第16話:道-1
メンテナンスを終えて異世界へと戻ったハルであるが、召喚による出現と同時に、体に小さな衝撃を受けた。
視線を下へと向ければ、ネフェルが腰にひしっと抱きついている。
嬉しそうにこちらを見上げる少女と目が合った。
「ハル!おかえり!」
「ただいま戻りました」
ハルはネフェルの頭をひと撫ですると、その場にしゃがんで目線を合わせる。
「悪いところはなかった?」
「はい、コンディションは良好です。どこにも悪いところは見つかりませんでした。こちらに来てから以前よりも体が丈夫になっていたようです」
「ほんと!?良かったね!」
まるで我が事のようにニコニコ喜ぶネフェルをしばし眺めてから、ハルは先ほど地球で与えられたタスクを早速実行に移すことにした。
「ネフェル、向こうへ出掛けた際に皆さんからお土産を預かってきました。シャワーという道具ですが、良ければ今から試してみませんか?」
「しゃわー?」
初めて耳にする単語にネフェルはこてんと首を傾げる。
水浴びをする為のものですとハルが教えると、興味津々な様子で目を輝かせながらやってみたいと返事が返ってきた。
「では外へ行きましょうか」
ネフェルはハルの手を握り、二人は部屋を後にする。
誰も居なくなった室内のローテーブルの上では、砂時計が今も静かに時を刻んでいた――
* * *
屋外に出た二人は目と鼻の先にある資材置き場へと移動し、ハルはそこに積まれてあった予備のコンクリートブロックをいくつか地面に並べ置く。
そして土を押し固めるようにして設置を終えると、肩掛け鞄の中から一通の可愛い絵柄の封筒を取り出した。
「皆さんからのプレゼントです。どうぞ開けてみてください」
封筒に入っていたのは一枚の集合写真である。
アパートの庭で撮影されたもので、井手達四人が並んだ中央には最新式のボックス型シャワールームがデデンと写っている。
公衆電話ボックスよりも少し幅広い大きさの重量物だ。
部屋の中へ運ぶのに難儀しそうな代物ではあるが、ちょうどハルがメンテナンスを受けに戻っていたので都合が良かった。
レベルアップにより強化されたハルの力を借りれば搬入作業も容易である。
「こちらがそのシャワーをする為の道具なのですが、この四角い箱の方を石の上に呼び出すことはできますか?」
「うん!任せて!」
ネフェルは片手をコンクリートブロックの方へと向けると、微調整でもするかのように視線を定める。
するとシャワールームは音ひとつ立てることもなく、ブロックの上へと静かに出現した。
さすがですねとハルに頭をなでなでされ、ネフェルはご満悦な様子である。
続けて写真に写っていた外付けタンクも呼び出して貰い、既に湯で満たされたタンクを取り付ければセットアップは完了だ。
シャワーに使用する水は給水管に繋げずとも、ろ過装置付きのタンクの水で運用できる。
電源についても互換性のあるバッテリーパックを使っているので、湯沸かしその他も問題ない。
「お待たせしました。では使い方を説明しますので、靴を脱いで中に入ってください」
ネフェルは珍しそうに個室の中をキョロキョロと見回した。
水浴びと聞いてはいたものの、どこにも水が溜まっていないので不思議に思ったのだ。
ハルは入り口の扉を開けたまま、外から説明を始める。
一緒に入ろうと思えば入れる広さであるが、元々一人用なのでそれだと狭い。
「壁には戸棚が埋まっています。こちらの着替えとタオルは、このカゴごと戸棚にしまってください。脱いだ服を入れる為のカゴも戸棚に入っていますので、しまった後は水が掛からないように戸棚を閉めてください。それから、今は私が説明しているので扉を開けたままにしていますが、一人で使う時は中から鍵を掛けるようにしてください」
ハルの説明にふんふんうなずくネフェルであるが、あまり話を聞いていないのか、先ほどから視線がある一点へと注がれている。
視線の先にあるのはPUSHと書かれた赤いボタン。
ここ最近になって急に身近なものとなった、家電製品のボタンを押すというその行為に、ネフェルは抗いがたい魅力を感じるようになっていた。
なのでネフェルは何が起きるのかと期待しながら、その赤いボタンをポチッと押した。
「うきゃー!」
ジャージを着たまま温かいお湯を頭から被ったネフェルであったが、悲鳴はすぐにはしゃぎ声へと変わる。
「ハル!これ楽しい!これがしゃわーなんだよね?」
「ネフェル、待ってください。それは服を着たまま使うものではありません」
節水仕様のこのシャワーは、一度ボタンを押すと一定時間だけ湯が出続ける。
ハルは珍しくおたおたしながら、はしゃぐネフェルをなだめていた。
* * *
道具の使い方を教わりながら全身を洗い終えたネフェルは、今は部屋でクッションに座り、ほわーっとした顔でドライヤーの風を浴びていた。
少女の柔らかい髪を梳かしながら、ハルはネフェルに話しかける。
「シャワーはどうでしたか?」
「すっごく気持ちよかった!髪もベタベタしてないし、それにいい匂いがする!」
生まれ変わったようなサラサラでスベスベのさっぱりとしたボデーを手に入れた少女は、興奮気味にそう語る。
これも全身を泡でモコモコにされながらハルに洗って貰ったお陰である。
それまでは井手が清拭用にと湯を送り、それを使ってタオルで体を拭いて済ませてはいたが、やはり石鹸等を使って洗うのとでは洗い上がりの差は段違いだ。
サラサラになった髪を触ったり、腕の匂いをクンクン確かめながら喜んでいるこの光景を見れば、きっと地球の保護者達も満足してくれることだろう。
ちなみにハルにはアイカメラの情報を常時録画する機能が備わってはいるが、シャワーの際にはプライバシーに配慮し、録音機能だけを有効にしていたのでその辺りも問題ない。
「楽しんでもらえたようで良かったです。これからはいつでも使えますので、使いたい時は私に一言声を掛けてください」
ハルはそう言って立ち上がると、首に巻いていたマフラーをハンガーに掛けた。
「ハル、お仕事に行くの?」
ハルは先ほどもマフラーが汚れないようにと作業前には外していたため、目ざといネフェルはすぐに気付いた。
「はい。私はこれから表で作業をしますので、ネフェルはおうちでゆっくり過ごしてください」
「私もお手伝いする!」
手伝いなら任せろとばかりに、少女はシュタッと元気よく立ち上がった。
「せっかく綺麗になったのにまた汚れてしまいますよ?」
「汚れたらもう一回シャワーする!それに今度は私がハルを洗ってあげる番!」
「……そうですね。分かりました。それではお手伝いをお願いします」
二人は再び外へと出ると、資材置き場に移動する。
そこには先ほどシャワールームを出すついでにと、一緒にアイテムボックスの中から出してもらっていた新たな資材が置かれていた。
家作りで使った砂利の袋に加え、プレミックスセメントと呼ばれる水と混ぜて練るだけで作れるモルタルや、地面を締め固めるのに利用する注水式の手押しローラーまで並んでいる。
そんな資材の山を見ながら、ネフェルがわくわくした様子でハルに聞いた。
「これで何をするの?」
「今のままだと雨の日に地面がぬかるんでしまいますので、これを使って石の道を作ります」
「石の道?」
ネフェルがこてんと小首をかしげる。
資材の中には家作りの時にも使った砂利の袋も積み上げられていた。
あの小さな石を地面にいっぱい敷き詰めるのかなと、ネフェルはそう考えた。
「はい。継ぎ目のない綺麗な道です。楽しみにしていてください」
予想が外れたネフェルは更に首をかしげ、体ごと井手のように傾いていた。
早速二人は舗装作業に取り掛かる。
木のパネルを地面に打ち込んで道の型枠を作り、枠の中へと砂利を敷き詰め、手押しローラーで締め固めていく。
ネフェルもハルの両手の間に挟まるようにして立ち、うんしょうんしょと一緒にローラーを引いていた。
「どうして石の上にお水を撒くの?」
二人は締め固めた砂利道の上にジョウロで水を撒いていた。
きっとお手伝いをしたがるだろうと、保護者達は前もって子供用の道具も準備していたのだ。
ネフェルも小さなジョウロを使い、ほどよく砂利道を湿らせながら理由をハルに聞いていた。
「次はドロドロになった石をこの上に敷き詰めていくのですが、こうして先に水で湿らせておくことで、下にある石とくっつきやすくなるのです」
「ドロドロの石……?」
石は硬くてカチコチなはずだ。
ドロドロの石と言われてますます疑問は深まるばかりである。
ネフェルは水を撒きながら、石ころがダリの溶けた時計のようになるさまを想像していたが、ふとジョウロを見ていて何かを思い出したようだ。
「ねえハル。朝に食べたあの果物の種を蒔いてもいい?」
「リンゴのことですね。それでしたら、あの辺りがいいと思います。先に種蒔きをしても構いませんよ」
「ありがとう!」
リンゴはアイテムボックスに入っていたフルーツセットのものを、今朝ハルがおやつ代わりにと兎の形にカットして振る舞ってくれたのだ。
初めて見る果物だったということもあり、その時にお願いしてネフェルは種を取っておいたのである。
ネフェルはクッキーセットの空き缶をアイテムボックスから召喚し、缶の中からティッシュで包んだ種を取り出す。
そして資材置き場から小さなスコップを持ち出すや、ハルが指差していた場所に種を植え、早速ジョウロで水を撒く。
その仕上げにと別の箱から取り出したのは、以前井手が飾り付けに使ったお子様ランチの旗である。
ネフェルはお子様ランチの小さな旗を、目印代わりに地面にぷすっと突き立てた。
異世界にイギリスの新たな領土が誕生した瞬間だった。
* * *
砂利道にジョウロで水を撒き終えると、ハルはその上にプレミックスセメントの袋の中身を投入し、こんもりと出来た灰色の砂山に火口のような窪みを作る。
そしてネフェルと一緒にバケツを持ち上げ、窪みの中に水を注いで溜め池のようなものを作った後は、ショベルを使って周りのセメントの粉を混ぜる混練作業を開始した。
「本当は汚れた水をそのまま垂れ流すのは草木に良くありませんので、いずれはそちらも何とかしたいのですが」
大きなショベルでモルタルを練りながら、ハルがそう口にする。
その隣には子供用のプラ製ショベルでモルタルこねこねのお手伝いをするネフェルの姿があった。
「綺麗にしたいならスライムを使うといいよ」
「スライムですか?」
「川とか水溜まりにいっぱいいるよ。丸くて大人しくておっきな水玉みたいなの。汚れを食べてくれるし水も綺麗にしてくれるから、おトイレの穴に入れたりするの。でもちゃんと蓋をしないと勝手にどっかに行っちゃうんだよ」
異世界のタニシのような存在だろうか……。
「そのような生き物がいるとは知りませんでした。ネフェルは物知りなのですね」
「えへへ」
作業は順調に進み、型枠内のモルタルを平らに均す左官作業も滞りなく終わらせた。
後は乾くまで放置するだけだが、ここで保護者達からのちょっとしたサプライズが用意されていたのだ。
ハルは肩掛け鞄の中から写真を一枚取り出すと、写真に写ったプレゼント箱をアイテムボックスから召喚するようネフェルに伝える。
「わぁぁ……!綺麗……」
そうして呼び出されたプレゼント箱にぎっしり入っていたのは、地球の砂浜で見かける色とりどりのシーグラス。
女性陣からの提案で歩道をデコろうという話になり、飾り付けの素材にこのシーグラスが採用された。
皆で海へ出掛けて拾い集めたわけではなく、ネットショップのYajuuフリマでまとめ売りされていた商品を注文したものである。
「これって宝石なの?」
「いいえ。シーグラスと言って、特に珍しいものではありません。私の国では簡単に拾えるものです。海に捨てられ割れたガラスが長い年月をかけて砂で削られ、そのような見た目になったのです」
「こんなに綺麗なのに捨てられてるの?」
「物の価値は値札だけで決まるものではありませんので、ネフェルにとって宝物であればそれで良いと思います。私の国でも子供や大人が思い出に持ち帰ることは珍しくありません。この石ですが、今からこれをあの道の飾り付けに使おうと思います」
「飾り付け?」
こてんと首を傾げる少女に対し、ハルは説明を続けた。
「はい。道が乾いて固まる前なら、何かを埋めることもできます。この石を埋めて飾り付ければ、それはネフェルが作った世界にひとつだけの宝石の道になります。一緒にやってみますか?」
少女の目がキラキラと輝いた。
「やってみたい!」
「では早速始めましょう。もしお気に入りの石があったなら、それは飾り付けには使わずに取っておいてください」
「分かった!」
二人はその後、まだ乾いていないモルタルの歩道にシーグラスを無作為に埋め込んだ。
そしてネフェルはそこに独自のアレンジを加える。
シャワールーム本設置予定地の土台にシーグラスのサークルを作り、その輪の中心に井手から貰ったカプセルトイを中のミニフィギュアごと埋め込んだのだ。
「かわいいね!」
「そうですね……」
ハルが地面を見下ろすと、透明なドームに閉じ込められたちびかわフィギュアと目が合った。
その瞳がどこか助けを求めているようにも見えたのは気のせいだろうか……。




