第13話:おうち作り-1
資材の搬入を終えた翌朝――
ネフェルの朝食と身支度を済ませたあと、ハル達二人は朝早くから家作りの準備に取り掛かることにした。
ネフェルはよっぽど楽しみにしていたのか、朝からずっとそわそわした様子だ。
「それでは最初は引っ越しから始めましょう。ネフェルも一緒にテントの中のお片付けを手伝ってもらえますか?」
「うん。……ねえハル、新しいおうちが出来たら、今のおうちはもう使わないの?」
「ネフェルは今のおうちも好きなのですね?」
「うん!」
どうやらネフェルはテント生活を気に入っていたようであった。
子供なら秘密基地のような場所を好むのではないかという井手達の予想は当たっていたようだ。
ハルは出来る限りネフェルの意向を汲むようにと命令されているので、実行可能か検証を行った。
目測でテントのスキャンを試みたところ、多少狭くはあるが改装後の洞穴内でテントを展開することに問題はないようだ。
部屋の一番奥に設置してしまえば、動線を妨げてしまうこともないだろう。
「それでしたら、新しいおうちの中に今のおうちを入れてみるのはどうですか?」
「おうちの中におうちを入れるの!?面白そう!」
「そうですね。その場合はおうちではなく、ネフェルのお部屋として使うのもよいかもしれません」
ネフェルの期待値が爆上がりした。
完成予想図を知らないネフェルの頭の中では、洞穴の中の小さな掘っ建て小屋の中にテントを建てる奇妙な構図が描かれていた。
さっそく二人でテントの片付け作業に取り掛かる。
テントの中にあったぬいぐるみなどの小物類は一旦箱の中に集め、ウレタンマットや布団は丸めてからビニール紐で縛っておく。
そしてそれらの荷物に回収不要と書いた張り紙をぺたりと貼り付け、ネフェルのアイテムボックスの中へと一旦収納。
孵卵器を日陰に移動させたあとは軽くなったテントを二人で持ち上げ、屋外に広げた雨除けのブルーシートの上に下ろしてテントの中にローテーブルを出せばおしまいだ。
ハルは先ほど収納した荷物をブルーシートの上に出すようネフェルに伝えたあとで、手伝ってくれたことをねぎらった。
「お疲れ様です。それではネフェルはテントのそばで見学しながら自由にしていてください。おうちは私ができるだけ早く完成させます」
「私もお手伝いする!」
ネフェルは元気な声でそう言った。
その瞳はやる気と好奇心に満ち溢れている。
ハルが一人で行うより作業効率は落ちるであろうが、ここは子供の自主性を尊重することにした。
「ネフェルもお手伝いしてくれるのですね?とても助かります。ではこちらで準備をしましょうか」
二人はブルーシートの一角に置かれた荷物置き場へ移動すると、その中から子供用の軍手と黄色い防災ヘルメットを手に取った。
これらは以前に井手が送ってきてくれた防災グッズの一部だ。
ヘルメットの正面には安全第一と書かれており、側面には同じヘルメットを被った二足歩行の猫が『ご安全に!』と敬礼しながらフキダシで喋るシールが貼られている。
ハルはしゃがむとネフェルの頭にそのヘルメットを被せてあげた。
「どうして頭にこれを付けるの?」
ヘルメットの顎紐を留めてもらいながら、ネフェルが疑問を口にする。
「人の頭はとても繊細にできています。お手伝いの途中で頭を打って怪我をしないよう、こうして頭部を守る必要があるのです。ネフェル、もし転んだりしてどこかに頭をぶつけた時は、たとえ血が出ていなくても注意してください。転んでから数日経って頭が痛くなったりぼんやりするようになった場合は、頭の中に血が溜まっているかも知れませんので」
生真面目なハルは子供相手に慢性硬膜下血腫の危険性について簡単に説明していた。
「うん分かった。でもハルは付けなくていいの?」
「私の頭はこのヘルメットや石より頑丈ですので安心してください」
ネフェルのヘルメットを装着し終えると、ハルは運搬用の猫車の中に荷物を積み込もうと選んだ道具を手に取った。
そして猫車の方へと振り向けば、既に小さな先客が荷台にちょこんと座っていた。
ネフェルは何やら期待するような眼差しでこちらを見ている……。
「このまま乗っていきますか?」
「いいの!?」
ゴトゴト揺れる初めての乗車体験に喜ぶ小さな乗客と荷物を乗せて、ハルは洞穴の中へと入っていった。
洞穴内にはハルが前もって各所に投光器を設置しており、加えてネフェルに被せたヘルメットにもLEDヘッドライトを取り付けていた為、内部の光源は十分な明るさが確保されている。
猫車タクシーは目的地で乗客を降ろすと、作業員に本日の仕事道具を手渡した。
「ネフェルはこちらを使ってください」
ハルが手渡したのはバケツとスコップである。
スコップは以前に井手がトイレ用にと買っておいた小さなものだ。
あくまでお手伝いなので小さなこれでも問題ない。
「何をお手伝いすればいいの?」
さっそく右手にスコップを装備したネフェルがワクワクした様子で質問する。
「まずは地面に穴を掘ります。少しお手本を見せますね。」
ハルは先端が角形になっている大きなショベルとバケツを手に取ると、予め割り出しておいた位置に刃先を突き立て、地面に四角い穴を掘ってみせた。
洞穴内部の足元は岩盤層ではなく土が積もっているだけなので、ショベルで穴を掘るのは容易であった。
掘り出した土は一旦バケツの中に入れ、中身を猫車の中へどさっと捨てる。
今度は少し離れた場所へ行き、再び地面に刃先を突き立てた。
ただしこちらは穴を掘らず、刃先で四角を描くように突き立て目印を付けるだけに留めてある。
「私は先に穴を掘る場所に目印を付けていきますので、ネフェルはこれと同じような穴を掘ってください。穴は大雑把でも構いません。私が後から形を整えますので安心してください。それから、これは競争ではありません。ゆっくりで構いませんので、穴に落ちて転んだりしないよう、怪我にだけは気を付けてください」
「分かった!」
ネフェルは元気にそう返事をすると、ざっくざっくと楽しそうに穴を掘り始めた。
ハルの方も全ての目印を付け終えると、ネフェルの隣の列で穴掘り作業を開始する。
「ねえハル。穴を掘ってどうするの?」
ネフェルの問いに、ハルは作業の手を止めることなく回答した。
「ネフェルに昨日出してもらった四角い大きな石ですが、あれは束石と言って、この穴に埋めることでおうちを支える柱の土台になります。床が少し高くなるので風通しも良くなりますし、柱が土に埋まりませんので木が腐りにくくなります。後で石を置く時にお手伝いをお願いしますね」
「うん!」
お手伝い出来て嬉しいのか、ネフェルはご機嫌な様子である。
「ひょっとして私がこちらへ来る前から、ネフェルはこの場所を綺麗にお掃除していたのではありませんか?」
「うん。草抜きしたり、おっきな石は一回仕舞ってからお外に捨ててたよ」
二人は作業をしながら会話を交わす。
ここはホワイトな職場なので勤務中の雑談もオーケーなのだ。
「やはりそうでしたか。地面が綺麗に掃除されていたので、私も作業にすぐ取り掛かることができました。ネフェルのお陰でとても助かっていますよ」
ハルに褒められてネフェルは嬉しそうだ。
穴掘り作業も更に気合いが入ったようで、ザクザク元気に掘り進めていた。
そのうちバケツの中が土でいっぱいになると、ネフェルはバケツをアイテムボックスへと一旦収納。
そして猫車の前へとててっと移動するや、今度は荷台の上で土入りバケツを逆さまにして再召喚。
最後にバケツをスポっと持ち上げるだけで、重い土運びも簡単に済ませてしまった。賢い。
しばらく経って先に全ての穴を掘り終えたハルは、ネフェルが手伝ってくれた穴も綺麗に仕上げし整える。
そうして洞穴内部の地面には、機械のような正確さで等間隔に掘られた穴が並んでいた。
やったのが機械なので当然のことではあるが。
「次は何をするの?」
「一度外に出て材料を取りに行きましょう。……もう一度猫車に乗ってみますか?」
「乗ってみたい!」
ハルはネフェルの両脇に手を入れてひょいとすくい上げると、土の小山の上にポンと乗せてから外に出る。
不要な土砂を外に捨ててから資材置き場へと移動し、次に使う砕石袋とネフェルを乗せて、再び洞穴へと舞い戻った。
そして今度は水はけを良くする為の砕石を二人で穴の中に敷き終えると、再びはしゃぐネフェルを猫車に乗せてまた資材置き場へとやって来た。
「次の作業はネフェルの方が得意かも知れませんね?この四角い大きな束石を穴の中に一つずつ入れていきます。」
「分かった!」
ネフェルはブルーシートの上に並べ置かれていた束石を全てアイテムボックスの中へと収納すると、再びハルの猫車で現場に送迎してもらう。
「この中でいいの?」
「はい。ひとつずつお願いします」
ネフェルは穴の中にぽんぽんとテンポよく束石を出していき、ハルはその後を追うように、下に敷いた砕石を束石で締め固めつつ水平出し作業を合わせて行う。
人間であれば計器を用いた測量や水平が出ているかの確認作業が必要だが、センサーでの常時計測が可能なハルならではの省力化方法であった。
そうして束石の設置を終えた後は、束石と穴との隙間に二人で砕石を詰め込む作業を行った。
砕石の代わりにモルタルを流し込んで固定した方がより安定するのだが、今回はスピード重視ということで簡略化している。
ハルとネフェルの共同作業はここまで順調に進み、この後もまだまだ作業は残っているのだが、次の工程に移る前にハルは一度思考を挟む。
果たしてこのままネフェルにお手伝いを続けさせても良いものか、という点についてだ。
本来これらの作業はハル一人で行う予定であった。
その間はネフェルが暇になるだろうからと、事前に暇潰し用のグッズも保護者達は用意していたのだ。
ネフェル本人はやる気に満ち溢れているようだが、この後に控えている壁や天井といった高い位置の施工となると、不向きな上に危険であろう。
機械故の生真面目さのせいか、ハルの中で『児童労働』のワードが頭をよぎる。
お手伝いはもう十分に体験できたはずだ。
やはりここから先の作業は自分一人で進めるべきだとハルは判断した。
「ネフェル。この後の作業ですが、怪我をする恐れのある危険な作業もありますので、ここから先は私一人でやらせてください」
「……うん、分かった。見てるだけならいい?」
手伝えなくて少し残念そうな様子ではあったが、聞き分けのいい彼女はすぐに納得してくれた。
見学であれば問題ない。
その申し出にハルはすぐに了承しようとしたのだが、そこでふとあることに思い当たった。
井手達のネフェルに対するスタンスについてだ。
彼らのこれまでの話を聞いた限り、どうも井手達は楽しいことでネフェルを驚かせようとしている傾向がうかがい知れた。
ここはそれに習うべきだと、ハルは返答内容の軌道修正を試みる。
「実はネフェルにびっくりしてもらおうと思って、この後の作業はおうちが完成するまで秘密にしておくつもりでいたのです。その間ネフェルが退屈しないようにと、美帆お姉さんから贈り物を預かっています」
「ミホお姉ちゃんから!?」
大好きな伊口からのプレゼントと聞き、ネフェルは大いに喜んだ。
美人で優しくて料理も上手と三拍子の揃った伊口は、ネフェルにとって憧れのお姉さんなのだ。
「はい。少しテントの方へ行きましょうか」
テンション高めのネフェルを乗せて、ハル達は猫車と共にテントへと移動する。
そして二人でテントの中へと入ると、ハルは肩掛け鞄の中から一枚の写真を取り出した。
写真にはいつもより大きめで色違いの収納ケースが写されており、隅っこにはネフェルちゃん用とメモ書きがされていた。
「これをアイテムボックスから取り出してもらえますか?」
言われてネフェルが写真のケースをローテーブルの上に出現させると、ハルがその蓋を取って中身を見せた。
ケースの中に入っていたのは、リボンと包装紙で綺麗にラッピングされたプレゼントボックス。
この時点で既に少女の期待感をあおるような見た目とオーラを放っていた。
「開けてもいい?」
「ええ、どうぞ」
ケースから取り出したそれをネフェルは乱暴に破いたりはせず、ハルに教わりながらリボンと包装紙を丁寧に外して折り畳む。
そうして現れた紙箱を開けると、中から現れたのは沢山の塗り絵セットであった。
「わぁぁ……!」
ネフェルは目を輝かせながら可愛い表紙の本をめくる。
子供向けキャラから美少女キャラに風景画と、実に多種多様なジャンルの本が取り揃えられていた。
絵を描くのが好きなネフェルの為にと伊口が選んだものである。
「これは塗り絵というものです。隣のページにあるお手本を見たりしながら、この色鉛筆で好きに色を塗って遊びます」
ワクワクを隠しきれないネフェルに向けて、ハルが金属製の色鉛筆ケースの蓋を開いて中身を見せた。
ちなみに伊口が送ったこの色鉛筆は一般的な24色入りのもので、白だけで200色も入っていたりはしない。
「最初に少し練習してみましょうか。このお手本の絵と似た色の鉛筆をどれか一本選んでください」
「えっと……、じゃあこれ!」
そう言ってネフェルは最初の一本の緑色を選んだが、ペンの持ち方はクレヨンの時と同じく、手をグーにして握り込んでいた。
「はい、色はそれでいいですね。後は鉛筆の持ち方を少しだけ直してあげると、もっと描きやすくなります」
ハルはそう言ってネフェルの手に触れ、丁寧に三点持ちの握り方を指導する。
「ではこの持ち方で試しに色を塗ってみてください。描く時に力は込めなくても大丈夫です」
ハルに促されて試しに塗り絵を始めたネフェルであったが、初挑戦にも関わらず、細かい部分も上手に塗れているようである。
「こうやるの?」
「はい。初めてなのにとても上手に塗れていますね」
褒められたネフェルは顔をほころばせ、今度は別の枠の中も挑戦し始めた。
最後にハルが消しゴムと鉛筆削りの使い方を教えたところで本日の授業はこれでおしまいだ。
「ハルありがとう!ねえハル、またお姉ちゃん達に声のお手紙を出してもらってもいい?」
「それではおうちが完成した後で、おうちと塗り絵セットのお礼を一緒に皆さんに伝えましょうか」
どうやら喜んでもらえたようで一安心だ。
後はテントの中で静かに過ごしてもらえれば家作りの過程を見られずに済む。
警護についてもテントの場所は洞穴入り口のすぐそばだ。
視界を遮るドア側の壁の施工を最後に回せば支障はない。
「トイレに行きたい時はテントの中から声をかけてください。目をつむってもらったまま私がトイレの場所まで運びます」
「うん分かった。お仕事頑張ってね!」
「はい。ではのちほど」
ハルはテントのメッシュを閉じると再び作業を再開する。
しかしそこからのハルの動きはそれまでと一線を画していた。
先ほどまではネフェルのペースに合わせる形でスピードを抑えていたが、今は動画の倍速再生のような動きで作業を進めている。
測定も微調整もアイカメラを通して得られた情報を元に瞬時に行われる為、その動きはもはや施工というより、さながらモータースポーツのメカニック達が行うピットストップ作業のようであった。
「すっげえ……、ハッサンかよ……」
のちにその時のビデオを仲間達と見ていた井手は、驚愕の表情で画面に向かってそう呟いていた……。




