなった。
そして食べた感想は「普通に美味しい」といったもの。
味は日本のスーパーで手に入るような、慣れ親しんだ普通の美味しさ。
別に食べたからといってパワーアップすることも、魔力的な何かが体内にみなぎるようなこともなく、ただの新鮮で美味しい野菜と果物というのが皆の感想である。
というわけで、ネフェルが食べても大丈夫そうだと実験結果が伝えられ、その日から井手達の元にもネフェルが手ずから収穫した新鮮な野菜や果物が届けられることとなった。
合わせて農作業も解禁されたので、ネフェルは敷地に自由に種を撒き、ハルと協力しながらスローライフ系ゲームのように畑を拡張していった。
ちなみに味以外についても検証が行われたのだが、その結果この植物の急成長は、土壌に影響を与えていないことも判明している。
育つ前と後とで途上測定機を用いて調べたところ、土中の栄養分には一切変化がないまま、たった一日で成木へと育っていたのだ。
まごうことなきチートである。
ただしこの劇的な急成長はどうやら一世代限りのものらしく、急成長した果物の種や枝木を植えた場合は通常通りの育ち方であった。
放ったらかしにすると無限増殖する某栗まんじゅうのような事態にはならないようで何よりである。
* * *
そんな世紀の大発見をした当のネフェルはと言えば、彼女は現在広場に設置したタープの下で、レジャーシートとローテーブルを広げて青空教室スタイルでお勉強中だった。
ネフェルが字を習いたいと言った四日前、それを聞いた地球の保護者達は、ハル達が農業試験を行うさなかに山のような量の教材をかき集めてくれた。
絵日記を書きたいから字を習いたいと言っただけなのに、届いた教材の中身は油粘土に彫刻刀、果てはリコーダーや鍵盤ハーモニカまで含まれていたのだ。
このネフェルの教育課程については、小学校の時間割のようにコマ割りで様々な内容をお試しで体験してもらい、その中で特に興味を引いたものを重点的に学んでもらうスタイルで進めている。
しかし今のようにハルが開拓業務をこなさなければならない場合、付きっきりで授業を行うのは難しい。
そこで代替案として、リモート授業が採用された。
『では、この問題の答えは分かりますか?』
「えっとね……、しゃん!」
『はい、答えは3で合っていますね。ですがその顔はあまり真似をしてはいけませんよ』
今は算数のお勉強中。
答えに3の数字が入っていたため、ネフェルはアホみたいな顔をしながら元気に3と答えていた。
井手が余計なことを教えた結果だった。
ハルは少し離れた場所で伐採作業を続けながらも、こうして卓上に置かれた見守りカメラを活用することで、授業と開拓のダブルワークを見事にこなしている。
そのお陰もあって、ネフェルの勉強の成果はメキメキと伸びていた。
既におはじきやリンゴの絵を使った数の数え方は修了しており、今ではアラビア数字と四則演算記号を用いた足し算引き算の計算も、こうして問題なくこなせるようになったのだ。
ネフェルの物覚えの良さには目を見張るものがあるが、そんなネフェルの足元には、別の意味で目を見張るものがいた。
ヒヨコである。
黄色いふわふわしたのがネフェルの足元で暖を取るように集まり、今は黄色い団子になってスヤスヤと眠っていた。
このヒヨコ達は全て地球から持ち込んだ有精卵から孵った雛である。
通常、ヒヨコが卵から孵るには約3週間を要する。
だがほんの数日前に十羽の雛が一斉に殻を割って出てくると、その様子を観察していたネフェルを刷り込みにより親と認識し、このように懐いてしまったのだ。
これらのヒヨコや種に見られる異常な成長速度については、成長補正がかかるスキルが転移時に付与されているのではないかという井手の説が有力視されている。
加えて有精卵の発案者である伊口に配慮して井手は口にこそ出さなかったが、このままヒヨコ達が頭は鳥で体は人間のバケモノへと成長し、「僕は鳥人だよ」とある日いきなり人語を喋り出してネフェルがギャン泣きするのではと密かに危惧していた。
だがそうした怪しい兆候は、ヒヨコ達の普段の呑気な振る舞いからは見られない。
少なくとも今のところは……。
そんな牧歌的な雰囲気の中で、ハルは今日も淡々と斧を振るいながら、ネフェルのリモート授業を行っていた。
しかし不意にその動きが、斧を振りかぶったままの姿勢でピタリと止まった。
――侵入者がいる。
拠点周辺には森の中も含めて、既に無線式の監視カメラを何台も設置済みだ。
そのうちの一台から動体反応が検知されたため、ハルは即座にHUDにカメラのライブ映像を表示させる。
カメラからの映像は森の中に漂う霧の影響で鮮明ではなかったが、馬を一頭だけ引き連れた三人の男女が、真っ直ぐこちらを目指して進む様子を樹上のカメラが捉えていた。
足取りに迷いがまったくない。
森に響く斧の伐採音を聴いていたにしても、方向感覚があまりに正確過ぎる。
その集団は、明白な意図を持ってこの拠点へと向かっていた。
「ネフェル!」
珍しく動揺でもしていたのか、卓上カメラのスピーカーからではなく、ハル本体から大きな声が上げられた。
それだけで何かあったのだとネフェルはすぐに事態を察し、立ち上がると素早く靴に履き替える。
驚いたヒヨコ達もお昼寝から目を覚まし、ネフェルの足元に集まりすわ何事かとピヨピヨ騒いで見上げていた。
ネフェルが編みかごバッグを地面に置いて寝かせると、ヒヨコ達は慣れた様子でわらわらとバッグの中へと避難を始める。
そうして無事にヒヨコ達の回収を終えたところで、ネフェルは駆け寄ってきたハルと合流した。
「どうしたの?」
「人が来ます。耳を塞いで私の背中に隠れてください」
ハルの瞳がいつもの緑から赤へと変わる。
危険が迫った時にハルの目が赤く光ることは、ハルと狼との戦闘を見てネフェルは既に知っていた。
初めてハルの赤い目を見た時はその変化に驚いたものだったが、本気のハルはとても頼もしい。
銃を抜いたハルの背後に庇うようにして立たされた今も、ハルの強さを信じていたネフェルが不安がるようなことはなかった。
ハルはネフェルを背後に庇いつつ、片手で構えた拳銃を森の方へと静かに向ける――
茂みの奥にいる侵入者の姿そのものは、アイカメラではまだ視認できない。
だがハルは攻撃対象の位置の割り出しを済ませ、既にターゲットを捕捉していた。
監視カメラとリンクさせることで、三人の侵入者の輪郭を赤色のアウトラインで表示していたのだ。
そして構えられた銃口は、先頭を歩く大柄な男の無防備な喉元へと向けられていた――
ハルにはロボット三原則にあるような、人間に危害を加えてはならないといった制約は課されていない。
こちらの世界へ来る前に、佐方の指示で八木沢によって既に削除されているためだ。
だからといって問答無用でいきなり人を撃つような真似はしないが、魔法のあるこの世界では警戒するに越したことはない。
もし相手の口元が呪文の詠唱といった不審な動きを見せたり、その体から発光現象などが見られた場合……。
ハルは即座に引き金を引き、喉元もろとも吹き飛ばすつもりでその狙いを定めていた。
やがて先導している大男が、茂みの奥から姿を現す。
男が姿を見せたその瞬間、ハルは侵入者に向けて警告を発した――
* * *
「止まりなさい」
よく通るその声に、先頭を歩くマークは歩みを止める。
戦闘経験の豊富なマークであったが、身構えるよりも困惑の方が先立った。
その人の姿を象った赤い一つ目の異形は、かつて彼が刃を交えた古代遺跡の墓守り達とどこか似たような雰囲気をまとっていた。
しかしこちらを威嚇する素振りはあれど、あの墓守り達とは違い、そこには魔力も殺気も感じられない。
「ここへ来た目的を答えなさい」
拡声機能によって増幅された若い女性の声が辺りに響く。
その背後で見え隠れしている空色の髪の子供が、恐らく件の少女なのであろう。
しかしその様子から、マークの目には異形が子供を庇うためにこちらを警戒しているようにしか見えなかった。
そして何よりそのゴーレムと思しき異質な存在は、こうして自分達の母国語で語りかけている。
つまり意思疎通が可能な相手であるのだ。
「何があった?」
少し離れて後に続いていたジェラルドが、異変に気付いて声をかける。
彼の耳にも先ほどの警告は届いていたが、どうにもマークの様子がおかしい。
「ちょっとこっちへ来てください。妙なことになってます」
困惑した様子のマークが振り返りながらそう言うと、ジェラルドとテレサの両名も、茂みを掻き分け彼の隣に並び立つ。
「一体どうなってる……?聞いていた話とだいぶ違うぞ」
領主達三人の眼前には、森を切り拓いて作られた小広場が広がっていた。
切り拓いたというだけなら、百歩譲ってまだ理解出来る。
だが目の前に広がる景色には、植え替えでもしたのか畑や果樹園や色とりどりの花畑まで見られるのだ。
しかも既に実りを迎えたそれらの植物は、樹海特有のものであるのか、どれひとつ見ても領主達の見知らぬものばかりであった。
「わっ、私が前来た時はこんなんじゃなかったです!」
「ああ、分かってる。こんなもの見落としようがない。となると、わずか九日の間にこれをやってのけたというのか……」
場所はここで間違いない。
話に聞いていた岩山も確かに存在している。
ただし洞穴があるはずの場所は木製の壁と扉によって塞がれており、安易に立ち入れないよう封鎖されていた。
「もう一度問います。ここへ来た目的を答えなさい」
そして最も謎の多いゴーレムと思しき何かから、再度警告が告げられる。
その背後でちらちら見えている少女の姿に、ようやくテレサも気がついたようだ。
「おーい!ネフェルちゃーん!お姉さんが迎えに来たよー!」
テレサはそう叫んでブンブン元気に片手を振ると、何を思ったのか腰の剣を外して地面へと投げ捨てた。
「おい、何やってる」
カチャカチャと籠手まで外し始めたその様子を見て、マークが怪訝な顔を向ける。
テレサは怯えた様子もなく、少女を見つけた時の笑顔のまま彼に返した。
「マーク隊長。私ちょっと向こうに行って、ネフェルちゃんに会ってきます!」




