↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
六畳一間とアイテムボックス  作者: ネフェル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/25

第16話:道-2

シーグラスを使ったデコレーションを終えたハルとネフェルは、道具に付着したモルタルを水で綺麗に洗い落とし、舗装作業をその日のうちに完了させた。


モルタルが乾くまで数日を要するが、シャワールームもその後に届く仮設トイレも、その間は他の場所に仮設置すればいいだけなので使用するのに支障はない。


そんな色とりどりのシーグラスで飾り付けられた歩道を見ながら、ハルは静かに思案する。


今回の計画には含まれていなかったが、利便性を考慮するのであれば、歩道を屋根付きの渡り廊下に改良するのも良いかもしれない。


消火設備さえ備えておけば、ここでは消防法を気にする必要もないのだから。




ハルが歩道をスキャンしながら渡り廊下の完成予想図をイメージしているその隣では、木の枝を手にしてしゃがんだネフェルが、モルタルを見てつつきたそうにうずうずしていた。


「これが乾くと石になるんだよね?」


「はい。完全に乾くまでに数日はかかりますので、その間は踏んだり触ったりしないよう注意してくださいね」


ハルの言葉を聞いて、ネフェルは大人しく木の枝を地面に置いた。




「石が作れるって土魔法みたい。私もみんなみたいに魔法が使えたら、もっといっぱいハルのお手伝いができるのに……」


魔法という言葉に反応し、ハルがネフェルの方へと視線を向ける。


「この世界には魔法があるのですか?」


「うん。……もしかして、ハルは魔法を知らないの?」


「はい。私の国では魔法というのはおとぎ話の中だけのもので、実際に魔法を使えるものは一人もいません。私自身や亮吾おじさん達についてもそれは同様です」




それを聞いてネフェルは目をぱちくりさせて驚いたが、すぐに沈んだ様子でぽつりと呟いた。


「私もハルの国に行ってみたいな……」


「ネフェルはアイテムボックスが使えるではありませんか」


ハルのその言葉に、ネフェルは首を横に振る。


「あれはただの見えない鞄だから魔法じゃないの。それに凄いのはおじさん達が助けてくれるからなの」




ハルは土魔法がどういうものかを知らないが、それが石を生み出す類いのものであれば、石であれ火であれ水であれ、代替手段などいくらでも存在する。


亜空間を自在に扱えるネフェルの能力の方が規格外なのだ。


秘密にしたがる理由にも納得がいく。


触れもせずに物を隠せるという特技は、それだけでトラブルの種になり得る。


もし誰かが失くし物をすれば、窃盗の疑いを真っ先にかけられるのは彼女だ。


能力のことを悪人にでも知られれば、必ず悪事の片棒を担がされることになるだろう。


凄いと褒めても公にできない能力であれば、本人も納得し辛い部分があるのかもしれない。




ネフェルの少し気落ちした様子を見たハルは、その隣にしゃがみ、別の話題を切り出すことにした。


「そう言えば、先ほどネフェルに乾くまでは触らないようにと言いましたが、私の国ではこうやって道を作ると、まれに小さな動物が知らずにこの上を歩いて、足跡を付けてしまうことがあるのです」


「じゃあずっと石に足跡が残っちゃうの?でもそっちの方が可愛いね」


「そうですね。あえて埋めずに足跡を残したままにする人もいると聞きます」


ハルはまだ乾いていないモルタルを眺めて言葉を続ける。




「ネフェル、ペットボトルの水を一本出していただけますか?」


「これでいい?」


ネフェルはアイテムボックスからボトルを取り出しハルに手渡した。


「ありがとうございます。次は右手を出してください」


「こう……?」


ハルは出された右手を優しく掴むと、カプセルトイが埋められた土台の下へとその手を伸ばした。




「指は開いたままにしてください。そのままぐっと押し込みます。……はい、もういいですよ。水で手を洗いましょう」


出来上がったばかりの小さな手形にネフェルははしゃいだ。


「ねえねえ!ハルのも付けて!」


「分かりました。良ければ顔もお付けしましょうか?」


「ふふふっ。手だけでいいよ」


ハルも小さな手形の隣に、自分の手形をそっと押し付ける。


そしてネフェルに手の汚れを落とすのを手伝ってもらうと、今度は足元の木の枝を拾い、手形の下に何かを書き始めた。




「何をしてるの?」


「誰のものか分かるように、今日の日付とネフェルの名前を書いています」


「わぁ!私も書きたい!ハルの名前はどうやって書くの?」


ハルは木の枝を握らせるとその手を包み、ネフェルの手を動かしながら、カタカナで"ハル"と書いた。


「これでハルって読むの?」


「はい。ですが私はこの国の文字を知りません。今書いたものは私の国で使われている文字になります」




今しがた書かれたばかりの文字を見ながら、ネフェルはハルに問いかけた。


「文字を覚えるのって、やっぱり難しい?」


「いいえ、そう苦手に思わなくとも大丈夫です。ネフェルは絵を描くのが好きですよね?」


「うん」


ハルは再び木の枝を拾うと、地面に何かを書きながら話を続ける。


「私の国で使われている文字は別の国から伝わったものなのですが、その文字は元々は絵から作られたものなのです」


「絵を文字にしたの?」


ハイと返しながら、ハルは地面に描いた木の絵を指し示す。




「例えば木を表す文字ですが、まだ文字がなかった頃に木のことを伝えたい場合は、こんな風に壁や地面に木の絵を描けば伝わりますよね?」


「うん」


「ですがこのやり方は大変です。毎回このような絵を描くのは時間がかかりますし、人によって絵の上手い下手もあります。みんながネフェルのように綺麗な木の絵を描けるとは限りません」


「うん」


気付けば話題は授業へと変わり、ネフェルはハルの話に聞き入っていた。




「そこでもっと簡単に同じ木の絵が描けるようにと考え出されたものが、木の形を元にして作ったこの絵になります。この絵は象形文字と言って、この一文字が木を表します。それを更に使いやすくしていって出来たものが、今のこの木という字になりました」


ハルは更に書き加えながら説明を続ける。


「この一文字が、一本の木を表します。この木がこうして横に二つ並ぶと、木が沢山生えている林を表す字になります。更にもう一つ足して木が三つになると、すぐ後ろに広がっている森を表す字になります。一つの文字をこうして組み合わせるだけでも、色々な意味を持たせることができるのです」


「じゃあ四つだとなんになるの?」


「……強いて言うならアマゾンでしょうか」


子供の純粋な疑問にもややハルシネーション気味に何とか答えつつ、ハルはどうぞと言って木の枝をネフェルに手渡す。


ネフェルは見よう見まねで、先ほど教わった三つの文字を地面に書いた。




ハルは書かれた文字を見て拍手を送る。


「やはり絵が上手だと、字も綺麗に書けますね。今教えた字は漢字と呼ばれるものです。最初に教わる字よりも難しいものなのですが、ネフェルはすぐに覚えてしまいましたね?これはとても凄いことですよ」


ハルがそう言って頭を撫でる。


嬉しくなったネフェルは、続けて手形を見ながら地面に名前を書いた。


「こっちがハルの名前で、こっちが私の名前で合ってる?」


「はい、完璧です。ネフェルはやはりお利口さんですね」


更にナデナデされてむふーと得意げになると、ネフェルは地面に何度も書いては消してと繰り返し、二つの名前を覚える練習をした――






* * *






「ねえハル。文字が読めるとどんなことができるようになるの?」


そうして地面にひとしきり名前を書いて覚え終えると、ネフェルは隣にしゃがむハルにそう問いかけた。


「読み書きが出来るようになれば、それだけで多くのことが出来るようになります。例えば、昔に誰かが書いた本を読めば、書いたその人に会わずともその人の考えや経験を知り、そこから多くのことを学べます。他にもその日あったことを忘れないよう紙などに書き残せば、後から読んで思い返すこともできますし、ずっとずっと後になって誰かに読んでもらうことで、昔あった出来事を沢山の人に伝えることもできます。本やお手紙という形で、時間も場所も飛び越えて誰かに言葉を届けられるというのが、文字の持つ一番の強みですね」


「じゃあ絵よりも字をいっぱい書けるようになった方がいいの?」


「いいえ、そのようなことはありません。文字でしか伝えられないことがあるように、絵でしか伝えられないことも沢山あります。ネフェルは亮吾おじさんと初めてお手紙でやり取りした時に、絵や写真を使ってお互いのことを伝え合っていたと聞いています」


「うん!初めて見たとき凄くびっくりした!」




言われてネフェルは当時のことを振り返る。


今ではあれが絵ではなく写真だったということも、実はお店で買ってきたお弁当だったということも知ってはいるが、おじさんを尊敬する気持ちは変わらない。


思い返すうちに、おじさんが作ってくれたあの甘いパンがまた食べたくなった。




「あれが良い例ですね。絵であればお互いの言葉が通じずとも、雰囲気で伝え合うことができます。まだ文字のなかった大昔も、人は壁画という形でそうして壁に絵を描いて、当時の生活などを仲間達に伝え残していました。それに綺麗な景色や頭の中で思い描いたことは、百の言葉よりも一枚の絵の方が伝わりやすいです」


「どっちがいいんだろ……」


最強の二択を突きつけられ、ネフェルはうんうん悩んでいる様子だ。


そんなネフェルを見て、ハルは助け舟を出した。




「絵と文字のどちらか片方だけでなく、両方を使った方がより便利ではあります。ネフェルの場合は絵日記を始めてみるのも良いかもしれませんね?」


「えにっき?」


「その日の出来事を忘れないよう文字にして書いたものが日記で、その日記と一緒に絵も描いたものが絵日記です。ネフェルは昨日、私に素敵な絵をプレゼントしてくれましたよね?」


「うん!」


ネフェルが始めてハルに描いてあげた記念の一枚については、ビデオを通して井手達も見ていた。


そしてハルはメンテナンスの帰り際、買い物を終えて戻ってきた伊口から額縁をプレゼントされていたのだ。


絵は後でその額縁に入れて新居に飾る予定である。




「あの絵は二人で一緒におうちを作った日のことを絵にしたものですが、あの絵と一緒に、その日したことやその時思ったことも言葉にして残しておけば、それは絵日記になります。ネフェルはまだ子供ですから、色々なことを今もはっきりと覚えているのでしょうが、大人になれば子供の頃の思い出というものは、少しずつ薄れてきたり忘れてしまうことが多いのです。そうして大切な思い出を忘れないよう書き残したものが絵日記ですね」


「ハルと一緒におうちを作ったことも、大人になったらいつか忘れちゃうの?」


ネフェルはどこか寂しそうにそう言った。


ハルはネフェルの頭をそっと撫でて言葉を続ける。


「忘れるとは言っても、消えてなくなるわけではありません。思い出を引き出しの中にしまったままにしてしまうようなものですね。ですが日記や絵日記があれば、忘れていた頃の大切な思い出を、記憶の引き出しの中からもう一度見つけ出すことができます。そういう私も、実は毎日絵日記を付けているのですよ?」


「ハルも絵日記を書いてるの?」


「はい。紙に書くのとは少し違いますが」




ハルはそばに置いてあった鞄の中から、予備のUSBメモリを取り出した。


「いつもネフェルのお手紙と一緒に届けてもらっているこの小さな板が、私にとっての絵日記です。私の場合は文字を書くのではなく、見聞きしたものを全てこの中に書き込めますので、自分のものとおじさん達に見せるものとで二冊書いている形になりますね」


人の書く日記帳も、見方を変えればアナログ式の外部記憶媒体とも言える。


ネフェルは手渡されたUSBメモリをしばらく見つめてからハルに言った。




「ハル、あのね。私も絵日記を書いてみたい。私もハルの国の字を書けるようになりたいから、今度字の書き方を教えてもらってもいい?」


「それは素敵な考えですね。もちろん構いません。すぐに皆さんにお伝えしておきましょう。きっとシャワーで綺麗になる頃には、おじさん達がネフェルのお勉強道具を届けてくれるはずですよ」




こうしてこの日から、ネフェルのお勉強は始まった。


そして二人がそんな会話を交わすさなか――




少し離れた物陰では、既に種からネフェルの背丈ほどにまで育ったリンゴの苗木が、今も恐ろしい勢いでメリメリ成長を続けていた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。