第18話:キャンプ-1
その日、留守番中だった井手と八木沢から緊急招集の一報が入り、買い出しに出ていた佐方と伊口の二人はとんぼ返りで井手のアパートへと戻っていた。
招集がかけられた理由は、現在大型モニターに映し出されているハルから届いたビデオにある。
なんと領主を名乗る男が現れたのだ。
ハルはネフェルがトイレに行くと言ったタイミングで、屋外に設置された仮設トイレの前まで付き添った。
そしてその際、紙片とUSBメモリをネフェルの手にこっそりと握らせた。
「これを赤ランプのボールと一緒に、おじさん達に届けてください」
トイレに入ったネフェルはハルに言われた通り、緊急性を伝えるための赤く光るボールと一緒に地球へと転送したため、お陰で井手達はアイテムボックスの異変にすぐ気付けたのだ。
「まさか領主がいきなり出向いて来るとはな」
映像を見ながらそう呟く佐方だが、当の佐方も超有名企業の会長がいきなり空から血まみれ姿で現れた口なので、あまり人のことは言えない。
画面の中ではハルが来訪者達とやり取りしている場面が、日本語音声に加工された主観視点の映像として流れている。
映像の中の青髪と金髪の美男美女を見た井手は、異世界人とは皆顔面偏差値が高いのかと場違いな感想を抱く。
しかし緑髪のいかつい顔をした大男はそうでもなかったので、井手は緑のおっさんに対し勝手に親近感を抱いていた。
「あの、俺が向こうの状況も把握せずに地球の道具を送ってたのって、やっぱマズかったですか?」
「心配しなくても大丈夫よ。これを見て」
不安がる井手のために八木沢が手元の端末を操作し、映像を別バージョンへと切り替えた。
映像の場面は先ほどと同じであるが、こちらはハルのHUDの情報も重ねて表示されている。
「ハルはこんな風に、相手を分析しながら会話をしているの。心拍数や体温なんかのバイタルサインに加えて、声のトーンや瞳の動きで相手が嘘をついていないか判断しながらね。もし危険だと判断したなら、今頃ネフェルちゃんを抱えてとっくに逃げてるわよ。あの子さえ無事なら、どこへ行ってもすぐに立て直せるんだもの」
「じゃあ、こっちのメモの支援要請については?」
井手はそう言いながら、机の上のメモ用紙を指差した。
USBメモリと一緒に届いた、ハルの手書きのメモである。
そのメモには箇条書きでこう書かれていた。
・領主を名乗る人物を含む、現地人三名と接触。現時点での衝突なし。
・詳細はUSBに記録。同梱のテキストファイルに至急必要な物資を記載。
・後日、スカラベによる支援を検討願う。
「恐らくは保険でしょう。領主が友好的であったとしても、彼らの国がどう動くのかはまた別の話です。万が一の際の自衛手段や、逃走までの時間稼ぎは備えておくに越したことはありません」
そんな八木沢と伊口の説明を聞いて、井手はようやく安堵した。
相手が貴族と聞いて少し不安だったのだ。
もし相手が平民に対し、家畜に神はいないとかのたまうようなタイプなら、逃げるか埋めるかの究極の二択を迫られるところだった。
「このスカラベって、確か佐方さんの会社で作ってるボール型のロボットのことですよね?あれを何台か買ってきて向こうに送る感じですか?」
井手はここ最近、街の至る所で愛嬌を振りまきながらコロコロ走っているまあるい物体を思い浮かべた。
ちょっとお高めの乗用車ほどの価格で、一般向けにも販売されたとは過去にニュースで目にしている。
懐に余裕のある家庭や企業が番犬やセキュリティーサービス代わりに購入し、玄関先や庭で待機させたり、子供が遊びに出掛ける際に随伴させるといった光景もそれほど珍しくはなくなった。
少し前に見たネットの記事でも、自家用車の洗車中にふらっと現れ、ちゃっかり一緒に洗車してもらう個体もいたと報じられたのを覚えている。
とある動画配信者は、洗車してあげるだけで懐いて見回りに来てくれるライフハックとして動画で紹介していた。
可愛い見た目に反して、コミュ障の井手よりしたたかなロボットなのかもしれない。
「一般販売されている機体をそのまま使うのはやめたほうがいいですね」
「やっぱりタブレットなんかと同じ理由ですか?」
八木沢が仲間に加わったことで、情報の取り扱いはこれまで以上に気を配られるようになり、使用端末についてもマルウェアのチェックや端末の使い分けを徹底するようになっていた。
危惧すべきはやはり情報漏洩であろう。
伊口の指摘に補足を入れる形で、八木沢が説明を引き継いだ。
「あれの得たデータはうちの会社に送信されるようになってるの。契約時の条件だから例外はないわ。もしそのまま使えば、ここの事や異世界の出来事も盛大にばれるわね」
「そのままじゃダメってことは、買ってきて八木沢さんが上手いこと改造すれば何とかなるとか?」
「悔しいけど無理。あれのプログラムを書き換えるのは、作った本人でないとできないわ」
この流れには覚えがある。
井手は佐方の方へと向き直り口を開いた。
「つまりその開発者を説得して、仲間に引き入れるってことですよね?大丈夫ですよ佐方さん。仲間が一人増えても構いませんし、人柄についても佐方さんの保証済みの人だから安心ですよね」
「……うむ、そうだな」
なぜか目を逸らし気味に返事を返された。
八木沢を勧誘した時と違い、返答までに間があった気がするが気のせいだろうか?
井手は八木沢へと話題を振った。
「そういえばSNSでバズった動画を見たことありますよ。可愛いですよね、あのスカラベって」
「そうね」
「あんなに可愛くてほっこりするロボットが作れるんですから、きっと作った人も心の優しい人なんでしょうね」
「……そうね」
八木沢にも目を逸らされる。
助けを求めるように伊口の方へ目をやると、ふいっと目を逸らされた。
大丈夫かこれ。
* * *
井手達が地球で話し合っているのと時を同じくして――
その頃ジェラルドとマークの二人は、帰らずの森の中を静かに探索していた。
彼らが二人で森の中を歩く理由は食料調達にある。
元々領主一行は、少女の保護と迷宮調査が目的でこの地へ赴いていた。
麓の村から出発して日帰りで済むような行程でもないので、当初の予定では少女がねぐらにしている洞穴に毛皮の寝袋を持ち込み、そこで夜を明かす手筈だったのだ。
しかしハルが洞穴を改装したことで、その当ては外れてしまった。
扉の向こう側の秘密は詮索しないと約束した手前、洞穴を使わせてもらう訳にもいかない。
そのため広場を借りてテレサの土魔法を頼りに簡易拠点を作り、そこで野営をするかと考えていた矢先、ハルから思わぬ提案を受けたのだ。
「ネフェルが使っているものと同質のものでもよろしければ、人数分のテントをご用意できます。合わせてお食事と簡易浴室のご提供も可能ですが、いかがなさいますか?」
この提案に領主達は喜んだ。
ついでにネフェルも喜んだ。
なぜならネフェルやハルだけいつものように、洞穴の自宅で寝泊まりするのではなく、今日はお外にテントを張って、みんなでキャンプにしましょうかとハルが言ったからだ。
「ネフェルちゃん。良かったら今日はお姉さんと一緒に寝る?」
ネフェルはそんなテレサからのお誘いに目を輝かせ、期待の籠もった瞳でハルを見上げた。
「あまり騒いでご迷惑をかけてはいけませんよ」
そうしてお泊りOKの許可も得て、ネフェルはぴょんぴょん跳ねて喜んでいた――
そんな一宿一飯の礼として、せめて大型の獲物を獲って提供しようという思いと、大飯食らいもいるのでその足しにするため、ジェラルドとマークの二人は狩りへと出ていたわけである。
狙う獲物は鹿一頭。
迷宮を目指す道中に何度か見かけていたので、この森に生息していることは把握済みだ。
先頭を歩くマークはただ闇雲に探すでもなく、着実に獲物との距離を詰めていた。
その理由は彼が扱う魔法にある。
マークは時々立ち止まっては風魔法の"集音"を使い、アクティブソナーのように音で獲物の居場所を探っているのだ。
森に漂う不思議な霧の影響により、音と魔力は阻害されてはいたが、彼の力量であれば問題ない。
またこの魔法は、ネフェルの居場所を突き止める際にも使用されていた。
LEDランタンのコンパスで進むべき方角をある程度把握しつつ、動物以外が発する生活音を捉えることで、ネフェルとハルの拠点へと辿り着いていたのだ。
そして狩りへと出た二人が、この帰らずの森で無事に拠点へ戻る術についても心配はない。
二人はそれぞれ出発前に、ハルからコンパス付きのランタンと、キーホルダー型の発信機を人数分渡されていた。
ランタンについては既に見知ったものではあるが、変わった材質のコインのようにも見えるこれは何かと尋ねたところ、ハルからこのような答えが返ってきた。
「ネフェルにも持たせているもので、現在地や足跡を把握するための道具です。帰りが遅い場合はそれを頼りにお迎えに上がります」
そろそろ帰らずの森という名称は返上すべき時なのかもしれない……。
ふと、先導していたマークが歩みを止める。
獲物の鹿を目視で捉えた彼は、後続のジェラルドにハンドサインを送った。
マークは静かにナイフを引き抜くと、標的目掛けて素早く投擲する。
距離はあったが、研ぎ澄まされた刃は鹿の頭部へ吸い込まれるように深々と突き刺さり、鹿はその場でどっと倒れて事切れた。
「見事だな。これだけの大物なら喜んでくれるだろう」
「どうも。解体の方はお任せしても?」
「ああ、任せてくれ」
ジェラルドが片手をかざすと、その手の先に巨大な水球が生み出された。
水属性の初歩の魔法、"水弾"である。
ただし、かなりの魔改造を施されてはいたのだが。
マークは倒した鹿の首根っこを掴んでその喉元を掻っ切ると、優に百キロ以上はある鹿の巨体を、片手で軽々と水球に向かって投げ入れた。
鹿の巨体を飲み込んだ水球が、ふわりと宙に浮かび上がる。
すると魔法によって強制的に血抜きが行われ、血抜きを終えると再び新たな水球が鹿の体を飲み込んだ。
ジェラルドの魔力によって、内部の水は激しく渦を巻き始める。
そうして体表の汚れを洗い終えると、水球は割れるようにして弾け飛び、落下を始めた鹿の体をまた別の水球が再びドボンと受け止めた。
水球はその形を球体から分厚い水の壁へと変化させ、中に取り込んだ鹿の体を、まるで虫の標本のように固定させてしまう。
そしてジェラルドは袖をまくるとナイフを取り出し、水壁の前に立つと中へ両手を突っ込むや、そのまま慣れた手つきで獲物の解体を始めてしまった。
「相変わらず器用なこって」
「これをやると兵士達にもウケがいいからな。慣れたもんさ」
通常であれば水弾の魔法は、握りこぶしほどの水の塊を手の先から射出するだけの魔法である。
しかしジェラルドは桁違いの魔力量と卓越した魔力操作によって、他者には真似できないこのような芸当を成し得ていた。
事実、彼の実力はこの世界において指折りの存在である。
加えてこの世界での屠殺業とは、忌み職であり卑しい労働と見られがちだ。
にも関わらず、彼はそのようなことなど気にかけない。
既にオリジナルの域にまで達した魔法を駆使し、解体業をパフォーマンスとして兵士達の前で披露し、同じ鍋を皆と囲う。
貴族としては変わり者ではあるが、そんなところが彼の人気の秘訣なのかもしれない。
「しまった。そのまま持ち帰ってあの子の前でやって見せた方が良かったか?」
魔法を使った曲芸も交えながら、豪快に捌く様子を見せれば子供が喜ぶのではとジェラルドは考えた。
「もう今更でしょう。肉を浮かべて持ち帰るところだけ見せてやりゃあいいんじゃねえですか」
「そうするか」
中途半端になってしまったこともあり、結局彼は解体作業を続けることにした。
「ところでさっきはずいぶん話が盛り上がっていたようですが、何かいいことでもあったんで?」
獲物の解体を待つ間、マークは木に背を預けて世間話に興じているが、周囲の警戒を怠ってはいない。
ハルと名乗ったあのゴーレムと一体どのような会話を交わしていたのか、ずっと気になっていたのだ。
遠目から時折様子をうかがっていただけで、その会話の内容までは把握していない。
魔法で盗み聞きすることもやろうと思えばできたのだが、さすがに礼儀に反すると思い、そうはしなかった。
そうしたこともあって、後でジェラルドの口からどのような話が聞けるのかと楽しみにしていたのだ。
「凄いの一言では足りないな。間違いなく、時代が動く」
こりゃよっぽどだなと思いつつ、マークは彼の話に耳を傾けた――
* * *
「領主様、ひとつお伺いしたいことがございます。数字のゼロという概念は、この国に存在いたしますか?」
「ぜろ……?いや、初めて聞いたな」
知識を提供すると言って、最初にハルが選んだのは数字だった。
このゼロについては、ネフェルに算数を教える過程でゼロだけ翻訳されなかったため、使われている数字が十進法ではないと分かっていた。
ハルは念のためにと、肩掛け鞄の中からクリップボードとペンを取り出し、それを珍しがるジェラルドに確認も兼ねていくつかの数字を書いてもらったところ、やはり十進法ではないことが判明する。
紙面に書かれた異世界の1から9の数字の下にアラビア数字を書き並べ、そしてその最後に0を書き足し、ハルは位取りの概念についてジェラルドに伝えた。
「これらの数字ですが、わたくしの国の数字にそのまま全て置き換えずとも、この国の数字にこちらのゼロを取り入れるだけで、利便性は大きく変わります。きっと会計業務も格段に楽になることでしょう」
ゼロの概念には驚かされたが、それと同時に会計業務と聞かされ、ジェラルドは執務机に積み上げたままにした仕事の山を思い出した。
今頃執事のイームズが、額に青筋を浮かべながら片付けてくれているのだろうか。
屋敷に帰るのが少し怖くなった……。
「この国の文字が分かれば、更に効率の良い帳簿の付け方についてもご説明できます」
「本当か!?」
ハルのその言葉にジェラルドは食いつく。
「はい。次に開拓民の方々をこちらにお連れになる際に、書物を数冊と文字の読める方をお一人ほどお連れいただけますでしょうか?」
本であれば何でもいいと言うので、それを聞いたジェラルドは、荷物袋の中に入れていた流行りの小説を急いで取りに駆け出した――
「ああ、それで並んで本を読んでたわけですかい」
二人が丸太に腰掛けて読書をする姿は、遠目からも見えていた。
領主がゴーレムと並んで本を読むなど、恐らく歴史上初めてのことであろう。
「最初はハルに頼まれて、指で文字をなぞりながら朗読したんだ。最初の数ページだけな。それで礼を言われて彼女が本を手に取ったと思ったら、風でも起こすみたいにこう何度かパラパラと本をめくってな。たったそれだけで一冊全部を丸暗記したそうだ」
「……は?」
ぽかんと開いたマークの口から、そんな間の抜けた声が漏れる。
当然だ。学者であってもそんなに早く本を読める者の話は誰も聞いたことがない。
「嘘でもハッタリでもないぞ。そのすぐ後に、鞄から真っ白い帳面と変わったペンを取り出してな。その帳面にびっしり文字を書いたんだよ。それもあっという間にな。全部本に書かれていた単語で、その意味を教えてくれと言われた。それにな、その時の字の書き方だって普通じゃないんだよ」
「普通じゃねえって、初めて書くのにやたら綺麗な字だったとかですかい?」
途中から解体するのも忘れて熱っぽく語るジェラルドの様子に、マークの方も聞き入っていた。
「字が綺麗なのもあるがそうじゃないんだ。普通だったら一文字ずつ字を書くだろ?でも彼女の場合はなんて言うかこう、全体像が上から下に描かれるんだよ。……ああそうか、編み物だ。あれは編み物を作る時のやり方に似ている」
白い帳面に字が書き出される様子を見て、何かに似ているとずっと頭の中で引っかかっていたが、ふと妻が娘の冬着を編んでいた光景を思い出し得心がいった。
「とにかくやり方やものの考え方が効率重視なんだよ。まいったな、判断を早まったか。これなら最初から講師として屋敷に招いておくんだった」
「あんときゃ向こうも即答だったって話でしょう?もし選択肢がそれだけだったら、断られて迷宮に引きこもってたかも知れませんぜ」
「それもそうか」
ジェラルドは解体作業を再開し、切り出した肉を別の水球の中へポイッと投げ入れる。
その後もハルと交わした時のやり取りを、ジェラルドはどこか楽しげな様子でマークに語り聞かせていた――




