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六畳一間とアイテムボックス  作者: ネフェル


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第14話:報告

ハルとネフェルがおうち作りに勤しんでいたのと時を同じくして――


遠く離れた地にある小さな街の領主館の執務室で、テレサは直立不動の姿勢のまま対面の執務机に座る領主にこれまでの経緯を報告していた。




保護しようとしたネフェルに逃げられたテレサだったが、彼女はその日の夜になんとか麓の村へと辿り着き、村長宅を訪ねると帰らずの森で迷ったことだけ伝えて空き家を借りて村で一泊。


その翌朝も村長に頼み込んで馬一頭と幾ばくかの路銀を借りることに成功し、そこから途中の村々で宿を取りつつ三日かけて街まで戻ろうとしていたところを捜索隊によって保護された。


捜索隊が組まれていた理由は巡回中の兵士が彼女の馬を見つけたことによるもので、鞍と荷だけがくくりつけられ文字通り道草食ってたところを発見したためだ。


馬が帰らずの森を抜け出せたのは偶然であったが、主を置いてあの場を逃げ出したのは正解だったと言えよう。


さもなくば、とっくにテレサの胃袋に収まっていたのだから……。




「マーク隊長……。あの、内密にご相談したいことが……」


テレサは街へ帰還してすぐに上司である警備隊長の元まで出向き、隠し持っていた荷物を見せながらそう伝えた。


荷袋の中から覗くあまりにも異質なランタンを目にした彼は事の重大性をすぐさま察し、少し部屋で待つよう告げて出て行くと、戻って来るやテレサを連れて領主の元へと赴いたのだ。




テレサが領主の前で経緯を報告している間、緑色の髪をした厳つい中年の大男――マークはその報告内容に耳を傾けながら、執務机の上に並べ置かれた品々を検分していた。


開封済みの乾パンの缶詰をひとつ手に取り、缶を傾けその中身を覗き込む。




スーッ、コロコロコロコロ……、コンッ――




少女がくれたという食べ物の入った金属容器はテレサの手により全て開けられており、缶の中には金平糖と乾パンがそれぞれ一個だけ残されていた。


報告用にせめて一缶くらいは残しておかなきゃという使命感と彼女の中の食欲がせめぎ合った結果、最終的に残ったものはそれだけだった。


飲み水だけは魔法を使えば自前で用意できたので水の入ったペットボトルはいくつか未開封のままだったが、菓子パンや惣菜パンについては傷むとよくないので早い段階で食されており、パンがふわふわしてて味もとっても美味しかったですといった感想が本人の口より語られている。


目の前で行われている領主への報告も、食レポのあたりだけやたらと熱が入っているのは気のせいだろうか……。




そんなテレサの報告を聞き終えた領主であるジェラルドは、薄い笑みを浮かべて感想を口にした。


「帰らずの森をさまよっていたら可愛らしい少女と偶然出会って、その子から水と食糧と不思議な道具を借り受けたお陰で無事に森を出られたと……。ふふっ、まるでおとぎ話みたいだな」


長い青髪を後ろで束ねた優男にそんな笑顔を向けられると、普段色気より食い気のテレサであっても少しは恥じらいを覚えてしまう。


若い子や奥様方から人気というのも納得だなと思いながら、テレサは領主に言葉を返した。




「でっ、ですが本当のことなんです。保護しようとした女の子には逃げられちゃいましたけど……」


「お前さんがその嬢ちゃんに保護されてたの間違いだろ」


隣で聞いていたマークが茶化しながらゲラゲラ笑う。


「うぅ……、面目次第もございません」


恥じ入るテレサにジェラルドは微笑を浮かべたまま声をかけた。


「君の言葉を信じていないわけではない。私も少し茶化しただけだ。それにこんなものを実際に見せられたら、誰だって信じるだろうさ」




ジェラルドが目の前に置かれた空のペットボトルを手に取った。


ラベルは本体から剥がされ、机の上に広げられている。


「君が持ち帰ったこれらの品だが、折よく職人が訪ねて来ていてね。信用のおける者なのでこの空容器だけを見せて意見を聞いた。まずこの水筒だが、どんな素材が使われているのか皆目見当すらつかんそうだ。ガラスよりも透明で、薄くて軽い上に丈夫で柔らかいときた。目の色を変えていたよ。特にこの蓋の構造は他でも知られていないものらしくてね。既に粘土で型取りは済ませてあるが、せめてその蓋だけでも再現してみせると意気込んでいたよ」




次いでジェラルドはLEDランタンを手に取った。


事前に知らされていた通り、ランタンを伸ばすとまばゆく光り、再び閉じれば光は消える。


領主の顔からも笑みは消え、彼は真剣な面持ちで言葉を続けた。


「一番分からないのはこのランタンだ。私もそれなりに魔道具は所有している。中にはこれと同じように光を発するものだってある。昔迷宮で手に入れた、上にぶら下がってるあの水晶玉みたいにな。だが魔力も使わずにこのような芸当ができる代物を私はこれまで見たことも聞いたこともない」


天井から紐で吊り下げられた水晶玉は、彼が言うように煌々と光を放っている。


時刻は夜だがロウソク無しでも部屋が明るいのはこの魔道具のお陰だ。




ジェラルドが口にした魔道具とは、世界各地に時折出現する迷宮内から得られる財宝を指す。


そんな迷宮への入り口というのは、ある日突然現れる。


いつの間にか作られた洞窟だったり、倉庫の中にそれまでなかったはずの地下階段が出来ていたり、あるいは輪を描くようにして生えたキノコの内側が迷宮への入り口だったりと、その形は様々だ。


出現期間も数ヶ月で消えてしまうものから数百年の記録が残っているものなど様々であり、今のところその法則性などは解明されていない。


その迷宮内で拾える不思議な道具のことを一般的に魔道具と総称しているが、それらの魔道具に共通するのは魔力を注ぎ込んで力を引き出す点にある。


要求される魔力の量に差はあれど、どんな魔道具も魔力を込めなければその効果が発揮されることはない。




「テレサ。君が出会った少女は魔力が一切なかったそうだが、髪の色が変わっていること以外で、他に何か思い当たることはないか?」


問われたテレサは当時の様子をもう一度振り返る。


「私が気付いた限りでは、あの場所に住んでいたのはその子一人だけのようでした。テントも一つしかありませんでしたし、干してあった服も子供用の小さな服ばかりでした。ただなんと言うか、生活感があるようでどこにもないんです。調理したばかりの温かい食事を振る舞ってもらったんですけど、その割に調理場や水瓶や畑なんかも見当たらなくて……。まるで完成品だけどこか別の場所から手に入れてきて生活しているような、そんな印象を受けました」


「……迷宮、ですかね」


「だろうな」


テレサの話を聞いてマークが導き出した結論に、ジェラルドも異を挟まなかった。


まるでどこかから持って来たようだとあっては、迷宮の存在と結びつけるのは彼らにとっては自然なことなのだ。


ネフェルが使う異空間収納のような能力は過去に例がない。


彼女の力はこの世界の魔法とは違う別の理によるものだ。




「はい、私もそう思いました。たぶんあの子、魔力がないせいで魔物に襲われないんです。魔物のいる危険な迷宮の中から安全に魔道具を持ち帰ることができるお陰で、帰らずの森の中で暮らせていたんだと思います」


迷宮に魔物は付きものだ。


加えて迷宮内に巣食う魔物の強さと比例するように、落ちている魔道具の質も増す。


そして質の良い迷宮は金鉱脈にも似た意味を持っていた。




「もう一度確認したい。魔道具の件も含めて、この事をここにいる者以外に話したりはしていないのだな?」


「はい。村長含め、麓の村の人にも同僚にも伝えていません。その、言ってはあれですが信用できかねましたので……」


少女が麓の村の出身かどうかを差し置いても、テレサは村人達に帰らずの森での出来事を語ったりはしなかった。


小さな子供がこのような魔道具をいくつも所有していると知れば、大金に目が眩んで強盗まがいの手段でそれを奪い、出どころを聞き出そうとする輩が出てもおかしくはない。




「それで、その子はどうします」


マークがネフェルの処遇について口を挟んだ。


「本人の意思は尊重するつもりだが、できればこちらで保護したい。子供一人で森暮らしを続けるのは流石に無理があるからな。その子が見つけた魔道具を正当な価格で買い取れば、こっちの街で暮らすことになっても金銭面で困りはしないだろう。かと言って、大金を持たせて一人暮らしをさせるわけにもいくまい。目付け役は必要だな。魔道具の出どころに関しても、聞けるようなら保護するついでに向こうで聞いて調査しておきたい。まぁ話を聞く限り、十中八九その子の住んでる洞穴が迷宮への入り口なのだろう」


ジェラルドは引き出しから蝋板を取り出し、スケジュールを確認してから言葉を続けた。


「明後日の朝、その子を保護しにここを発つ。事が事だ。私が直接出向く」


「兵はどれだけ出しますか?それとも同行するのは警備隊《うち》じゃなく騎士団のほうで?」


「行くのはここにいる三人だけだ。耳目は少ない方がいい。下手に騒いで探りを入れられて、横から掠め取られても面白くないしな。テレサ、帰ってきて早々で済まないが、道案内とその少女との仲介役を頼む」


「分かりましたっ!」


またネフェルに会えると分かり、彼女の疲労は吹っ飛んだ。


「ご苦労だったな。今日はもう上がって休んでくれ。旅に備えて明日も休んで構わない」


「はい!ありがとうございます!では失礼します!」




入って来た時よりも軽やかな足取りでテレサは執務室から退室した。


テレサは領主館の廊下を歩きながら、あの子は今もあの洞穴で元気にしているだろうかとネフェルのことを考える。


まあそれほど心配しなくても大丈夫だろう。


小さいながらもしっかりしていて賢そうな子供だったのだ。


自分があの子くらいの頃は、暇さえあれば雨上がりの水溜まりにわいた無害なスライムを棒でしばいたり、男の子達と一緒に岩や木に全力で投げつけて破裂させて遊んでいたような記憶しかない。


当時の自分であれば、親から離れて一人で自活するなんてまず考えられなかったであろう。


「何かお土産でも買っていこうかな。明日市場で探してみよっと」


そんな風に呟きながら、テレサは上機嫌で領主館を後にした。






* * *






テレサが退室し、その足音が遠ざかるのを確認してからジェラルドが口を開く。


「どう思う?」


「未発見の迷宮どころの騒ぎじゃ済まねえでしょうよ、これ」


「だよな」


二人は改めて机の上に目をやった。


そこには空き缶やペットボトルやLEDランタンだけでなく、菓子パンの袋一つに至るまで全て捨てずに持ち帰ったテレサの成果が並べ置かれている。


マークはそこからタオルを手に取りじっくりと観察する。


それは普段彼らが使う手ぬぐいなどに見られる平織りとは違い、ループパイル構造と呼ばれる立体的な小さな輪を表面に作る縫製によって仕上げられていた。


凄く水を吸ってくれるから便利でしたとテレサが語っていたが、確かにこのような方法で表面積を増やせばそのぶん水を多く吸うだろう。


これ一枚を仕上げるのに一体どれだけの手間と金がかかるのかは考えたくもないが。




マークは続けてタオルの端に縫い付けられていた白いタグを見ながら口を開いた。


「どう見たって模様なんかじゃねえですよ。明らかに文字だ。他国で使われてる文字にこれと似たようなのってありますかい?」


ジェラルドはペットボトルのラベルに刻まれた文字を見ながら言葉を返した。


「知ってる限りでは見覚えがないな。学者連中が調べている古代遺跡のものとも似ていない」


「ってことはつまり……」


「ああ、恐らく未知の技術で人工的に作られたものだ。それもうちや他国よりも遥かに進んだ文明のな」




迷宮で手に入る数々の品には不思議な力が付与されているが、姿形についてはそのどれもが武具や日用品といった、どこかで見たようなありふれた見た目のものばかりである。


唯一の例外は未だに製法が解明されていないポーションくらいのものであるが、それでも異形の道具や何らかの文字が刻まれた魔道具いったものはこれまで一度も発見されていない。


なぜ迷宮といったものが存在し、その内部で魔道具が生み出されるのか――ジェラルドはそのことをこれまで疑問に思ったことなどなかった。


世の大半がそう思っているように、大昔から当たり前に存在する自然現象の一つと捉えていたからだ。


幼少期に物を失くした際に親に言われた「それは迷宮が持ち去ったからだ」といったお決まりの言葉も当然のように受け入れていたし、それは自分の娘に対しても同じように常套句として使っている。


だがここに並べられたものはそれまで見てきたどの魔道具とも違う。


迷宮の持つ不思議が力が生み出したというより、隔絶した文明で人の手によって作られたただの日用品にしか見えないのだ。




ジェラルドは乾パンの空き缶を重ね置いて見比べた。


本物と見紛うほどの精巧な絵や文字は、金属容器の形状も含めて全てが寸分違わずまったく同じに作られており、更には蓋の開け方の図解まで描かれている。


どう見ても人が使うことを想定して作られた量産品の類いであろう。


世の学者達は魔道具を人工的に作れないかと日夜研究を続けているそうだが、未だ成功の兆しは見えないと聞く。


だがここにあるものは違う。


あの水筒の蓋がそうであるように、全部は無理でも部分的には再現可能であるのだ。


そうなるとそこから得られる利益はそこらの魔道具の比ではないだろう。


どのような迷宮が帰らずの森の奥地に存在するかは分からないが、この千載一遇の好機をみすみす逃すわけにはいかなかった。




ジェラルドは一旦思考を打ち切ると、椅子の背もたれに身を預けて息をついた。


「しかし、魔力のない子供に魔力を必要としない魔道具か……。そう都合よく二つの偶然が重なると思うか?」


問われたマークは肩をすくめる。


「さあ、俺にはなんとも。まあ娘っ子の方は、大方どっかの村で爪弾きにされたってのは想像つきますが」


「だろうな。私は魔力がない生活など考えたことすらなかったよ」


魔力量の大小の差や練度の違いこそあれど、この世界の誰もが魔力を持っており、仕事や日常生活においてそれは欠かすことができないものだ。


頼る身寄りもないとあればさぞ生き辛かったに違いない。




「何か理由があるとすれば、それこそ女神様のご慈悲とやらじゃないですか?もっとも俺は信じちゃいませんが」


「慈悲か……。いずれにせよ、その子は丁重にもてなすよう注意しておくとしよう。マーク、すまないが出立の準備と、テレサが世話になった件の返礼の品を手配しておいてもらえるか?」


「返礼って、一体何を用意すりゃいいんで?聞いてた限り金貨や銀貨を貰って喜ぶ子供にゃ思えませんが」


「小さな女の子が貰って喜びそうなものだ。服とか人形とか日持ちする菓子とか、色々あるだろ?それで少しは心象も良くなって協力的にもなってくれる」


マークはあからさまに渋い顔をした。


「んなもん独り身の男に振らんでくださいよ。それこそそっちの領分でしょう」


「私は今のうちにそこの書類の山を片付けておかねばならん」


そう言ってジェラルドが指差す先には、丸められた羊皮紙や木板の山が堆《うずたか》く積み上げられていた。


「どうせ何日も留守にしてりゃまたすぐに溜まりますよ。執事のお小言が一回増えるくらいいいじゃねえですか」


「あいつの小言は長いんだよ……。この歳で説教される身にもなってくれ……」


缶の中に二つだけ残った菓子を二人でポリポリ摘んでから、やがてジェラルドはうんざりしながら書類の山との格闘を始めた。


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