第13話:おうち作り-2
「ネフェル、お待たせしました。おうちが完成しましたので一緒に来てください」
ハルから声がかかったのは、テントの中で夕食を終えて一息ついた頃のことである。
「壁ができてる!」
テントから出て来たネフェルは開口一番そんな驚きの声をあげた。
洞穴の入り口を塞ぐように綺麗な木板の壁が築かれていたのだ。
もちろん単なる壁ではなく、扉に加えて初めて目にした面格子付きのガラス窓まで取り付けられている。
窓にはカーテンがかけられていたため、中の様子はまだ分からない。
「ネフェルにこちらを渡しておきます。失くさないよう、普段はアイテムボックスにしまっておいてください」
そう言ってハルが手渡したのは水色リボンを結んだ鍵である。
鍵には手作りのコイン型アクリルキーホルダーが付けられており、女性陣がデザインしたネフェルとハルの顔がデフォルメされてコインの表裏に描かれている。
「ハルと私が描いてある!」
ネフェルは嬉しそうにクルクル回してキーホルダーを眺めていたが、ふと気になったことをハルに尋ねた。
「ねえハル、こっちは何に使うの?」
「それはおうちの鍵です」
「鍵?」
ネフェルの知っている鍵は、この世界では一般的な扉の内側に付けられた木製の閂タイプのものだけだ。
「使い方を説明しますね」
玄関へと近付くと、入り口近くに設置された複数の人感センサー式ソーラーライトが二人を照らす。
ネフェルは何もしていないのに明かりが点く様子を不思議そうに見上げながらドアの前に立った。
鍵を持ったネフェルの手をハルが包み込むようにして握り、こうやって使いますと鍵を回して実演する。
「扉はここの取っ手を回せば開きます。入ってすぐの所に靴を脱ぐ場所がありますので、そこで脱いでから上がってください。」
「うん」
靴を脱ぐ習慣はテントの使い方と共に井手から教わっているので問題ない。
またハルについても靴の代わりとなるアタッチメントを搭載しており、分厚い足裏プレートを着脱することで土足問題を解消している。
ドアノブを回し、ネフェルが先に部屋へと入った。
中はほとんど真っ暗だ。
足元に取り付けられたフットランプがジョイントタイルを敷いたたたきを照らしているが、それでも室内の様子はよく見えない。
「明かり出したほうがいい?」
LEDランタンを取り出そうかとネフェルが背後に立つハルにそう尋ねる。
「大丈夫です。こちらのスイッチを押してください」
ハルがネフェルの手を取って、扉の横にある小さなランプの灯ったスイッチを押すよう促す。
そしてカチッと音を立ててスイッチを入れると、シーリングライトが室内を明るく照らし出した。
「わぁぁ……!」
視界に広がるのは全面板張りの明るい木の色で統一されたワンルーム。
床にはフローリングが張られ、壁や天井は光沢のある羽目板で仕上げられている。
元が洞穴の中とは思えないほどの変わりようだ。
ネフェルが靴も靴下も脱いでフローリングの床にそっと素足を乗せてみる。
足裏に伝わるひんやりとした感触が心地良かった。
「そのまま床に寝転んでもらっても大丈夫ですよ」
言われてネフェルは床の上で仰向けになってみる。
砂粒ひとつ落ちていない綺麗な木の床は、土足文化に馴染んでいた少女にとって新鮮な体験だった。
なんだか楽しい気分になったネフェルはそのまま部屋の奥の壁にぶつかるまでゴロゴロ床を転がると、再び転がりながらUターンして戻ってきたところをハルにキャッチされた。
「ハルすごい!ほんとに一日でおうちを建てちゃった!」
ガバっと身を起こしたネフェルが尊敬の眼差しでハルを見上げる。
対してハルは謙虚な姿勢を崩さない。
「部品も工具も全て揃っていたので早く組み立てられただけです。それに一番の理由はネフェルがお手伝いをしてくれたお陰ですよ」
「ううん!それでもすごい!大工さんみたい!」
そうしてハルの凄さを褒めちぎっていたネフェルであったが、ふと別のものに目が留まる。
「ハル、ここは何をするところなの?」
「そちらは料理をするための調理台です」
「ここでお料理もできるの!?」
ピッカピカの綺麗なシンクをつま先立ちになって覗き込みながら、少女は目を輝かせた。
いつか自分も美味しい料理を作れるようになって、早くみんなに振る舞ってみたいのだ。
「ですがまだ作りかけですので、今すぐには使えません。完成するのは部品が届いてからになりますので、もうしばらく待っていてください」
シンクは設置したが、ハルの言うようにまだ未完成である。
排水に関しては外への垂れ流しになってしまうが屋外に配管を通してある。
だがここには上水道など通っていないため、今は蛇口すらない状態だ。
水回りについてはウォーターサーバーの大型タンクをそのまま流用する形で組み込む予定であり、それらの機器については既に業者に特注依頼をしてある。
またコンロを始めとした電気回りについてはオール電化を想定しており、電力は大容量のポータブル電源から供給される。
充電方法は井手の自宅でチャージした予備との交換が主な運用方法となるが、合わせて屋外に吊るした太陽光パネルからも電力を賄える体制を既に整えていた。
「それからこちらは皆さんからです。新しいおうちを建てた新築祝いの贈り物になります」
ハルがそう言って肩掛け鞄の中から取り出した写真には、カラーボックスやラグマット、小型家電にぬいぐるみといったものが写されていた。
ラグマットを含むいくつかのものはカタログも用意されており、好みのデザインをネフェルに選んでもらい後日届ける予定となっている。
「外に出してあるテントを中に運んだあとで、お部屋の模様替えをしましょうか」
「うん、分かった!……ハル、あのね。ちょっとそこで待ってて」
そう言ってネフェルが向かい合うようにしてハルの正面に立つと、なぜかニコニコしながら両手を後ろに隠して見上げてきた。
何をするのかとハルがその様子を見つめていると、ネフェルは手の中に出したものをハイっと言ってハルに差し出した。
「これ、ハルにお礼!」
それは色鉛筆で色彩豊かに描かれた、ハルとネフェルの絵であった。
家作りの手伝いをしていた光景を描いたものなのだろう。
周りに建材の積まれた洞穴の前で、ヘルメットを被り猫車にちょこんと乗ったネフェルと、ショベルを手にしたハルの姿が描かれている。
この時ハルにしては珍しく、彼女はお礼の言葉を失念していた。
装備を支給されたことならこれまでにもあったが、こうしてプレゼントという形で贈り物を貰うというのはハルにとって初めてのことであったのだ。
受け取ったハルは絵を眺めたまましばし黙考する。
こちらの世界に渡る前に見た井手の部屋には、ネフェルが描いたものと思われる絵が壁一面に飾られていた。
この絵も井手の部屋のコレクションとして向こうに送るべきかと悩んだが、ネフェルは報酬としてこれを自分にくれたのだ。
であれば、井手のやり方に習い、この絵もこちらの家に飾っておくのが適切な管理方法なのかもしれない――
そうしてしばし悩んだ末、ハルが手の中の原画をスキャンし報告用のフォルダにコピーし終えたタイミングで、体にぽすんと小さな衝撃を受けた。
「ハル!綺麗なおうちを作ってくれてありがとう!」
ネフェルはそう言って嬉しそうにハルの腰に抱きついていた。
「……どういたしまして」
ハルはいつものように平坦な声でそう返し、自分に抱きつく少女の頭をそっと撫でる。
その動作は普段行うプログラムに沿った定型反応とは違う、どこか少しぎこちないものに見えた――
* * *
二人はその日のうちに引っ越し作業を済ませたあとで、タブレット端末に記録された井手達保護者からのビデオレターを部屋で鑑賞することとなった。
ビデオの内容は保護者らの自己紹介も兼ねた新築祝いのメッセージである。
ハルが一旦動画データを読み込んでから、生成AIにより本人達の音声をこちらの言語に変換し直しているので、文字の読めないネフェルにも彼らのメッセージは問題なく伝わった。
「ハル!絵が動いてる!」
だが最初はハルが再生ボタンのアイコンをタップした途端に画面の中の大人達が動いて喋るものだから、それを見たネフェルは大変驚いていた。
おまけにタブレットを持ち上げて裏側を調べたりといったタイムスリップもののお約束までやってくれるものだから、後からハル視点でその様子を見た保護者達は百点満点のリアクションに大満足だ。
ネフェルはその後ハルの説明を聞いてビデオがどういうものかをなんとなく理解し、モニターの中で生き生きと喋る大人達の姿をハルと一緒に見ながら喜んでいた。
なおこの時の映像は台本も原稿もなく大人達全員が画面に収まった構図で各々好き勝手に喋りながら撮影が行われたのだが、井手はそれまで撮っていた写真の時のような奇行は一切見せず、まるで炎上した動画配信者の謝罪動画のような姿勢で終始大人しく画面に映り込んでいた。
これについては仕方がない。
井手はただの陰キャであって芸人ではないのだ。
見ているのが小さな子供一人で、道具の使い方を教える程度の撮影であればまだいいが、他の面々もいる前で奇抜な振る舞いや自分の気持ちを伝えるといった行為は井手にとって難易度が高すぎる。
それでもネフェルは大人達からのメッセージに喜んでくれたようで、見終えた後にハルにお願いしてお返しのビデオレターを撮ってもらうと、早速とばかりにメッセージを送り返していた。
ハルが異世界に来てから昨日と今日とでまだ二日。
たった二日の間にこうした様々な出来事があったが、何事もなくトントン拍子に全てが順調に進んでいる――かのように思われた。
その小さなトラブルが起きたのは新築祝いの日の最後。
夜も深まってきた頃のことであった――
* * *
「ネフェル、夜ふかしは体に良くありません。続きは明日にして、今夜はもう布団に入ってください」
既に寝支度を済ませたネフェルだが、今はローテーブルに向かってお絵描きを楽しんでいた。
伊口がプレゼントした塗り絵セットはお気に召したようで、特に日本でも女児と大きなお友達に大人気の魔法少女が気に入ったのか、既に塗り終えたページの絵を参考に別の紙に描き写すほどの熱の入れようだった。
これについては文明の利器による弊害と言えよう。
ロウソク一本でも貴重なこの世界では、日が落ちて暗くなれば明かりも娯楽もないので子供はさっさと寝るのが普通なのだ。
ところが井手達が送ったランタンやシーリングライトは、そんな夜の闇を克服してしまった。
いつでも日中のような明るさと便利さを手に入れた反面、子供の頃から夜ふかしを覚えられては成長ホルモンの分泌に悪影響を及ぼしてしまう。
しかし幸いなことに、聞き分けのいいネフェルはハルの言葉に素直に応じてくれた。
「うん、分かった。……それより、ハルはどこで寝るの?」
ネフェルの個室となったテントの中には自分のお布団と枕があるのだが、いざ寝ようかと少女がテントに入った時に、ハルの分の寝具がどこにも用意されていないことに思い至ったのだ。
そんな疑問に対して、ハルから返ってきた答えは実に簡潔なものだった。
「私は眠りません。人とは違い、ロボットは睡眠を取る必要がないのです。私のことは気にせずに、ネフェルは先に休んでください」
その言葉にネフェルは驚いた。
たった一日で家を建てるという大仕事を終えたばかりなのだ。
ちゃんと寝ないと疲れが取れるはずがない。
「ハルも寝なきゃダメだよ」
「心配には及びません。私は元々そういう風に造られています。人々の安全を守るために、昼夜を問わずいついかなる時も不測の事態に対処できるよう、眠る必要のない頑丈な体にできているのです」
ハルは子供の語彙力や認知能力を向上させる目的で、時々あえて難しい言葉を選んで喋っている。
今の話はネフェルには半分くらいしか分からなかったが、それでもハルが無理をしているようだとなんとなく理解できた。
ネフェルは昨夜の出来事を振り返る。
昨日はハルと初めて出会って興奮したせいか、いつもより疲れていた。
自分で布団の中に入った記憶はない。
気付いたらテントの中で朝を迎えていたのだ。
「もしかして、昨日も寝ないでずっと起きてたの……?ハルは朝までどこで何をしてたの……?」
心配そうに眉根を寄せながら、ネフェルがそう問いかけた。
「昨夜は洞穴の入り口で哨戒任務に就いていました」
「しょうかいにんむ……?」
「見張りのことです」
それを聞いた瞬間、ネフェルは初めて怒りを露わにした。
「ハルにそんなことして欲しいなんて私思ってない!ハルはお友達だもん!」
家にも入ろうとせず、扉の外で暗い中を一人たたずむハルの姿が脳裏に浮かぶ。
自分だけが呑気に寝ていてその間ハル一人にずっと無理をさせていたと知り、ネフェルは大きなショックを受けた。
そんなの、おとぎ話に出てくる可哀想な召使いの人とおんなじだ……!
「ネフェル、どうか落ち着いてください。私はなにも嫌々やらされているわけではありません。自分で必要と判断したからそうしているのです」
これについてはハルも井手達も見落としていた。
地球人の感覚では機械もロボットも同じモノであり、人の形をしていても便利な道具の延長に過ぎないのだ。
しかし異世界人であるネフェルは当然そのような地球の常識など知ろうはずもない。
ロボットが何であるかを再度伝え、その認識を共有する必要があった。
「ネフェルに大切なことを話しておきます。私は動く人形であり、人間を助けるために造られた便利な道具なのです。人形はどれだけ働いても疲れたりはしません。どれほど長く起きていようと、眠りたいとは思いません。私にはそもそも心がないのです。ですから、ネフェルが私のことをそのように気遣う必要はありません」
「そんなことないもん!だってハルは優しいし、お話してて楽しいもん!」
「それは私が相手に嫌な思いをさせないようにと造られているからです。ネフェル、私は人間ではありません。あなたとお友達になることはできますが、それでも人間のお友達とは少しばかり勝手が違うことを覚えていてください。少しずつで構いませんので、どうかそのことに慣れてください」
ロボットとは人に使役されるために造られた存在だ。
変に気を遣われてしまっては効率が下がるし役目も満足に果たせない。
いずれはこの少女にも自身の主人として命令を下すことに慣れてもらう必要があるのだ。
「分かった……」
ネフェルはうつむきながらそう返事をした。
渋々ながらも一応納得してくれたようだ。
「じゃあハルは今日も寝ないでお外にいるの?」
「はい。それが私の役目ですから」
「なら私も寝ない!ハルが寝ないなら私もお外でずっと起きてる!」
全然納得していなかった。
ネフェルは徹底抗戦の構えだ……!
「ネフェル、あまり私を困らせないでください。亮吾おじさん達もそのようなことは望んでいないはずです」
「だったらハルもここで寝て!」
そう言ってネフェルはぽふぽふと敷布団を叩いた。
大人しい性格かと思えば意外に頑固な一面もあるようだ。
このまま押し問答を続けていても埒が明かないかもしれない。
ハルは背後を振り返り、扉の向こうをXレイセンサーで透視した。
扉の外は静かなもので、索敵範囲に何かが潜んでいる気配は今のところ見られない。
昼間の作業中に一度だけ、狼に酷似した野生動物が茂みから顔を覗かせたことはあったが、そちらについては視界に捉えた瞬間に銃で始末しておいた。
ハルがこちらの世界に来てから遭遇した危険生物は今のところその一匹だけだ。
ネフェルが寝付くまでの間は大人しく彼女の指示に従い、眠ったことを確認してから哨戒に戻るのが得策だろうとハルはそう判断した。
「分かりました。では私も今から休息に入ります」
ハルはそう言ってその場にストンと腰を下ろして正座した。
「そっちじゃなくてこっち!」
ネフェルは布団の端に寄って再びぽふぽふ敷布団を叩いている。
既にキャラクターもののクッションまで枕代わりに並べてあった。
隣で寝ろということだろう。
布団は大人用のものなので、二人で寝るにも問題のない大きさではあった。
* * *
「ネフェル、もう少し布団の真ん中へ寄ってください。私は寒さを感じませんので、寝具がなくとも問題ありません」
布団に入った二人であるが、ネフェルはハルを気遣って布団の端っこで寝転がり、ハルは端っこどころか腕が布団に乗っかる程度の位置で床に仰向けになっている。
ネフェルはハルの方へとにじり寄り、掛け布団をハルにも掛け直しながら体を横に向けて話しかけた。
「ハルは寒くないから服を着てないの?」
「それもありますが、動きにくいというのが一番の理由です。機能の一部が阻害されて全力を出すことができないので、普段は衣服を着ていません。体を隠す必要がある場合にコートを羽織るくらいはしますが」
ネフェルは少し考えたあと、体を起こしてアイテムボックスからマフラーを取り出した。
「じゃあハルにあげる!」
少し遅れて身を起こしたハルの首元に、ネフェルは手にしたマフラーを巻いてあげた。
ハルは巻かれたマフラーの端を持ち上げそれを見る。
材質や端の部分が切りっぱなしであることを見るに、井手達が送ったものではなくこの世界で仕立てられたものだ。
寒さを感じないハルがこれを身に付ける意味はないが、かと言って動きを阻害するようなものでもない。
「お気遣い感謝します。大切に使わせていただきます。ですがこれはネフェルが使っているものより新しいものではありませんか?」
ネフェルも同じようなマフラーを巻いているが、そちらはハルが受け取ったものと比べてかなり年季が入ったものに思える。
くれるというのであれば、古かろうがハルにとっては同じことだ。
「私はこっちの方が好きだからこれでいい」
ハルが身に付けて満足したのか、ネフェルはそういうとニコニコしながら枕にぽふんと頭を乗せた。
「おやすみなさい!」
「はい。おやすみなさい」
ネフェルはハルのほうに体を向けたまま、すぐに眠りに落ちていった。
顔だけをそちらに向けて一度観察したハルは、少女が寝たことを確認すると布団を抜け出そうと試みる。
しかし気付けば片方の腕に抱きつくようにしてネフェルは眠っていた。
下手にほどこうとすれば起こしてしまうかもしれない。
ハルは諦めて天井を見上げると、空いた方の手で枕元のランタンをオフにした。
夜警の方法については再検討が必要だろう。
今日のように自身を人質に取るような手段で抗議をされては、ハルはそれに従わざるを得ない。
無線接続が可能な防犯カメラをこちらに持ち込み、室内からでも索敵範囲をカバー可能な体制に切り替えるのが得策だ。
ハルはタスクリストの要請物資に防犯カメラを追加すると、布団で横になったまま、その日に得られたデータの分析作業を静かに行うことにした――
「ハル、おはよう!」
「おはようございます」
そうして言いつけ通りに布団の中で大人しく過ごしていた甲斐もあり、少女は新しい朝を笑顔とともに迎えることができた。




